Neetel Inside 文芸新都
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 さて、とりあえず現状を把握させてもらおう。
 未来から来た(笑)という私は、さっき私に時間遡行術の初級を教えてくれるとのたまった訳だ。
 そして彼女はこう言った。
「じゃあお手本てことで私がやるからちょっと見ててね☆」
どんなに彼女と私が同一人物に見えようとも、私はこの時までどこか実感していなかったのだろう。
 彼女が未来から時間を遡って来たということを。
 空色オヤジはただの空色の服を着たオッサンで、目の前にいるのは私のそっくりさん。止まった時計は偶然の故障。水のでない蛇口は水道工事。
 今日起きた現象は、そんな風に大掛かりなドッキリを仮定すればどうにでもなってしまうものだった。
 たった今この女が時間遡行を「実演」して見せるまでは。
 時間遡行の実演なんて一体どうすればできるというのか。当然の疑問だと思う。私も事実そう感じた。
 仮にこの女が目の前から消失したとしても、突然に目の前から消えるくらい引田天功だって出来る。消えた先が別の時間だなんて証明はできないはずだ。
 ……そう思っていた時期が私にもありました……。
 結論から言わせて欲しい。
 今この狭い女子トイレの洗面台の前には、三人の人間がいる。
 私と、私と、それから私。そう三人とも私だ。小鳥も鈴も無い。みんな同じでみんな悪い。
 順を追って話そう。まだこの部屋に二人しか私がいなかった時、未来から来た私は何やら目を閉じて体の力を抜いた。
 何が起こるのかと私が身構えていると、未来の私はそのまま何もしなかった。ように見えた。
 気がつけば、私が三人になっていた。……なんか順を追って話しても訳がわからないかもしれない。
 ひとり増えた私、ややこしいので私(3)と呼ぼう、私(3)は、その場に立ったまま私(2)を見つめていた。目を閉じたままの私(2)は、ひとり増えたことに気がついているのかいないのか、相変わらず固く目を閉じて何かを念じているように見える。
 目の前の状態に頭がおかしくなりそうになりながらも、私もまた何も言えずに立ち尽くしてしまっていた。
 やがて新しく登場した方である私(3)は、右手をパーの形にして肩の高さまであげた。
 その右手の指が親指から順番に折られていく。
 5。4。3。2。1。0。
 彼女の唇がそう言っていた。
 小指が折られた瞬間、もともといた方の私(2)は引田天功さながらに一瞬にして消え失せてしまった。
 あとに残ったのは、私と、私(3)だけだった。
「こんな感じだね。今ここにいた私は約一分前に向かって旅立ってしまいました、ということ。わかるよね?」
 彼女はそう言って閉じていた右手の親指を立てると、ひどいドヤ顔をした。これは、たまに教授に叩かれるのもわからなくはない。そう思えるような顔だった。ウィンクするな! 別に可愛くないぞ!
 戦時下さながらの大混乱を起こしている自分の脳味噌をようやく平定して、私は呆れたような声を出す。
「ああ……わかるよ。わかりますよ。あんたはこの一分間を二回過ごして、ここにいるわけだね」
「その通り!」
 だからウィンクするな! 可愛くないって!
 私が内心半狂乱になっていると、未来の私は胸の下で腕を組んで語り始めた。
「コレをあんたにできるようになってもらう。ていうかできるようにはなるんだけど。私ができるんだから。でもだからって手ぇ抜かないでね」
「………」
 私は絶句する。
 お手上げだ。もうこんなもの、まともな神経では説明がつかない。
 私は突きつけられたこの現状が、なぜか逆にふつふつと楽しくなってきてた。
 今眼の前で繰り広げられたような引田天功もびっくりの大魔術を、私が使えるようになる? あとたった2時間足らずで?
 それはやるしかないじゃないか! 現実離れし過ぎていて、逆に夢なんじゃないかとも思い始めたけど。
 夢の中でも時間遡行するなんて、時間遡行工学者の鑑だね私は。
 そんな半ばヤケクソの私は、目の前で相変わらず腕組をして無駄にサイズだけはある胸を強調している私に言い放つ。
「……やるよ! 教えて。時間遡行術・初級」
 あまりにも電波な自分のセリフに鳥肌が立ちながらも、思わず笑顔になってウィンクしてしまった私がそこにいた。

       

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