Neetel Inside 文芸新都
表紙

時をかける処女
エピローグ

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 念のために補足するが、私は野比のび太の母親ではない。
 私がこんな名前なのは、単に私の両親がのび太ママの名前を知らなかっただけの話だ。もともと変な名字ではあるが。
 ただおそらくこれが、私が未来から選ばれた理由なのだろうと思う。
 時間遡行理論を完成させる人物は、ある程度時間遡行学をかじっている者なら誰でも良かった。誰でも良かったからこそ、きっと未来人たちは遊んだのだ。
 未来から来たドラえもんという名の人物が、ドラえもんと縁のある名前の私に、タイムマシン的な技術を伝えに来る。なんとなく面白い気はする。まあ空色オヤジ=ドラえもんが本名なのかコードネームなのかは定かではないが。
 まあ、あまり理由を考えても仕方がない。
 過去で京子さんを救った。その後、『時間遡行に関する基礎研究とその理論』の論文をネットに投稿した。この件はこれで終わりだ。
 色々とあったが、私はまだ院生で、卒業するためには勉学に励まなければならない。今回の件で学んだことは役に立つだろうが、それだけで卒業できるというものでもない。
 私は顔をあげ、椅子の背もたれにもたれかかって背筋を伸ばす。
 国立T大学工学系研究科時間遡行工学専攻、林田研究室。
 私は私のもといた時間に戻ってきていた。今は修士論文の執筆で研究室にこもりきりである。
 眠気が強くなってきたので、私はコーヒーを淹れるために隣の部屋へと移動した。お気に入りのコーヒーメーカーに水を入れ、豆を入れ、電源を入れる。コーヒー係は未だ継続中だ。
 コーヒーを抽出中、うつらうつらしていると、私の頭に衝撃が走った。
「寝ている場合か。修論の修正は終わったのか?」
 林田教授が、そこにいた。手には丸めた私の修士論文(赤ペン入りまくり版)を持っている。あれで私の頭を叩いたのだろう。
「す、すいませんでした。コーヒー飲んだらすぐに修正して持っていきますので……」
「……その前にコーヒーを俺にも持って来い。もうすぐ昼飯だしな」
「わかりました。お昼は買いに行きますか?」
「いや、必要ない。そろそろ……」
 そういったところで、研究室のドアが勢い良く開いた。
「お父さ~ん! お弁当、持ってきましたよ」
 扉の向こうにいたのは、エプロン姿、背が小さくて、髪が短くて……林田教授をお父さんと呼ぶ。
 京子さん。彼女が片腕で大きな弁当を抱えてやってきていた。
 私が過去から戻ってきたら、ごく自然に彼女は生きていた。時間遡行術・上級のテストをマウスでした時にわかっていたことだったが、やはり慣れない。まあ慣れないのはこの世で私だけのはずなので、私が慣れるしか無いのだが。
「今日はすこし多めに作ってきましたから、玉子ちゃんも一緒に食べましょう」
「あ、ありがとうございます。もうすぐコーヒーも入りますので……」
「ありがとうね。玉子ちゃんのコーヒー美味しいから好きよ」
 京子さんはそう言って微笑んだ。10年前に会った彼女と全く変わっていない。もう40近いと思うんだけどな……。
 京子さんは私のことを「林田教授の学生」と認識している。10年前の屋上でのことを、覚えているのかいないのかは定かではないが、あえて聞く必要も無いと思っている。
「悪いな京子。野比の修論の締切が近いので、今日も帰れないかも知れない」
「わかりました。もし帰ってこれそうなら、連絡してください。待ってますね」
 京子さんはあれからずっと、林田教授の居場所になっている。
 私の知っているかつての林田教授は、時折寂しそうな表情を浮かべることがあったが、こちらの林田教授ではそういったことは無い。
 それだけでも、私がやったことに意味はあったのかなと思う。
「さあさあ、お腹すいたでしょう。お弁当にしましょうね」
 ミーティング用のテーブルに、京子さんの作ったお弁当と、私の入れたコーヒーが並ぶ。
 座っているのは、私と、林田教授と、京子さん。そして、京子さんの膝にもう一人。
「はい、のぶちゃんもマンマ食べましょうね~」
 彼はのぶ代ちゃん。林田教授と、京子さんの息子だ。確か、そろそろ2歳になる。
「のぶ代~今日も可愛いな~パパがお弁当食べさせてあげまちょうね~」
 林田教授もこの有様である。そのメロメロさ加減を、少しでも私に分けて欲しいものだ。
 のぶ代ちゃん、なんか誰かに似ている気がするんだよなあ。林田教授にも、京子さんにも似ているが、この2人ではない誰かに似ている気がするのだ。
 まあいいか。
 私は自分の机の方に目をやる。そこには、眠気覚ましのためのエナジードリンクの空き缶が山のように積まれていた。
 リポビタンD、オロナミンCドリンク、そして、レッドブル。
 かつて私に不思議なチカラをくれたこれらのドリンクは、今日も私に力をくれる。眠気覚まし的な意味で。
 あれから、時間遡行術は使っていない。空色オヤジにも言われたように、この時代に生きる私たちは未来を知らず、それでも毎日頑張っているのが普通なのだと思う。
 ドラえもんなんかで、よくあるあれ。
 いろいろな事件が起こって、タイムマシンで過去に帰ってやり直そう!ってなって、最終的に過去を変えて問題解決。そんなパターン。
 そんなのは、ドラえもんだけで充分なのだ。
 修士論文、頑張って書かないとな……。
 今度は、時をかけずに。




       

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