Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
人との接し方(初級編)

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 先日の戦から数日、いくつかの街を回りながら情報を集め、これからの行動の指針を立てようと私はクレストのある街の傭兵ギルドで情報収集をしていた。

 ギルドの酒場で情報屋に大まかな国の情勢、今巷で囁かれている噂話などを一通り聞くと、前の戦で戦ったモルドという男のことを思い出し、彼についての情報も聞いておくことにした。
「ああ、あとは双斧のモルドという男についての情報を頼む」
「双斧のモルド?」
 情報屋の男はさも意外そうな顔をすると、私の後ろを指差す。
「?」
 私が首をかしげながら後ろを振り向くと、そこにはややニヤけた表情で仁王立ちしているモルドが居た。
「よう、なかなかどうして縁があるじゃねえか」
 周囲への警戒は常に行っているつもりではあったが、あくまで不審な動きをしている者が居ないかという条件で警戒していたため、個体識別まで気が回っていなかったようだ。
「…双斧のモルド」
「おうよ。闘神様に名前覚えられるどころか、情報集めまでしてもらって光栄だねぇ」
 カッカッカと、さも嬉しそうに笑うモルド。
 自分の情報を集めていた人物が目の前に居るのことは、そんなにも嬉しいことなのか、いまいちこの男の気持ちが私にはわからなかった。
「まあ、ワシがこの国に戻ってきちまった以上、あんたとやり合うことももう無いかも知れんがなぁ」
「そうなのか?」
「そうなのか、ってあんたはでかい戦にしか参加してないじゃねぇか。俺もこの国に戻ったからには大戦じゃあクレスト側に付くだろうしよ」
 なるほど、言われてみればそうかもしれない。
 普通の人間にとっては、国境越えの旅は結構な旅路となる。そう何度も外国に行くことはないだろう。しかも、クレストの勢力が大きくなり、戦で負ける要素が少なくなってきている今、傭兵がわざわざ危険を冒してまで負ける国に肩入れする理由も無い。
 少なくとも3大国の国境が隣接し、同規模の国同士の戦にならなければ、だが。
「まあ、せっかく再会したんだ。ワシが飯おごってやっからついてきな!」
「いや、私は…」
「遠慮なんてすんなよ。命がけで戦った仲じゃねぇか。この町のワシの行きつけの店でパーっといこうや」
 普段ならこんなことには一切付き合わないのだが、私が闘神などと呼ばれている今、少しでも人間らしい行動を取っておくのも必要だと考え、渋々モルドに付き合うことにした。
「…わかった」
「おお、そうこなくっちゃな!こっちだ、さっさと行こうや!」
 モルドはそう言うと私を連れて、町の西にある宿屋兼飯屋スマイリーに案内する。
「うーっす」
 モルドはそう言うと勢いよく扉を開けて、店の中に入った。
「おい、あれモルドじゃねーか?」
「生きてたのか」
「チッ…」
 店にいた客がモルドの姿を見て騒ぐ。行きつけの店と言っていたせいか知り合いも多い様だ。
 私もモルドに続いて店の中に入ると、さらに店の中にいた客達のざわめきが大きくなる。
「あの背負ってるでかい剣、まさか…闘神!?」
「うぇ!マジかよ…」
「あんなのが闘神?思ってたより随分とひょろっちいな」
「バカ、聞かれたらどーすんべ!」
「くわばらくわばら」
 妙に突き刺さる視線を無視しつつ、私とモルドは適当なテーブルに座った。
「あらー、モルちゃん久しぶりだねぇ」
 私達が腰を下ろした直後、初老の女性がにこやかな笑顔で話しかけてくる。
「…おばちゃん、いい加減そのモルちゃんってのは勘弁してくれねーか?もうワシは26だぞ」
「いやいや、ホント元気そうでなによりだわぁ」
 初老の女性はモルドの抗議を軽くスル―して話す。どうやら訂正する気はないらしい。
「まあとりあえず、テキトーに料理2人分頼むわ。あと酒ね」
「はいはい」
 注文を受けて奥へ引っ込む初老の女性。
 それを見届けた後、妙にモルドがキョロキョロし始めた。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや、まあ、なんつーかだなぁ…」
 やたら歯切れの悪くなったモルドを不審に思っていると、さっきの初老の女性とは違う女性が料理を持ってこっちへ歩いて来る。
「はい、ご注文の料理とお酒」
 少しふっくらした体型と、大きな目が特徴的な女性が料理と酒をテーブルの上に並べた。
「よう、ラナ。久しぶりだな」
「そうね」
 少しはにかんだ感じでモルドは女性に声をかける。話し方からしてこの女性も知り合いなのだろう。
「ほんとーに久しぶりだわ。ツケを一切払わないまま3年も…。利子はしっかり払ってもらいますからね」
「おいおい、もうちょいワシが5体満足で帰ってきたことを喜んでもいいんじゃないか?」
 ラナは大きくため息をつくと、鋭い目つきでモルドを睨む。
「そうね。あなたが五体満足で帰って来てくれてありがたいわ。ツケが払えない場合は、自分を身売りしてでも返してもらうつもりだったんだから」
 流石にその言葉にカチンと来たのか、モルドは口を尖らせて愚痴った。
「相変わらずかわいげねぇなぁ、このちょいデブ女は」
 バシーン!
 お盆で思いっきりモルドを叩くラナ。その大きな音のせいで、周囲の喧騒がピタリと止んだ。
 さっきまでのかわいらしい顔とは裏腹に、眉間には深い皺が刻みこまれたラナは、文字通り鬼の形相となって2撃目をモルドに喰らわせる。
 バシーン!!
 さっきよりも大きい音が響く。往復で繰り出されたお盆によるビンタで、モルドの頬は赤く腫れた。
「――ってぇな!このちょいで…」
 モルドが声を荒げた時には既に、ラナはお盆を縦にしてモルドの頭上に降り下ろそうとしている。
 そのあまりの迫力に目を瞑るモルド。
 …。
 ……。
 ………。
 だが、いつになってもお盆はモルドの頭上に振り下ろされることは無かった。
 まあ、私がラナの手を掴んで止めているのだから当然なのだが。
 正直、人間として行動しているところを周囲に目撃してもらうことが今の目的なのだが、過度な注目は避けたい。さっさと二人の諍いを止め、騒ぎを鎮めたかった。
 私とラナの目が合う。
 止められたのがそんなに意外だったのか、ラナは目を見開いたまま固まっている。
「あらあら、お客さん。そんなに心配しなくても、その二人の喧嘩はこの店の風物詩みたいなものだから大丈夫ですよ」
 さっきの初老の女性がにこやかに私に話しかけた。
 どうやら私は二人のいつものやり取りに水を差してしまったらしい。
 私はラナの手を離すと軽く頭を下げて謝罪した。
「邪魔をしてすまない。もう止めないので続けてくれ」
 ……。
 ………。
 再びの静寂、その数秒後、店は大きな笑い声に包まれた。
 何かやらかしてしまったのだろうか?
 私は首をかしげながら椅子に腰を下ろす。
「そりゃぁねえぜ、アレスさんよぅ」
 モルドまでもが私の肩を叩きながら笑っている。やはり、私は人とのコミュニケーションに対し理解が不足しているようだ。
 そんな風に私が考えていると、ラナが私の前で頭を下げるのが見えた。
「本当にすいません。このバカのせいで恥ずかしいところをお見せして…」
 その言葉を聞いてモルドが不満そうな顔をするが、ラナはあえて無視いているようだ。
「いや、別に…」
「よかったらまた懲りずに来て下さい。サービスしますので」
「あ、ああ…」
 私が返事をすると、そのまま奥へ下がってしまうラナ。ちらっとその顔が見えたが、少し赤かった気もする。やはり怒っているのだろうか。
「なあ」
「ん?」
「手ぇ出すなよ?」
「?」
 その後妙に不機嫌そうなモルドと飯を食べ、店を出た。ツケの返済で金が無くなったモルドのせいで、代金は私が支払うことになったが…。

       

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