Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
終焉の兆し

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 ラドルフの時の1件もあり、ジノーヴィの存在は私を激しく不安にさせた。
 しかし、ラドルフの時と違いジノーヴィとは一度も接触していなかったせいか、前回の様に混乱し意識を失うようなことは無かった。
 だが、かといって油断はできない。今このタイミングで私が意識を失い、行動できなくなるということはリーズナ―は完全に私の手を離れてしまうだろう。それだけは何としても回避しなくてはならない。
 だが、私とて何も対策を考えていなかったわけではない。ラドルフと接触した際、私が意識を失った原因の根幹は理解不足だ。己を知り、相手の情報を正しく認識していれば、極力私が混乱することを避けることができる。
 そう考えた私はまずジノーヴィーの事を徹底的に調べた。

 ジノーヴィ・フェルトロッド、年齢23歳。出身地はクレスト皇国東部アイザック地方、しかしその地方のどの町の出身であるかは不明。幼いころに受けた精神的ショックのせいか声を出すことができないが、そのハンデを補って余りある戦闘能力とセンスを持つ。
 ラドルフに拾われ一時期共に行動するが、ラドルフの死後はモルドに師事を受ける。その後傭兵として自立し、交渉や情報収集の為に奴隷の少女フィーを連れクレスト国内を転々とする。
 そしてここ最近、コトダマ使いの傭兵リンクス・フィンクスと手を組み、間もなくドラゴン養殖場での一件となった。

 リンクス・フィンクス。この名前には聞き覚えがあった。たしか元々はキサラギ側のコトダマ使いだった一族のはずだ。別のコトダマ使いからあまりにもひどい扱いを受け続け、クレストに逃げた一族。キサラギでの彼らの呼び名はフィン一族だったはずだが、クレストの貴族になったコトダマ使いはミドルネームを与えられるという慣習に倣ってファミリーネームを変えたのかもしれない。しかし、彼らのコトダマの何が作用してあの力を生み出しているのかが、彼らには分からなかったのだろう。本来のファミリーネームであるフィンに未知を意味するXを付けフィンクスとしたのか。だとすればこのコトダマ使いの名も、本来はリン・X・フィンクスということなのかもしれない。
 国の許可なくミドルネームを使用するのは大きな罪に問われるが、それでも自分達はコトダマ使いだという誇りを持ってこの名前を付けた、というところだろう。

 彼らの情報を一通り得て私は無意味な安心を覚える。
 そうだ。ジーノーヴィは、ただラドルフに拾われ傭兵となっただけの男だ、それだけだ。
 そう納得して私は本来の仕事に戻った。
 それが大きな間違いであることに気付くにはそう時間はかからなかったが……。

 ドラゴン養殖場の1件で、エネ・ウィッシュは間違いなくリーズナ―の動きを意識していることに気付いた私は、むしろこちらからあえてリーズナ―の行動を察知させることでエネ・ウィッシュの目的を知ることにした。危険は勿論伴うが、エネ・ウィッシュの目的が何なのかを掴んでおかなければ、彼女を排除した後の後始末に支障が出るからだ。
 その為にリーズナ―の実行部隊を動かし、かつてリーズナ―の情報収集を下請けで行っていた村の処理を行う。ダンテリオの要望もあり、その処理はある実験も兼ねている。
 ワーストワードによるコストオーバー状態でのコトダマの運用実験だ。
 コトダマ使用時に奪われるコストというモノを始めから考えずに、最大出力でコトダマを使用させ、通常のコトダマ使いでは考えられないほどの威力を引き出そうという実験だ。
 云わばそれは一種の強力な爆弾の様な運用方法と言えるだろう。
 これは長い間コトダマ使いについて研究し、実験を繰り返してきたリーズナ―だからできる手法でもある。もはやリーズナ―はコトダマ使いの素養を持つ人間を十分すぎるほどにストックしていたからだ。
 かつてキサラギでそれに近い扱いを受けていたフィン一族だが、結局のところ彼らは反発し裏切った。だが、我々は洗脳面に関しても抜かりは無い。少なくとも、フィン一族を扱っていたコトダマ使い達の様に、放った爆弾が逃げたり跳ね返ってくるようなことは無いように万全を期している。
 使用する禍紅石はかつてミラージュから奪った聖光の聖唱女のモノだ。特性は光を増幅させるというモノだが、その力を限界まで出力を上げて使用すればどうなるかは、想像に難くない。
 そして、今回の作戦は実験であると同時に、エネ・ウィッシュを誘い込む罠でもある。実働部隊を多めに配置するのは当然だが、保険の為コトダマ使いを2人動員することにした。一人はニーシャ、もう一人はラスターという物体を膨張させる特性を持ったコトダマ使いだ。二人ともリーズナ―の所有するコトダマ使いの中では、かなり戦闘能力に特化したコトダマ使いだ。例えエネ・ウィッシュがどこかからコトダマ使いを用意していたとしても、十分対応できるだろう。それでも対応できないような状態ならば、私がこっそりと手を出せばいいだけの話だ。

 そして実験でもあり、証拠隠滅でもある作戦が始まった。ワーストワードを心の底から叫び、辺りは光で包まれる。そしてその一部をニーシャが打ち消し、実行部隊を守る。
 コストオーバーのワーストワードを使用させる場合、その多くはコトダマの対象を定めることができない。力の大きさが人間の意志でコントロールできる範囲を超えているなど所説はあるがその原因は判明していない。故に辺り一帯に広がって行くコトダマを、ニーシャが部隊を守る範囲だけコトダマを打ち消して防ぐ。
 しかし、ニーシャのコトダマの余波で私の知覚能力は低下してしまう。元々私の本体はこの星の中にある。この体は力場を形成し遠隔操作をしているにすぎない。その為周囲の波が大まかに打ち消されてしまうと、体との接続も不安定になりその周囲への知覚も鈍ってしまうのだ。
 わずかな間ではあるが、時にそれは致命傷となる場合がある。今回の様な何が起こるか分からない作戦では特に危険だった。

 ニーシャのコトダマの影響が消え、私の知覚能力が戻る。周囲に意識を向けると2手に分かれて3人の傭兵がこの周囲を嗅ぎ回っている。
 ジノーヴィ達だ。エネ・ウィッシュの指示なのか彼らは私達の行動を探りに来ているようだった。幸いジノーヴィの向かう方向にはニーシャが、もうひと組の方にはラスターが居る。このまま任せても何の問題も無い、はずだ。
 村の中心にたどり着いたジノーヴィは実行部隊数人を倒し、ニーシャと対峙した。
 しかし、何やらその時のジノーヴィの様子が不自然に見える。ニーシャを見詰め目を見開き憎悪の眼差しを向けていた。
「あなた、私を知って…いえ、私はあなたを知っているのね」
 ニーシャが口を開いた。
「そう、私たちは互いを知っているのね」
 彼女はついさっきコトダマを使ったばかりで記憶が混乱し、とても他者を認識できる状態ではないはずだ。なのにニーシャは目の前の男に話しかける。
「なら、私たちは一緒だわ」
 ニーシャの歪な笑み。まるでずっと欲しかった物を見つけたかのようにニーシャはジノーヴィーを見詰め続けた。
「あ、あぁああああああああああああああああ!!」
 ジノーヴィの出るはずのない悲鳴が響く。その大きな声にニーシャも反射的にコトダマを放った。

 ――あ――

 そこで私の意識は一度途絶えた。ニーシャのコトダマの時とは違う”何か”の干渉を受けて私の意識は閉ざされたのだ。
 途切れた意識、その先で私は”わたし”の喜びに似た何かを感じ、私の知らない誰かの悲痛な叫び声を聞いた気がした…。

       

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