Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
ムーンライトソード

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 ドラゴンを倒すことはできた。だが、それでも人間達の被害は大きい。これでは守りはともかく、人間側から攻勢に出ることは難しいだろう。
 特にあのドラゴンの見せた咆哮による攻撃。あれを何とかできなければ人間達がドラゴンを倒しきることは難しい。 ドラゴンの咆哮。あれは少々特殊な能力だ。どのような原理であのような力を発現させているかは解析できなかったが、特殊な波長を発生させ水分の蒸発を促すものだった。特殊な波長、とは言ったがそれは単に空気の振動のみではない。ドラゴンがあの咆哮を放った直後、複数の波長を私は感知している。音波、電磁波、そしてわずかな重力波、それらが組み合わさり一定の物質に影響を与える波長を作り出したのだろう。
 人間にばかり気を取られ、ドラゴンの生態を把握していなかった私の失態だ。そして私がドラゴンと相対した時にあの咆哮を観測しなかったのは、ほとんど一撃でドラゴンを殺していてしまったためだ。それができればあの攻撃を喰らわずとも済むのだが、今の人間達にそれほどのことができるとも思えない。
 ”何か”が必要なのだ。あの咆哮を防ぎドラゴンを打ち倒せる”何か”が…。

 私は武器の製造を全てラングに任せ、ドラゴンブレスを封じる方法を探すことにした。
 基本的には大陸中の学者や鍛冶屋を訪ねたり、いわくのある土地を歩く。学者や鍛冶屋を訪ねるのは新しい技術や優れた武器があるかどうかを見極めるためだが、いわくのある土地を巡るのはそこに人間に知られていない何かがある可能性があるからだ。
 呪い、祟り、禁忌の地などそういったモノが伝えられている場所には何かしらの原因が存在する。
 ドラゴンのように少数の人間には手に負えない動物が生息していたり、猛毒の植物が自生している場合や、その場所が歴史的事件が発生した場所で縁起が悪かったりと色々だ。3つ目の理由だけの場所なら私にとって何ら意味のない土地だが、前の二つの理由ならば大いに利用できる。
 そこに住んでいる動物がドラゴンに対抗できる生き物ならば、飼い馴らして使えばいい。仮に飼い馴らせなかったとしても、武器や防具を作る材料として利用できるかもしれない。
 もしドラゴンにも通用するような猛毒を持つ植物が存在するならば、それを武器に塗って攻撃すればドラゴンを殺しやすくなるだろう。
 探す、巡る。何人もの学者、鍛冶屋を訪ね、いくつものいわくのある土地へと赴く。そして私は鍛冶屋から聞いた噂を元に、ある山へと足を向けた。
 ホーイックロックス山、その山には黄泉の国へ続く扉があると言われている。
 大陸中央のやや北寄りにあるこの山は、元々鉱山として多くの人間が訪れた山だ。しかし、ある日突然そこで働く多くの者たちが体調不良を訴え始め、そのほとんどが死に至る。ちょうどその騒ぎの前後で鉱山の中で妙な光を見た、という者が増えた。噂ではその光は黄泉へと続く扉から漏れた光でありとあらゆる命を吸い取る、らしい。
 少なくとも私は死んだことなど無いので黄泉の国が存在するかどうかは知らないが、そうなる原因が存在するのは確かだろう。
 まあ事実、あの山の周辺ではほとんど動植物を見ることはない。たまに見かけたとしても、普通の植物の群生の中に、いくつか歪な形をしたものが混ざっていることがあるそうだ。
 私は噂の内容を再確認し、周囲に人がいないことを確かめて山頂で腰を下ろした。
 意識を集中し、知覚へ全ての処理能力をまわす。私の体はゆっくり溶けてなくなり、意識だけがそこに漂う。

 ――外周部異常無し、全て既知の物質、現象しか確認できず

 ――知覚を内部へ移行、坑道沿いに知覚開始

 …。
 ……。
 ………。

 ――差し当たって特筆すべき物質、現象の存在は確認できず

 外周部、坑道沿いの情報を一通り集め、私がより詳細に集めた情報の精査しようとした時、坑道の入り口から強い風が入り込む。その風は坑道内部を通り、空気穴を抜けて通りすぎていく。
 坑道内部を通り抜ける風の音。その音の届く範囲で私は”光”を知覚する。それと同時にその”光”を知覚した場所では音がほとんど観測できない。
 私は意識をその場所に集中し、より多くの情報を集めようとするが、風が止むのと同時に光もまた観測できなくなった。
 音を吸収し”光”を発する何かがそこにある、と確信した私は早速さっきの光を観測した地点で体を構成し、収集を行う。
 そこにあったのは多数の輝石。私が地を踏み締めるたびに薄く輝き、音を喰ら石。これならばドラゴンの咆哮を防ぐことができるかもしれない。
 そう考えた私はこの石を鍛冶屋へ持っていき加工させることにした。
 作るのは剣。純度の高い輝石をはめ込んだ宝剣だ。本来ならばドラゴンの咆哮を防ぐという意味では、形状は盾の方が効率がいい。だがあくまでこの剣はドラゴンを打ち倒す”武器”でなくてはならない。人間達の攻める姿勢を後押しするためにもこれは必要なことだ。
 しかし、鍛冶屋に輝石の加工を頼んでから数日、鍛冶屋のおやじが死亡した。どうやらあの山の噂である光を見た者は死ぬというのはデマではなかったらしい。
 輝石が光っている時に発せられるモノの中には、確かに人間には知覚できないモノが混ざっている。どうやらそれが原因のようだ。だがそれは人間にだけ作用するものではないはずだ。ならばにこの輝石の利用価値はさらに高いものとなる。
 私はこの宝剣を完成させるために多くの鍛冶屋を犠牲にした。それだけの価値がこの宝剣にはある。
 作成した宝剣は13本。1本は私が所持し、残る12本を4本ずつ別の地域の集落に売り渡した。

 その効果は絶大だった。
 あのドラゴンの咆哮、通称ドラゴンブレスを防ぐ手段ができたことで、人間達はドラゴンに対して攻勢に出る。ドラゴンの主食である大型草食動物ヌウの数を減らし、自分達でヌウを飼い、そこに迎撃の準備を整え、食料不足で自分の縄張りから出てきたドラゴンを叩く。
 ドラゴンを効率的に仕留められるようになって、人間達はドラゴンの牙や鱗を使いさらに強力な武器や防具を作り出す。ここで人間とドラゴンの狩る者と狩られる者の立場が逆転することとなった。
 しかし、効率的に、確実にドラゴンを仕留められるようになってくると、今度は宝剣を使うことを拒む者が現れた。
 無理もない。未だそれなりの脅威であるドラゴン相手とはいえ、勝てることがほぼ約束された時点で、誰が好き好んで確実に自分が死ぬ武器を使うと言うのか。
 だが、それに関しては私が宝剣を使い、生き残ることで問題は緩和された。

 ――宝剣ムーンライトソードに選ばれた者は死なない――

 そんな噂が流れれば、自分の名を上げるために命知らず達がこぞってその役割を果たす。
 個性を強く持つが故に、”自分は特別だ”、”自分ならば大丈夫”と何の根拠もなく考える人間は多い。
 私はこの時初めて人間達の個性というものを許容する。扱い方さえ間違えなければこの個性というものは想像以上の結果を弾きだす。
 だが、このような考え方に至ることで、”私”は結局のところ”わたし”の言う通り人間の思考を持っていることを実感させた。

 人間の思考回路を持つ人間ではない”私”。
 この歪みが何をもたらすのか、この考えは今の私にただ不安が募らせるばかりだった。

       

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