Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
イケニエ

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 まるで夢を見ているかのように、普通では見ることのできないほど広い景色を私は見ている。
 山、谷、川、森。それら全ての細部に至るまで私は知ることができた。無論そこに住む生き物たちも、私は知ることができる。
 喰らい、奪い、そして死んでいく命達。それらを知覚する度に私はとてつもなく懐かしい感情を抱き、同時に妬ましくも感じた。
 様々な生き物達を観察する中で、私の関心を特別に引くものが居る。
 それは2足歩行し、道具を使い、言葉でコミュニケーションを取り、群れて行動する生物。”人間”だ。
 私は人間を食い入るように観察した。
 肉体的に弱いが故に知恵を身につけ、道具を使い、他の優れた肉体を持つ生き物と同等、もしくはそれ以上の強さを持つ生き物。単体ではそれほどの力はなく、命を失う個体も多いがその分繁殖力が強く、その数は次第に増え続けている。
 人間を観察して行くうちに私は自分の形を思い出す。
 そうだ。私も昔はあのような姿をしていた。2本の足で走り回り、両の手で様々なものに触れ、二つの目で世界を見ていたのだ。
 そう思うにつれて私の視点に何かが集まっていく。それはゆっくり、ゆっくりと集まっていき、私を形作っていった。
 空気が爆ぜる。そして、形作られた体が地面を踏み締めた。
「――!――!!」
 体の周囲で妙な音が聞こえる。
 音?いや、これは声、人の声だ。
「――、――!!」
 なんだ?何を言っている?
「――!」
 化け物?
 私の体の近くで6人の人間が騒ぐ。武器を構え、威嚇し、私に敵意を向けた。
「――!!」
 不意に彼らの意識が私の体でなく、他のものに向けられる。
 獣だ。
 彼らの声に反応して此処に訪れたのだろう。
 獣はゆっくりと得物を見定めるように、視線を彷徨わせると、鋭く尖った牙をむき出しにして私の体に飛び掛かった。
 私の体は獣に噛み付かれ、体の半分近くが獣の口に収まる。しかし、いくら牙を突きたてようと砕くことができない体に、獣は驚きを隠せないようだった。
 正直私はこの獣には用も興味もない。内側から腕を広げて獣の口から逃れると、私は獣の鼻っ柱に拳を喰らわせた。
 グシャッ、という音と共に鮮血が飛び散る。獣はそれに驚いて妙な呻き声を上げると、そのままどこかへ去って行く。
「――!――!!」
 すると、その様子を少し離れたところで見ていたさっきの人間達が声を上げて私に駆け寄って来た。さっきとは違い敵意はないようで、私の傍へ来ると頭を垂れて何かを呟いている。
「――」
 なんだ?カミ…神?
 私は促されるままに彼らの後について行き、集落へと辿り着いた。
「このお方は――」
 私をここまで連れてきた人間の一人が大きな声で話す。
 私は少しづつだが彼らの言葉を理解し始めていた。いや、思い出し始めていたのだ。
「我らの願いが――、――。――皆を集めよ!」
 大きな声で、集落の人間が私の前に集まる。皆地面に膝をつき、頭を垂れて何か呟き始めた。
 その中で、この人間達の群れの長らしき者が、一人の人間を連れて私の前に歩み寄る。
「神よ。イケニエを捧げます。なにとぞ、なにとぞこの地に雨を、雨をもたらしていただきたい」
 雨?
 雨ならば今から日が3度ほど登れば降る筈だ。彼らは何を言って――。
 いや、私は何故そんなことを知っている?私はこの地にいつ雨が降るのかを当然のごとく理解している。
 何故だ?
「神よ。これでは足りませぬか?あなたは何を望むのですか?」
 私が沈黙していることに不安を感じたのか、この群れの長が私に問いかける。
 望むもの?
 そう、私は人間に興味がある。知りたい。もっと、事細かに全てを――。
「イケニエを――」
 いける。私は話すことができる。ならば――。
「イケニエを、用意してくれ。子供、青年、中年、老人それぞれ男女一人ずつ用意しろ」
 私の言葉に恭しく頭を下げた長は、早速イケニエを選び始める。
 まもなく私の前に並んだイケニエ達。その周りには武器を持った人間が何人も待機していた。
 私はイケニエの一人の前に立つと、その全てを観察し始める。
 まずは頭、目、鼻、口、と上から順番にゆっくりと観察を行う。外見の観察が終わり、私は内部への監察へ移行した。
 力が私の体を形作った時のように集まり、イケニエの体の内部に浸透していく。
「あ、がぁ…」
 観察対象の声にならない声。しかし、私は観察をやめない。こうしなければ内部の全てを知ることはできないからだ。
「いぃあ、ヴぇええあああ!!」
 観察対象の体から体液がにじみ出るように外に漏れる。周りの人間達から叫び声が聞こえたころ、一人目の観察が完了した。
「ひぃいあぁああ!!」
 観察対象達が叫び声を上げ、走る。だが、そんなことに意味はない。人間の足では、私の知覚範囲から逃れられるはずもない。
 私は逃げ惑うイケニエの一人に観察を絞ると、再び内部監察を開始する。
「ああぁあああがぁあ!!」
「いやだぁああああ!!」
「た、助けぇ、がぁあああ!!」

 全てのイケニエの観察が終わる。それらで得た情報を”私”は”わたし”へと送り、その情報を吟味する。
「…神よ。イケニエは捧げました。雨はいつ降るらせてもらえるのでしょうか?」
 長の声に私は我に戻る。私は事実だけを素直に口にした。
「今から日が3度ほど登れば雨は降る」
 その言葉に周りの人間が表情を変え、声を上げる。
 そこで私の意識はゆっくりと沈むように、また再び闇の中へと沈んでいった――。

       

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