Neetel Inside 文芸新都
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 メールの意図がつかめず、私は面食らっていた。そもそもこのメールの送り主は一体誰だというのか。
 送信元を見ればいい。そうだ。たしかに送信元を見れば、誰が送ってきたのかある程度わかるはずなのだ。
 しかし今回の場合、送信元を見ても首を傾げることになるだけだ。
なぜなら、そこには私の名前が表示されていたからだ。
以前にもこんなメールを受け取ったことがある。どんな仕組みなのかは知らないが、ある日届いた迷惑メールの送信元がなぜか私自身になっていたことがあったのだ。わけの分からなさも手伝って、迷惑メールが普段にも増して恐ろしかったのを覚えている。
しかし、だ。そんな経験があったからと言って、今回のこれも迷惑メールだと思うほど、私は間抜けではない。
おそらくだが、このメールは未来の私から送られたものなのではなかろうか。
散々時間遡行術を使った私が、そんな推論をするのは不思議なことではないだろう。これまでの時間遡行術を使っても、私はメールを過去に飛ばすことなど出来はしない。だが、未来の私までそれが出来ないと断定することは出来ない。
とりあえず、このメールは未来の私からのメッセージだとしてしまおう。言われてみればメールの最後に付いている顔文字は、私が調子に乗った時に良くするウィンクによく似ているように思えなくもない。親指も立てているし。
問題はやはり内容だ。よくある時間素行モノで考えるならば、このメールは未来の私からの現在の私へのアドバイス、いや忠告であると言える。
ヒントとは書いてあるが、その重要性はもっと高いと考えられる。そうでなければ、過去の自分にわざわざメッセージを送る必要など無いからだ。
ヒントの一つ目、「あなたには無限の時間がある」。二つ目、「上級を手に入れたらfusianasannするべし」。
一つ目は正直よくわからないので後回しだ。二つ目の方、それには今の私でも分かる言葉がある。
まず、「上級」。これは時間遡行術・上級のことでいいだろう。このメールが未来から来たとすれば、なおさらその可能性は高まる。
そして、「fusianasan」。この言葉も知っている。……ホントは知っていたくなどないのだけど。多くの人はきっと知っているだろう。単純に言えば、これはとあるWebサイトで自分のIPアドレスを表示するコマンドのようなものだ。
とすると、二つ目のヒントの意味は「時間遡行術・上級を習得したら、自分のIPアドレスを確認しろ」ということだろうか。上級がどんなものなのかいまいちわからないが、上級を使った状態でIPアドレスを確認すると何かが起こるということかもしれない。
超自然的なイベントに慣れつつある自分が嫌になる。しかし嫌になっていても前には進めないので、メールの内容をより深く考察してみることにする。
 「あなたには無限の時間がある」……この言葉の意味を、あらためて考えなければならない。
「学生はいいよな~無限の時間があってさ」大学院に進学した私に、就職した友人はこんなことを言ったことがある。
正直なところ大学院生は学生と言ってもそんなに暇ではない。でもまあ社会人よりは暇である。なんとなく釈然としないものを感じながらも、曖昧な笑顔でごまかしたのを覚えている。
「無限」というものはあくまで概念であり、自然界にはそうそう存在しない。一応科学者の端くれである私はそう考えている。では私にある無限の時間とは何なのだろうか。
『あなたには無限の時間がある』
普通の人には無限の時間なんてものは無い。しかし、私だけにはそれがある。この文章から読み取れることはそれだ。
では普通の人にはなくて、私にだけあるもの。それを考えればいい。
出てくる答えは一つだ。
 時間遡行術。それしか思い当たるものはない。
 時間遡行。無限の時間。その二つのつながりはいったいなんだろうか。メールから推測するに、そのことはおそらく時間遡行術・上級を習得するために必要なことなのだろう。
 確かに無限に時間があれば、いつかはすべての真理を知り尽くすまでの研究が可能であろう。無限の時間は起こる確率が0パーセントではないすべての事象を顕現する。
 私は以前にレポートの提出に追われて時間遡行術を使ったときのことを思い出す。あの時はレポート提出の一日前に戻って、過去の自分に出会わないようにネカフェに泊まってレポートを仕上げたのだ。
 それと同じように、例えば今日一日を何回も繰り返したとする。それで私は無限の時間を得たといえるのだろうか。
 生物である私には寿命というものがある。例えば今日一日を何度も繰り返したとして、50年の月日を過ごしたとしたら。確かに研究は進むだろうが私は70数歳になってしまう。
 時間遡行を使えない、一般人よりも早く研究を進めたい、ということならそれでかまわないかもしれない。だが私にとってほかの人との比較は比較的どうでもいいのだ。
 問題は私が寿命を迎えるまでに、時間遡行術・上級を習得できるかどうか、ということである。期限のあるレポート提出とはわけが違うのだ。
 そこまで考えたところで、私はふとあることに気がつく。
 そして、もしかしたらこれが『無限の時間』の答えなのではないかと思ってしまった。
 それは非常に危険というか、試したが最後、いったいどうなるかわからないものだった。
 その仮説を試すためには、いくつかの条件が必要だった。
 私は椅子の背もたれに寄りかかっていた体を起こして、ネットで検索を始めた。
 検索ワードは次の二つ。
 「数百人 会議室」

 私は発表台に立って、その会議室を見渡した。
 最高収容人数300名超。都心にあるにもかかわらず数万円で数時間借りることができた。決して安い額ではないが、これから行うことのためには仕方の無い出費である。
 広々としているように思えるが、果たしてこの広さで十分なのかすらわからない。それくらい予想がつかない。
 私は大量に箱買してきたレッドブルのダンボールに目をやる。約1000本。これに関しても相当に大きな出費ではあったが、私の人生のためにどうしても必要だった。
 私は緊張していた。自分の仮説が果たして成り立つのか、正直なところ自信が無かった。
 しかしこれを行わずして、時間遡行術・上級に私が至ることは無いように思えた。それほどに今の私には解決策が無いのだ。
 私はそれを開始する。これを始めるには、ただ一つ心に思えばいい。
 『ここで数時間、時間遡行術・上級について考え、その後考え始める前の時間に時間遡行する』

 その瞬間会議室が熱気に包まれた。
 想像よりもずっと多い。約500人くらいの人間が一瞬にしてその場に現れていた。
 そして、その500人。
 それはすべて『私』である。
 その中の一人が壇上に上がり、淡々と宣言した。
 「以上をもって、時間遡行術・上級の理論の完成を宣言します!」
 会場は無数のやる気の無い拍手の音に包まれた。もちろん拍手をしているのも全員『私』である。
 会場にいる500人のうち、三分の一くらいは寝ている『私』である。彼女たちは突然の拍手の音にも動じずに寝続けている。拍手をしているのは残りの三分の二だ。
 この唐突なわけのわからない状況を、私は冷静に見つめていた。
 と同時に、私の仮説はとりあえず正しかったことに安堵した。

 私の立てた仮説とは次のようなものであった。
 例のレポート提出の時間遡行の時に、もしも私が過去の私に出会っていたら?という場合で考えてみよう。
 おそらく私は過去の私と話し合うだろう。
 『今回のレポートはこんな風に難しい。もしかしたらこんな風に解けばいいんじゃないかな』
 話し合いの時間が大体一時間くらいだったとしよう。その二人で出した解答を、もう一度過去に戻って話し合いを始める前の私たちに伝えたとしたらどうだろうか。
 今度はすでに一時間を使って考え出した解答を、すでに持っている状態から話し合いをスタートすることができる。その時間には三人の私がいることになり、おそらく話し合いの内容はさらに成熟したものになるだろう。
 これをずっと繰り返していくとどうなるのか。私は考えた。
 最終的に解答が出て、もう時間遡行をしないで良い。そうなったときの人数が八人だったとしよう。その1時間には最初から八人の私がいて、すでに八周した一時間の結論がいきなり出ることになる。
 その後は最後の時間跳躍を終えた『私』だけが残る。レポートの解答を記憶として得て、だ。
 しかしこの仮説にはいくつか問題があった。
 まず、1人、2人、3人……といったころの未成熟な議論の時間は、いったいどこに行ってしまうのか、ということだ。
 完全に消滅して、無かったことになるのか。それとも矛盾として残り続けるのか。
 その部分は、実際に試してみるまでわからなかった。
 次の問題としては、議論が終わるまでの人数がはっきりしないことである。
 もしも私の頭があまりにもお粗末だった場合、その時間に数千人の私が現れてしまうこともありえる。まあそうなる前に私は時間遡行をやめるだろうが。
 結局のところ最終的な人数×1時間という量の時間を、私はその一時間ですごさなくてはいけない。途中眠くなることもあるだろうが、当然ながら寝た分だけ結論が出るのは遅くなる。私の若さを無駄にしないためにも、レッドブルは絶対に必要だった。
 最終的な時間軸ではすでに議論は終結しているのでレッドブルは一本も飲まれることは無いだろうが、そこにいたるまでの消失した時間軸ではきっと役に立ったことだろう。そうでなければ私の財布が報われない。 

 こうして私は時間遡行術・上級の理論を完成させることができた。約500人の『私』のいる会議室はけだるい雰囲気に包まれていた。おそらく白熱したのであろう議論の時間は新しい時間軸に塗り替えられ、ここにいるのはこれから最大500回の時間跳躍を控えている『私』達である。その中でも一番多い跳躍回数を控えている、今の私こそが間違いなくこの中で一番不幸だとは思うけど。
 この地獄から出て行けるのは、議論の終了を宣言した『私』だけである。
 さあ、永遠にも思えるであろう数時間を始めよう。

       

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