Neetel Inside ニートノベル
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蒼き星の挿話
覚悟の価値

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 ミラージュに対して行われるリーズナ―の最重要作戦、それは現時点で最も強いミラージュの戦力を削ぐために”五聖唱女”の一人を暗殺することだった。
 ミラージュは強い国だ。その強さの根源は、やはりミラージュ独自の思想、宗教によるものが大きい。他国では互いに出世をする為に蹴落とし合っている政治家やコトダマ使いがいる中、国全体が一致団結して物事に当たることができる唯一の国だ。
 皆が協力して助け合いながら生きる。そんな極々単純で、実現が困難なことを実践できている国だからこそ、他国とは異質である。それ故に、他国では到底不可能なコトダマの運用法を編み出したのだろう。
 ミラージュは信仰心高く死をも厭わない兵士達に、複数のコトダマの効果を付与させて大規模な戦闘を行う。これはコトダマ使い達の連携力を極限まで高め、兵士達のコトダマ使いへの絶対的な信頼を必要とした。
 コトダマ使いという存在が世に認知されてからかなりの時間が経ってはいるが、未だに一般人からは恐れられ、気味悪がられ、その強力な力と待遇の良さから多くの人間に妬まれてきた。そんな中、コトダマ使いと一般兵士の間に絶対的な信用など生じるはずもない。
 しかし、ミラージュはそれをやってのけた。コトダマ使いを宗教の中心に据え、時間を懸けて民衆の支持を得ることで、自らコトダマの影響に曝されることを望む人間を作りだしたのだ。
 それによってミラージュが得た力はあまりにも大きい。現時点ではクレスト、キサラギの両国が協力してミラージュと戦うことができれば、ようやく五分といったところだろう。
 そして、それだけ大勢の兵士達にコトダマの効果を行き渡らせ、ミラージュの戦力を一気に押し上げることを成し遂げたのはたった一つの禍紅石の特性が原因だった。それが唱響の聖唱女が宿す禍紅石である。特性は音をコトダマ使いの思うままに広げ、広範囲に他者のコトダマを行き渡らせることができるというものだ。
 故にその禍紅石をミラージュから奪うことができれば、ミラージュの戦力は大幅に減少し3国のパワーバランスを拮抗させることができる。この暗殺はリーズナ―にとっても危険を伴う重要な作戦なのだ。

 作戦前の最後のブリーフィングの後、私はこの作戦の指揮者である実行部隊の隊長であるディア・ツァーデンを呼び止めた。
「ディア、少しいいか?」
「これは連絡係殿、どうかしたんで?」
 ディアは毛むくじゃらな髭を触りながら私の方へ振り向くと、不機嫌な様子を隠そうともせず私と向き合った。
「…今回の作戦、不服か?」
「まあ、今までがコトダマ使いの尻拭いばっかりの任務だったんだ。それと比べりぁいくらかマシではありますがねぇ」
「では、何が気に入らない?」
「今回の作戦、例のコトダマ使い…ニーシャとか言いましたっけ?あれも参加するみたいじゃないですか」
「標的はコトダマ使いだ。こちらもそれに対抗し得る戦力を投入するのは当然だろう」
「別に正面から堂々と果たし合いをするわけじゃないんだ。不意を突きゃあどうとでもなりますよ」
「ニーシャは不意を突けなかった場合の保険だと考えろ。お前達の腕が確かで、何の失敗もせずに事が運べば彼女の出番はない」
「…分かってますよ。俺達に選択肢なんぞないし、ただ与えられた任務をできるだけ完璧な形で成功させなきゃならんってことくらいはね」
「……分かっているならいい。私も作戦の時は別行動でミラージュに入り、情報収集を行う。作戦自体に口出しはしないが、重要な情報が入れば私の方から即座に連絡しよう」
 そう言うと私はディアに背を向け、その場を離れる。
 ディアは恐らくこの作戦に納得していないのだろう。実行部隊が今回の作戦に使う装備は、全て身元が割れないようにリーズナ―がこの作戦の為だけに用意した物ばかりだ。それはいざとなったら実行部隊を丸ごと切り捨てることも視野に入れていることを意味する。
 だからこそ、ディアは余計に今回の作戦にコトダマ使いであるニーシャが加わるのが気に食わないのだろう。
 今回のミラージュで行われる作戦に参加する者達は、しっかりと作戦の詳細を説明され、理解し、いざという時の覚悟をしている。
 だが、ニーシャは違う。コトダマのコストが記憶であることもあって、ニーシャはこの作戦の詳細を理解していない。ただ、命令されたことをこなすことしかできない彼女には、死に対する覚悟を決めることすら許されないのだ。
 それは常に死が隣合わせの任務をこなしてきたディアにとって、許容しがたいことなのだろう。
 しかし、それはディア個人の感傷でしかない。そして、一度下された任務は実行しなければならない。それを一番分かっているのはディア自身だろう。

 様々な感情を胸の内に秘め、ミラージュの戦力を低下させる、ただその達成のためにリーズナ―実行部隊は死を覚悟しながらミラージュへと歩を進めた――。

       

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