Neetel Inside ニートノベル
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蒼き星の挿話
人として

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 私はムラクモでの経験を生かし、今度は神ではなく人間として干渉することにした。
 しかし、失敗ではあったが、その全てが間違いだったわけではない。宗教を利用して大勢の人間の意思を統率することは手段としては正しかった。ただ、支配者層の人間にまでそれが及ぶのはよろしくない。
 あとは宗教、国を複数残し、争わせることが必要だ。そのためにはこちらの大陸の人間の数を増やし、力を蓄えさせなければならない。

 だが、その時点で大きな問題が浮上した。
 ドラゴンだ。
 この大陸に生息する巨大な肉食動物。その存在が人間の勢力拡大を大きく阻んでいた。
 無論時間をかければ私だけでも十分に駆除できるだろうが、それではダメだ。あくまで人間が自分の力で、技術でドラゴンに勝ち、自らの持つ可能性に気付いてもらわねばならない。
 私は早速ドラゴン達の縄張りから遠すぎず近すぎない集落の中で、最も大きい集落を探した。あまりドラゴンの縄張りから近すぎると、人間達が力をつける前に壊滅する可能性があり、遠すぎればドラゴンの脅威に実感が湧かない為だ。
 私は条件の合う集落に目星をつけると、早速一人の人間として干渉し始めた。立場としては商人を装いつつ、その集落で情報を集める。実際人々は数が増え続け、縄張りを広げつつあるドラゴンに不安を感じているようだった。そこに私は付け込むことにした。不安を煽り、技術の発達を促すのだ。
 私はこの集落で最も周囲の信頼を集める人物に接触を試みる。その人物とは、この集落一体の鉱山を仕切り、影響力の強いラング・ルグレンだ。
 ラングの家の応接室に通され、大きなソファーに腰掛けていると、間もなく大柄な男が現れた。
「君か、私に話があるという商人は。悪いが忙しい身でね、手短に頼むよ」
 そう言うと男は私の向かいのソファーに腰を下ろす。立派な髭を生やしたその顔には、ありありと疲労の色が見てとれた。どうやら随分とお忙しいようだ。
「話と言うのは他でもありません。ルグレンさんは今の状況をどうお思いですか?」
 ラングの眉がぴくっと動く。私の回りくどい言い方が気に入らなかったのか、ラングは険しい顔つきで口を開いた。
「状況、とは?」
「ドラゴンの事です。最近数が増えているのか、ドラゴンによる被害が増加しています。この集落でも、もはや他人事と言うわけにはいかないでしょう?」
「…その通りだ」
 ラングは大きく息を吐いてソファーに体を沈ませる。どうやら忙しさの原因そのものだったようだ。
「で?一介の商人である君とその話に何の関係が?」
「ええ、実は私は新しい商売を始めたいと前々から考えていたんですが、如何せん資金が足りず途方に暮れていたのです」
「支援しろ、と?悪いが今はそんな状況ではない。そんなこと、君とてよく分っているだろう?」
「…いえ、こんな状況だからこそですよ」
 ラングは訝しげな表情で私を見た。
「どういうことだ?」
「私が売り出そうとしている商品と言うのは、製鉄技術です。ドラゴンの脅威に脅かされている今こそ必要だとは思いませんか?」
 ラングの表情が変わる。製鉄技術は優れた武器、防具の生産には必要不可欠だ。今でこそ全くと言っていいほどドラゴンに対して効果のない武器も、優れた製鉄技術があれば状況は変わるかもしれない。
「話は分かった。だが、それで君はどういった利益を求める?」
「そう、ですね…。ではこうしましょう。私の製鉄技術を用いて作った武器でドラゴンを退けるなり、退治する度に報酬を頂きます。もし、作った時点でお気に召さなければお代は頂きません」
「なるほど、君の製鉄技術で作った武器で退治できれば名声も得られる、か…」
 ラングは髭をいじりながら考えるような仕草をした後、右手を私の前に出した。
「いいだろう。よろしく頼む」
「こちらこそ」
 目の前に出された手を固く握り締め、握手を交わす。その瞬間ラングは妙な表情になった。
「手が冷たいな。ちゃんと飯は食べているのか?えーと…」
 今になって気付く。私の体は形こそ人間そのものだが、体温や肌触りまではどうしようもない。今まで人として誰かと触れ合う機会など無かったため、そんなことは考えてもいなかった。
「そう言えば君の名はなんだったかな?」
 名前。
 そう言われてみれば自分の名前も決めていなかった。ムラクモでは神としての名前はあったが、そんな大仰な名前を使うわけにもいかない。咄嗟にムラクモで何度か話をした兵士長の名を思い出したので、その名をそのまま使うことにした。
「アモン、アモン・ダインと言います」
「そうか、金はなくとも飯はしっかり食えよアモン。何事も体が基本だぞ」
 そう言うとラングは笑いながら部屋を後にした。
 今まで人ではないということを利用して神として振舞ってきた。これからはそういったところにも気を配らねばならない。
 私は自分にそう言い聞かせると、ソファーより立ち上がり、早速行動を始めた。

       

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