Neetel Inside ニートノベル
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蒼き星の挿話
魂の定義

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 私が意識を失っていたのはほんの十数秒だった。
 今までニーシャのコトダマの影響で、上手く体の周囲の知覚ができないことは度々あった。しかし、完全に私の意識そのものが途切れたことは一度も無い。
 原因は間違いなくあの男、ジノーヴィだろう。
 予定にはない完全なイレギュラー。そしてこの上なく滑稽なことだった。わたしの最も欲しているモノが私の思惑の外で意図せず存在し、あまつさえ私の前に現れたのだから。
 だが、仕方のないことでもある。ジノーヴィがコトダマ使いであることなど誰が予想できようか。コトダマの効果、そしてあのニーシャの反応から察するに、10年ほど前取り逃がしたミラージュから脱走したコトダマ使いの息子なのだろう。
 結局”私”も”わたし”も万能ではない。ましてや神などではない。ただ、人間などと比べれば大きなスケールの中で存在しているにすぎないただの凡庸な存在であるということだ。
 しかし、それでも凡庸であるわたしはそれを見つけてしまった。
 ”魂すら消すコトダマ”。わたしはそれに気付いてしまった。知ってしまった。その身で体験してしまったのだ。

「いいのかい?」
 第一部署に戻り、資料を漁っていた私にダンテリオが呆れるように呟く。
「何の話だ?」
「べス兄さん随分張り切ってるよ?この前も割と有名な傭兵を引き入れたみたいだしね」
「それがどうかしたのか?」
「……なんか興味なさげだねぇ。リーズナ―の存在を外部に漏らさないように、君はあれほど気を使ってたのに。何かあったのかい?」
「…そうだな。正直私はリーズナ―の運営全てをベスタリオに任せるつもりだ」
「もうリーズナ―は用無しってことかい?ここまで付き合ってきたんだ、理由くらいは聞いてもいいんだろう?」
「ああ、どの道、お前には一応言っておかなければならないからな。とりあえず場所を変えようか」

 無言のまま、私とダンテリオはダンテリオの研究室へと移動した。
 その間も私の中で様々な考えが浮かんでは消える。望んでいた”死”、それが目前に迫ったことで私の感情は大きく変化し、揺れ動いていた。
「さて、組織が君にとって用無しってことは、君はもう全ての生き物を滅ぼす方法を見つけたってことでいいのかい?」
「いや結局そっちの方はまだだ」
「へ?それってどういう…」
「”わたし”達命を持たない物の存在目的はこの前話したな?」
「ああ、僕達命を持つ者の目的が生きることであるのとは逆に、死ぬことが、消えることが目的ってやつかい?」
「そうだ。そしてそちらの目処が立った」
 目を見開いて私を凝視するダンテリオ。そしてその顔は見る見るうちに歓喜の表情に歪んでいった。
「是非とも聞かせてくれないかい。そもそも命を持たない君達が”死ぬ”方法ってやつを」
 私はダンテリオのその言葉を聞いて一度自分の中の情報を整理し、言葉を紡いだ。


 そもそも、”命を持つ者”と”命を持たない物”は何が違うのか、そこから説明しなくてはならない。
 例えば今命を持つ者が一人いるとしよう。しかしその体は元々命を持たない物だ。
 ではどうやって”命を持たぬ物”が”命を持つ者”になるのか、その最も一般的な例はやはり植物だろう。植物が命を持たぬ地面から栄養を得、その植物をさらに他の者が捕食する。いわゆる食物連鎖という形で”命を持たない物”達は”命を持つ者”達の食物連鎖の中に取り込まれる。
 つまり、どこにでも落ちている様な石も人間も結局は”命を持たない物”で構成されているというわけだ。しかし石は自らの意思で”命を持たない物”を取り込むことも、ましてや動くこともできない。つまりは”他”に及ぼす影響力が極端に小さいわけだ。
 しかし”命を持つ者”は違う。取り込んだ”命を持たない物”を自らの影響下―自身の体―に置き支配することができる。その”支配力”、”影響力”の強さこそが”命を持つ者”の証である、というのが命を持たない物である我々の考えだ。
 だが、当然私のような存在がいる以上”命を持たない物”も”支配力”を持たないわけではない。”命を持つ者”から見ればそれは極々弱いモノでしかないが、その力も無数に束になれば”命を持つ者”のそれの比ではない。それ故に私はこれだけの力を行使することができ、”命を持つ者”に干渉できているわけだ。
 さて少々脱線したが”命を持つ者”の条件の一つである影響力、支配力の強さについては今述べた通りだ。では何故”命を持つ者”はそれほどの支配力を持っているのか、という話をしよう。
 その理由は簡単に言うと、影響の与え方がそもそも命を持つ者と持たない物では根本的に違う所にある。
 ”命を持たない物”が与える影響というのは、基本的に質量エネルギーに依存する。故に一つの系の質量が大きければ大きいほどその力は高まり、強力なものとなる。そしてそのエネルギーに影響を受けた物体は、皆多かれ少なかれ感化され一つの思考回路を形成する。
 そもそも、”命を持たない物”はその大小に関わらず今まで自分の系に起った出来事、現象等を全て記憶している。無論その記憶が全て鮮明に記憶されているかどうかは別問題ではあるが、ともかく全ての”命を持たない物”は莫大な情報を記憶しているのだ。
 その記憶を元に”命を持たぬ物”は熱エネルギーと質量エネルギーを用いて思考し、その系は主観、つまりは魂を形成する。
 だが”命を持つ者”は電気エネルギーによってその主観、魂を形成している。しかもその思考は肉体構造に依存し、肉体が破壊されればその主観、魂は消滅するのだ。これが”命を持つ者”達の死だ。
 それらを踏まえた上で”命を持たない物”の死について考えると、主観、魂の死こそが命を持つ者持たざる物の共通点であることは確かだ。だが”命を持たない物”である私には思考回路の破壊方法がほぼ存在しないのだ。
 しかし何も思考する能力を完全破壊するだけが主観、魂の死であるとは限らない。
 これは”命を持たぬ物”は主観、魂というモノは連続した思考の波と考えているが故だ。例え記憶がそのままであったとしても主観が連続していなければそれはべつのモノ、というわけだ。
 さてここでジノーヴィのコトダマの特性について話すが、あのコトダマは知っての通り周囲の波を打ち消すコトダマだ。それだけ言えばまるでニーシャのコトダマと全く同じように聞こえるが、厳密にはそうではない。ニーシャのコトダマの特性はあらゆる波を逆波長の波を持って中和させるものであり、ジノーヴィのコトダマは極大の波長をぶつけて他の波長を無視できるレベルまで”掻き消す”というモノだからだ。
 だからこそニーシャのコトダマは人間の脳波を一時的に打ち消すことはできても、コトダマだけで殺すことはできなかった。しかしジノーヴィのコトダマは本来脳に流れるはずもない波長を無理矢理流す事ができるため、脳そのものを破壊し標的を死に至らしめることができたのだ。

 そこまで私が説明すると、不意にダンテリオが口を開いた。
「つまりはジノーヴィのコトダマで君の魂を消してしまおうってことかい?」
「そうだ」
 ダンテリオはその言葉を聞くと少しばかり目を閉じ、唸る様に考えた後私に疑問をぶつけてきた。
「主観、魂の定義ってのは実に興味深いけど、それだったらニーシャのコトダマでもよかったんじゃないの?」
「いや、彼女のコトダマはあくまで”消す”だけだ。それこそこの星全てにそのコトダマを響き渡らせることができたならそれでもよかっただろうが、そうではないからな」
「でも、ジノーヴィのコトダマでも全てに響き渡らせることはできないんじゃない?」
「いや、ジノーヴィのコトダマなら全てに行き渡らなくとも”わたし”の中心部を掻き消すことができれば問題は無い」
 そう主観、魂とは例えるなら川のに流れる水が”流れ続ける”ことで保たれるものだ。一部を消した所でその流れが完全に消えることにはならない。
 故にジノーヴィのコトダマで川の流れを掻き消した上で、川の形そのものを完全に変えてしまう必要があるのだ。そして川の流れの源泉である”わたし”の中心の流れさえ変化させれば、周囲はそれに感化され全ての流れは掻き消える。
「……じゃあ最後の質問。君達”命を持たない物”の魂が消えたら僕達はどうなる?」
「前例が無いから何とも言えないが、急激な変化は無いと考えている。変化があるとしても数十年から数百年単位だろう」
 私がそう言うと、ダンテリオは大きく息を吐いて残念そうな顔をした。
「じゃあその変化は僕が自分で確認できないのかもしれないのか……残念だよ。しかも、面白い友人がもうすぐいなくなるかもしれないなんて、当分はつまらない生活を強いられそうだ」
「……友人?」
「あれ?違ってた?僕はそのつもりだったんだけど、片思いだったのかい?」
「いや、よく、わからない」
「なら友人ってことにしておいてよ。その方が面白いさ。色々とね」

 友人、という言葉に私の心は少なからず揺れた。ようやく得られる”死”を前に私の心が不安定になっているのだろうか。
 不意に、私が今までかかわってきた人間の中で特に深くかかわった人間を思い出す。モルド、ラナ、そしてラドルフ。 彼らは私にとって友人と言えるのか。大事な時期だというのに私はそんな思考に囚われてしまったのだった。

       

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