Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
死の先にあるモノ

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 私は自身の身に起きている葛藤に戸惑っていた。
 友、それは人が群れで生きるために必要な習性の一つだ。ならば群れで生きる必要も無く、人間ですらない私にそれは何ら意味を持たない。
 しかし、ダンテリオに友と呼ばれ、私はそれを否定しなかった。むしろ私は――。

 私はそんな考えを、何度も何度も繰り返しながら意味も無く歩く。
 思えば、何の目的も無く彷徨い歩くことなど発生してから一度も無かった様に思う。自身の目的、”わたし”の悲願の為に、私はあらゆる可能性を漁り、模索し、試行錯誤を繰り返してきた。そのせいか、この大陸のどこを歩いても見覚えのある場所ばかりだ。
 そして、いつか、どこかで、”私”が見てきた場所を歩いて、歩いて。
 私はふと足を止めた。
 その場所が私の足を止めさせた様に感じた。
 いや、”私”が”わたし”の足を止めさせたと言うべきなのだろう。
 そこは私が人間、アレス・フリードとして在った場所だった。
 一歩、また一歩と記憶を反芻するように私は歩く。
 アレス、闘神アレス。それは目的を達成するために必要な役柄。私にとっては使い捨ての道具にも等しいモノであったはずだ。
 必ずしも私は人間として振舞う必要はなかった。それこそ自分以外に代役の人間を立て、それを陰ながら支援し、観察するだけでもよかった。
 しかし、それをしなかったのは”効率が悪かった”からだ。無駄を排し、”わたし”の悲願への最短距離をいく為に必要だった。
 ……それだけの筈だ。
 その筈だったのだ。

 そんな考えに耽りながら歩き続けるうちに、宿屋兼飯屋スマイリーの前まで私は辿り着いた。
 流石に少なからず知った顔が居るであろうこの町では、姿を消しながら歩く。使い古されたテーブルも、私が何度か腰かけた椅子も既に新調されていて別の物になってはいたが、アレスとしてここに訪れた記憶を反芻するには十分だった。
 私は店の裏側へまわり、その光景に絶句した。
 かつて戦場で名を馳せ、双斧のモルドと呼ばれた男が椅子にもたれかかり寝息を立てていたのだ。その姿にもはやかつての覇気は無い。
「モルド…」
 私は思わず声を出してしまった。この場所で、ラナの為に声を荒げたモルドの姿が昨日の事のように思い浮かぶ。
「…ああ、アレス」
 薄っすらと目を開けて言葉を漏らすモルド。私はそんなモルドの声を聞くまで、いつの間にか無意識のうちに自分が姿を現していることに気付かなかった。
 私は自分のあまりの迂闊さに歯噛みしたが、それが杞憂であったことにすぐ気付く。どうやらモルドの様子を見るに寝ぼけているだけらしい。よくよく考えれば、ちゃんと意識のあるモルドに私のこの姿を見られれば、この程度の反応で済むはずが無いのだ。
「ラドルフのことは、すまなかったなぁ。ワシはあいつをお前ほど強くしてやれなかったよ」
 私はただ黙ってモルドの言葉を聞いた。私にはモルドの言葉に応えてやることはできない。だから、せめて寝言だけでもしっかり聞きたくなった。
「ワシももうすぐそっちへ行くさ…。だから――」
 モルドの言葉が途切れ、薄っすら開いていた目が閉じられる。正直私はモルドが死んでしまったのではないかと思ったが、すぐ聞こえてきた寝息にホッと胸をなで下ろしその場を去った。

 老いたモルドを目の当たりにした後、私はまたふらふらと彷徨い、気がつくとラドルフが死んだ場所に来ていた。
 ラドルフが命と引き換えに放ったコトダマで焼け焦げた跡が、わずかではあるものの未だに残ってる。
 ラドルフは死の間際、一体何を思ったのだろう。
 焼け焦げ、崩れ落ちる体で最期に何を言おうとしたのだろう。
 私もまたその時のラドルフと同じく死が確定している身だが、答えは出ない。

 死は無だ。
 死は未知だ。
 死は終わりなのだ。

 だからこそ皆恐怖する。それは命を持たぬ物である”わたし”や”私”も例外ではない。
 だが、”わたし”にとって死への恐怖よりも、ただ在り続ける不安の方が圧倒的に大きいというだけのことなのだ。

 しかし、私にとって死とはなんなのか。

 死は無だ。
 死は終わりだ。
 死は未知…?

 いや、私は一度死んでいるはずなのだ。正確にはこの星に取り込まれる際に命を持つ者として死に、命を持たない物として生まれ変わっている。
 今の私の体の外見や感性の大部分は、かつて星に取り込まれた人間の情報を元に形成されている。
 魂が別なのだから私そのものは死を経験していないと言えばそれまでだが、死の経験がある者の感性を持っているというだけでも大分違うだろう。
 ふと、私は気付く。
 命を持つ者が死ねばその主観、魂からすれば無だ。終わりだ。しかしそれでも必ず何かを残している。
 モルドは子を残し、さらにはラドルフに強さを残した。
 ラドルフはジノーヴィを救い、その意思を託し、残した。
 ジノーヴィもまた何かを残すのだろう。
 では”わたし”や”私”が死んだとして、一体何が残るのだろうか――。

 そこまで考えて私は自分の置かれている状況を思い出す。
 もはや全ては終わる寸前なのだ。”わたし”にとって”私”の考えなど意味が無い。”私”は”わたし”にとっての”手”でしかないのだから。
 結局、目的が達成される寸前に、私にとって人間の感性はもろ刃の剣であったことを思い知っただけなのかもしれない。
 私は思っていた以上に時間を浪費していたことに気付くと、意を決して最期の行動に出ることにした。

       

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