Neetel Inside 文芸新都
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ニートレイン
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新都駅にて

「ばんざーい」
「いってらっしゃい、気を付けてな」
「ニートのヒッキーが旅に出るなんて凄いな」
「ばんざーい、ばんざーい」
 新都駅は沢山の見送りの人でごった返しになっていた。一様に青白い顔をした不健康そうな人々がホームに数十人ほど集まっていた。まるで協調性のない彼らにとって珍しい集合だった。
日本にはこんなにニートと引き篭もりがいたのか。そりゃ景気もよくならんわな。穀潰しをこんなに抱えてちゃなぁ。二人は自分のことは棚に上げて心からそう思った。
「しかしこのバンザイの連呼は勘弁してもらいたいな」
ニート歴五年を誇る鼠が窓から顔そむけながら羊に言った。
「クララが立った!みたいなもんだからね。絶対駄目だと思ってたあんたが動いたから素直に嬉しいのさ」ニート歴ニ年の羊が言った。
「アホか。そんないい連中じゃないわ、あれは死亡フラグ立たせようとしてるんだ、あいつら部屋が万年真っ暗だから心も真っ黒になってんだよ」
「そんなのお互い様だろう、だいたいあんたが悪いんだ、ただ列車に乗るだけのことを大袈裟に日本軍の出征に喩えたりするから。悪ノリが好きな連中なんだしね、いいじゃないか、賑やかで、なかなか感動的じゃないか」
「ふん、こんなことで感動なぞするやつは馬鹿だよ」
 列車は二十世紀の象徴的な乗物である、と鼠は再び付け加えた。どこかで聞きかじった知識だ。人は汽車に乗ると言うが、乗って行くのではなく単に詰め込まれて運搬されるだけだ。そしてどこの誰であろうが一旦動き出せば目的地へ連れて行く。かつては戦場へ連れて行き、今は職場に連れて行く。陸軍連隊の代わりに企業戦士や学生たちが運搬されている。学校は元は軍人養成所であり現代では企業人養成所だ。昔とは様変わりしたが結局は職場も戦場には違いない。いずれはパイの取り合い、騙し合い、奪い合いのゼロサムゲームになるのだ。
 そう語る鼠の言う事はいつも受け売りでありそれを自分でも自覚していた。そういうふうにしか語れなかったしそういうものだと思っていた。思い浮かぶのは常に何かの本で読んだことだったし、他人も似た様なものであると思っていた。特に語るべきことがなくとも語った。そうしろと本に書いてあったからだ。話を理解出来ないときは語りは常にずれていった。まともに話を聞いていないときもあったが誠実であろうともした。何かが違う、間違っている、とは思ったが相手が間違っているのか自分が間違っているのかわからなかった。苛立ちが募るばかりだった。自分には何かが足りない、本以外の決定的な何かが。判断の軸になる何かが。何か強烈な経験が欲しかった。そして一度列車から降りた。しかし何も変わらなかった。

「あんたにはふつうの感受性ってもんが欠けてるよ」羊は答えた。羊もかつては運搬される荷物だったが降りてしまっていた。明確に拒否する意志があったわけではない。なんとなく気付いたら降りていた。なにか不満があったのか、天気のせいだったのか、もはや理由はわからなかった。考えるほどにわからなくなった。少し違った景色を眺めたかっただけなのかもしれない、今ではそう思うようになっていた。羊にとって列車はあまりにも混雑していた。一度も席に座る事はできなかった。そんなことは絶対に不可能のように思えた。座れる人はあらかじめ決まっているのだと思えた。吊革も掴めず立ちっ放しでいるのは羊を疲れさせた。親切なアナウンスの声にも激しい苛立ちを感じるようになった。羊にとって列車はいつしか過酷で退屈で耐えられないものになっていた。
 結局、自分はいつかは降りるしかなかったんだ。羊はそう思った。早いか遅いかの違いだけだ、早かったのを幸いだったと思うしかない。長い長い自問自答と対話の果てに出た結論がそれだった。あまりにも平凡過ぎて酷く悲しくなった。答えはあまりにも退屈で凡庸で認め難いものだった。こんなことに何年も費やしたのが馬鹿みたいで認めたくなかった。一ひく一はゼロです、こんなものを解くのに二三年かかる馬鹿は救いようがないと思った。自分自身を葬りたかったが、それも出来ずにまた時は過ぎていった。なんとか救わねばならない。やはり自分はまだ死にたくないのだ、生きていたい、羊は初めて思った。そして列車に再び乗った。

 二人は以前とは違う列車に乗っている。優秀なプログラマ職人特製のネット列車だった。非常に軽く通信が速い。乗客を何処までも連れて行き何処へも連れ出さない。列車は現実と少しだけずれた時空間にあったが二人にはよくわからない。わかるのは何だかのっぺりしている、ということだけだった。列車は車体にも内装の壁にも汚い落書きだらけだった。沢山のアスキーアートと小咄がコピーペーストされていた。見飽きた文章と絵ばかりだったが居心地は悪くなかった。何度見ても笑ってしまうものもあった。野茂とホモの違いを読むと可笑しくてたまらなくなった。自分もこの馬鹿げた世界の一部なのだと感じる事が出来た。何よりこの列車には二人を苦しめた重さというものが感じられなかった。

 列車の乗客には猫が沢山いた。沢山の二頭身から六頭身の猫が二足歩行で歩き回ったり飛び跳ねたりしていた。
「こう猫ばっかりいるとなんだか銀河鉄道の夜のアニメみたいだ」と羊は言った。
「おれたちはジョバンニとカンパネルラには程遠いな」鼠は答えた。
働き者で母親おもいのジョバンニ。友情に厚く、溺れたジョバンニを助けるため勇敢に川へ飛び込むカンパネルラ。ジョバンニをなんとか助け出すもカンパネルラは死んでしまう。そして二人は列車に乗って銀河へ別れの旅をする。

 大勢の猫の群れを見ながら鼠が言った。
「おれたちはもしかしてもう死んでるのだろうか?」
「さあね、少なくともぼくは生きたいと思ってるよ」
「おれは・・・」鼠は黙り込んだ。
「とにかく行ってみるしかないさ、何はともあれもう列車に乗り込んだんだ。われらの都ともしばしのお別れだ」

 新しい都と書いてニート。英語ならNEET。Not in Education, Employment or Training. 教育もない、職もない、訓練もしない。何も無い。

新都駅の看板を眺めながら羊が言った。
「試験もなんにもないっていう唄があったっけな」
「ああ、ゲゲゲの鬼太郎だったっけ」
「こんなふうに続くんだ。楽しいな、楽しいな、おばけにゃ学校も~ 試験も何にもない!」
「それほど楽しくはないと思うな」
「楽しいな、楽しいな、おばけは死なない~ 病気も何にもない!」
「ずいぶんと力強いな」鼠は笑った。そして続けて言った。
「きみはここがそういう場所だって言いたいのかい」
「さてね、ただ楽しいと思うべきだってことさ。住めば都。我思う故に我有り。楽しいと思えば楽しい」
「一度死ねば二度は死なないって言われたほうがピンと来るんだがな」
「懲りないな。まだ死を覗きたりないのかね。あんたが期待してるようなものは死にはないよ。ただの終わりってだけさ。そしてあんたはそれを知ることは出来ない。死ぬのはいつも他人ばかりなり、だ」
「おれは死を弄んでなんかいないよ。ただ離れられないんだ。どうしても。おれは死の瞬間におれの死すべき場所にいたいだけなんだ」
「運が良ければどこかの病院で悪ければそれ以外だよ。死に場所を選びたいなら・・・。わかってるだろ?」
「そういう意味じゃないんだ」
「仕事ってことかい。死んでもいい仕事があんたの墓場か」
「そんなところだね」
「無職には過ぎた望みだな」

猫たちは二人を気にすることなく騒いでいたが、唄の話を耳にしたのか猫たちが唄い出した。

栄光に向って走る あの列車に乗っていこう
裸足のままで飛び出して あの列車に乗っていこう

猫たちが大声で唄っていた。この唄が始まりだった。そして終わりを告げる唄でもあった。
「おれたちの行き先は栄光じゃないな」鼠は下を向いて笑いながら言った。
「ああ、でも・・・」羊は顔をあげて続けて言った。
「どこだろうと、列車に乗ったなら次の駅まで行くしかないのさ」

まだ続きを猫たちが唄っていた。

弱いもの達が夕暮れ さらに弱いものをたたく
その音が響き渡れば ブルースは加速して行く

 ブザーがなりアナウンスの声が響いた。
「00時発2ちゃんねる行きyahooBB列車、まもなくドアが閉まります。ホームの白線の内までお下がりください」
ドアが閉まり列車が動き始めた。見送りの人々がまだバンザイをしていた。大声で何か言っていたが二人にはよく見えなかった。目を凝らしたが文字化けしてすぐ読めなくなった。
「あいつらメーテルに会えるかな」
「さあね」
「普通に無理だろ」
「ニートだしね」
「ヒキだしね」さて、アニメも始まるし帰ろっか、おう、またね。
見送りの人々は解散しそれぞれの巣に帰った。

       

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