Neetel Inside ニートノベル
表紙

涼しい夏の木漏れ日の下で
1、登校日

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 朝起きればとても耳障りな目覚まし時計のアラームが鳴り響く部屋。
俺は習慣となった手作業で、パシンッペンペンッ!!とボタンを押しアラームを止める。
 午前7時30分になった時計の針を、まるで皮を剥いた直後の山梨の桃にしゃぶりつくが
如く、時計の針を目に焼き付ける。
 「もう朝か、眠すぎる」
 小さな声で呟いて布団を片付けると、横にあるテーブルにサランラップによって念入り
に包まれてある朝飯。それは、まるで小学校6年生の時にのバレンタインデーに女の子から
貰ったチョコレートを大切に大切に包み込んだ時の俺の掌の用に、サランラップは皿に食
い込んでいた。
 「いただきます、母さん」
 朝飯のメニューは皿いっぱいに盛り込まれた芋の煮っ転がし、その横に芋の煮っ転がし、
ごはん、芋の煮っ転がしと、俺の中で豪勢な、しかし一般的に見れば庶民的な料理品の
数々。
 適当に一摘みして、口の中に放り投げる。ムシャムシャモグモグパリゴックン。旨い、
とてつもなく旨い、その旨さは禁止されている伊勢海老の一本釣りによって収穫した伊勢
海老を、生きたままかぶりついた時の味を思い出させるほどの味だった。
 朝飯を食い終えた俺は、ソファーの上にある学生服に手を出し、そのまま裸の体に俊敏
な動作で着替えを行う。そう、それはリカちゃん人形を着替えさすほどの速さで。
 そのまま鞄を手にした俺は、玄関までをまるでライオンが狩りをする時に見せる瞬発力
で走り辿り着く。
 玄関のノブて手を掛け、開ければ外には快晴過ぎるほどに暑い太陽がギラギラと俺を照
らし、町並みは迷路を創造させるほどに入り組み食い込みを俺の眼に見せ付ける。
 「行って来ます」
 俺は誰もいない家の中に呟くと、硬い玄関のドアを閉め鍵をわざわざ二重にかけ閉めた。


 ――今日は夏休みの間にひっそりと組み込まれた登校日だ。

     


 学校付近に到着するや否や、抗えない事実に対面することとなる。生活指導のガチチ
チが校門の前に立っているのである。
 それにしても奴の顔は、一度家に家庭教師として来ていながらも毎晩家の晩御飯をつ
まみ食いしながら糞尿を撒き散らしていく悪徳教師メントス西田を思い出させる風貌を
していると心の奥底から思う。
「おいッ!菊地ッ!何だそのピアスはッ!」
 さっそく、夏休みにハジけにハジけ、感極まって耳タブに開けたであろうピアスホー
ルの中にぶち込まれた18Gのサージカルステンレスのクロッシングピアスが耳タブに
ぶら下がっている菊地が、ガチチチに呼び止められていた。
 抗えない事実と言うのはこれの事だ。俺も夏休みに入って14分後に浮かれに浮かれて
SHAZNAのMelty Loveを爆音で聞きながら髪の毛を脱色してしまっていた。
 さらに、耳には00Gのホールにオーガニックがぶち込まれ、2連インダスと言う自分で
も意味不明な状況になってしまった左耳を人前に晒しながら来てしまっている。
 他にも隣の兄ちゃんが乗っているケンメリを勝手に転がしていた時に、店内改装中の
ゲオに120kmで衝突してしまっている事故歴がある。ばれたら大変な事になる。
「おいッ!!何とか言えッッ!!きくぅちぃッ!!!」
 叫ぶガチチチ、世界が終焉を迎えるまであと2分程度と宣告され、さらには愛犬のマサ
チカを殺されてしまった時のような顔をしている菊地。
「すいません先生、もうしませんから、本当にすいません」
 頭を地面に叩きつける勢いで頭を下げ、消えそうな声で謝罪を述べる菊地。
「いいや、許さん、貴様のような奴がいるからこの学校の風紀が乱れるんだ。馬鹿者が、
死んで詫びろとは言わん、だがお前がした事はこの学校の全校生徒に被害を加えたよう
なモンだ。全校生徒のお宅にその短足でとろとろと地面を練り歩きながら一軒一軒に
お前の直筆で書いた詫び状を、土下座しながら叩きつけて来いッ!!今日中だッ!!
さぁ行けッ!今すぐ行けッ!今すぐ行かないのなら死んで詫びる前に俺が殺してやるッ
!!!」
 まるで校舎の窓ガラスが割れそうなほどの声で、菊地に罵詈雑言を浴びせかける。
「うわあああぁぁぁぁぁああああああ~~~」
 錯乱状態になる菊地。彼にとってこの瞬間は人生で1、2を争うほどの衝撃的な
記憶として心の奥深くにある部分に、刻み込まれるだろう。
「やばいね、これは」
 遠くから呟く俺の声に、ガチチチの地獄耳はビクンビクンッと反応した。
「おいッ!!貴様ッ!!ちょっと来いッッ!!!」
 見つかってしまう俺。このままでは奴にねちねちと甚振られてしまう。
 この時、俺の脳内であらゆる思考回路が爆発するが如く、フル回転し始めた。

     

 フル回転し始めた俺の脳に、ビクビクビクゥッ!!と刺激が走る。
 この危機的状況を打開するための最善策を思いついたのだ。
「こらあぁぁッ!!待てぇえええええ!!!」
 叫ぶガチチチ、だが叫ばれた本人である俺は全速力で学校の校門から遠ざかって行
く。
 今日は学校をサボタージュする事にしよう、と心のなかで自分に言い聞かせながら
も全速力で町中を走っていく。
 それにしてもいい気持ちだ。久々に走ったのが体中の筋肉を締め付けるように疲労
させるのかと思ったのだが、何故かいい気持ちになった。さっきまで殺気を感じてい
たなんて思えないくらいに鬱屈しそうになった気持ちも忘れさせてくれた。
 そろそろ体力も限界で、俺は足を止めた。周りを見渡すがここが自分の生まれ育っ
た町中では無い事はご想像に難い。
 そういえば何分、何時間走ったのかも記憶は曖昧で、虚ろな感覚の俺にはまったく
思い出せない。
 ふと気がつけば、朝が夜になっている事に気がついた。
 携帯電話の時計を見れば、すでに夜の10時になっていた。


 ――俺は迷子になった。

       

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