Neetel Inside ニートノベル
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蒼き星の挿話
暗殺失敗

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 暗殺を行ったあの日から2週間後、私はダンテリオの研究室でダンテリオと二人で事の結果について話していた。
「君が付いていながらこの結果とはねぇ」
「……私に過失があったことも否定はしないが、対処不能なイレギュラーというのは常に起こりうるものだ」
「だからといって本来の暗殺対象は今ものうのうと生きているわけでしょ?大失敗じゃないか」
 そう、結果として唱響の聖唱女暗殺は失敗した。私が確認した限りでは偶然唱響の聖唱女が家を空け、そこに私用で訪れた聖光の聖少女を実行部隊が標的と勘違いしてしまったのだ。
 本来そういったイレギュラーな事態に対処するために私が暗殺実行部隊の周辺を見張り、情報を伝える事で確実に目的を成し遂げる予定だったが、失敗した原因は唱響の聖唱女暗殺よりも早急に片付けなくてはならない事柄が発生したことにある。
「だが、人違いだったとはいえ結果的に聖唱女を一人始末出来たのは不幸中の幸いだった」
「まあ、ねぇ。聖光の聖唱女だっけ?このコトダマ使い一人じゃ微妙な特性だけど、集団戦闘で使ったら結構有効な部類だもんねぇ」
 ダンテリオの言う通り、聖光の聖唱女のコトダマは集団戦闘においてはかなり厄介な特性だ。その特性は一定方向の光を強くするというものだが、唱響の聖唱女のコトダマと併用することで広範囲に強い光を発生させる。それにより、敵兵士は常に逆光の状態で視界を遮られ、ミラージュ側は有利に戦闘を進めることができた。
 聖光の聖唱女暗殺でミラージュの戦力が大きく損なわれたとまではいかないものの、信仰の対象でもある聖唱女が一人居なくなったことで士気が下がり、以前と同じようには圧倒的な勝利を収めることはできないだろう。
 そして、予定通り暗殺を実行した国が特定できないミラージュが、聖唱女の死を病死という形で発表したことも大きい。ミラージュ国民が報復を建前にクレストやキサラギに侵攻した場合、今の状態では下手をすればミラージュの一人勝ちも十分在り得るからだ。
「色々あったが、一応はこれで3国が互いを牽制し合う形は保たれた」
「そうだねぇ。何年続くかは微妙なとこだけど、今はそのムーンライトソードの資料の方が厄介だよねぇ。ムーンライトソードの研究をしていた人の調べはついたのかい?」
「ああ、名前はエネウッド・ラーク。先々代前まではそれなりの地位を維持していた家系だったが、どうやら先代と現当主であるエネウッドの二人が原因でかなり落ちぶれたらしい」
「元名家ってことは親族関係も結構いるってことかい?」
「居るにはいるが9割方は疎遠状態だったようだ。友人知人に関しても驚くほど少なかったので助かっている」
「…助かるってことは、やっぱり関係者を皆始末してるんだ?」
「念には念を入れて、な。全て事故や病死に見せかけている。今の所問題は無い」
「今の所?それだけ徹底してやってるのなら問題なんて無いでしょ。それとも何か気になることでもあるのかい?」
「気になる、と言えば気にはなる。エネウッドは少々変わった立場の人間だったからな」
「変わった立場って言うと?」
「ミラージュは各国となるべく諍いを起こさない為に、他国と政略結婚を行っているのを知っているか?」
「知ってはいるけど、あれってあんまり機能してなかったんじゃなかったっけ?」
「ああ、その通りだ。しかも、本当にそれなりの立場がある人間を、ほとんど意味のない政略結婚に使うはずもない」
「あー、つまりエネウッドもその一人だったってことかぁ」
「そして、当然ながらその相手も、今現在はそこまで高い地位を維持しているわけではない」
 相手は没落した貴族。それもコトダマ使いに権力争いで負け、領地を失った今はなんの権力も無い貴族だ。
 1年に一度半月だけ会うことの許される結婚相手。そんな相手に大事な研究内容を教えている可能性は限りなく低いが…。
「それもなんとなく分かるけどさぁ、それのどこが気になる所なんだい?」
「エネウッドが死んで1週間後にその相手が火事で死んだことになっているからだ」
「……それはまた随分といいタイミングすぎるねぇ。実は死んだふりして僕達のことを調べているのかな?」
「仮にそうだったとしても、私はその女の外見を全く知らない。探し出すのは難しいだろうな」
「でも、その程度だったら問題ないんじゃない?気にし過ぎだよ」
 ダンテリオの言う通り、仮にその女がムーンライトソードの情報を知り、暗躍したとしても事を成すのにはかなりの時間がかかる。リーズナ―に見つからないようにしながらならば尚更だろう。そしてムーンライトソードを再現できる頃には、世の中にムーンライトソードを広められても問題ない状態まで情勢は変化しているはずだ。
「そう、だな。このことは今考えても仕方ない」
 そう言うと私は立ち上がり、ダンテリオに背を向けた。
「もう行くのかい?」
「ああ、やることは山ほどある」
「君との会話はなかなか楽しいからねぇ。また来るのを楽しみに待ってるよ」
「今回お前の喜びそうな内容はなかったと思うが?」
「いやいや、君の様な存在でも失敗するということが分かっただけでも、僕にとっては十分興味深い話だったよ」
 そう言うと、ダンテリオは歪なまでに表情を歪ませて笑う。
 私はそのまま何も答えずに姿を消すと、次の行動を起こすために移動した。

 どんな存在でも失敗はする。過ちは常に起り得るものだ。それは命のあるなしに関わらず、全てにおいて言えることだろう。
 だからこそ常に考え続けねばならない。自分の行ったことが正しいかろうが誤っていようが、それが結果として何をもたらすのかを。
 そして、それは”わたし”にも言えることなのだから――。

       

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