Neetel Inside ニートノベル
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「赤い軸の巻物はこの大陸周辺の地図です。おおよその地形は把握できるようになっていますが、詳細の分からない暗黒地帯も多く存在します。そもそも細かな地形や場所を記した地図は少なく、またお目に掛かるとしても高価なものです」
 青年が赤い軸の巻物を開いてみると、確かに言われた通り大体の地形は分かるが、たとえば大きな山のふもとに城があるだとか三叉になった川の中州に村があるだとか、相当にあいまいな代物だった。
「現在地点は地図のやや右下、たくさん棘が並んでいるような印がある岩山地帯です。すぐ左上に村落がありますね」
「たしかに、縮尺はわからないがほぼ隣接しているように見えるな」
「はい、半日もすればたどり着ける位置です。のちほど方角をお教えします」
 青年は一度軽く地図を確認すると、巻物をたたんでリュックにしまいこんだ。リュックにはあらかじめ巻物をしまうためにか、きっちり巻物三本分くらいの隙間があいていた。
「では次に黄色い軸の巻物を開いてください。これはこの世界で魔法を扱うに当たって最も初歩にして最も重要な魔法の巻物となっております」
 黄色い軸の巻物は地図の巻物と同じくらいの紙面だったが、大きくそれと違うのは抽象的でありつつもかろうじて理解できた地図の代わりに、理解する手掛かりもないほどに乱雑な絵図と見たことも無い文字が並んでいた点だ。
 文章になっている部分は絵図のあちこちに散りばめるように配置されていて、何かひとつの文章を形作っているというより絵図の一部であるか絵図の部分部分を説明しているように見えた。
「右下と左下に二重丸になった部分があります。そこへ両手の親指を押しつけてください」
 青年は言われるままに巻物の紙面に指を押しつける。しかし件の二重丸は巻物が縦に読む種類のものであるため、軸が垂れ下がり非常にやりにくい。
「あー、すこぶるやりにくいんだけどな」
「申し訳ありません。その魔法は書式を変えることができないため、高さを確保する必要があったのです。本来なら机などに置いて行うものなので、お手数ですが足元の箱の天板を利用するなどして代用をお願いします」
 青年は箱が土の中にきっちり埋まっていたため掘りだすのはあきらめ、天板を元通りはめ込んで、その上を机の代わりにすることに決めた。
 天板の上に巻物を置き、改めてふたつの二重丸の上に指を置く。始めはなにも起きなかったが、五秒ほどしてうっすらと、一瞬だけ巻物の絵図が光った。
 やや間をおいて、宙に浮く女が出して見せたような光る板の縮小版のようなものが出てきた。大きさはこどもの手のひらに収まるほどで、『了承』と『撤回』というふたつの単語だけが浮かんでいた。
「了承を押してください。あ、もう巻物から指を離していただいて結構ですよ」
「いや、先に何を了承するのか聞かせてほしいな」
 青年は巻物から指を離して女の方を向く。光る板は巻物から離れても消える気配はない。
「はい、それはベースカードを作るための魔法を発動するかを聞いています。ベースカードとは魔法の発動に必要な魔法カードを作成にあたって必要なもので、初めて作る場合最低でも二枚必要となります」
「代償は?」
「あなたに初期値として与えられている魔力を少し、それだけです。毎日少しずつ蓄積されていきますし、作ったカードに不満があるならいつでも魔力へ還元することが出来ます」
「分かった」
 青年は巻物へ目を戻すと、迷わず了承を押した。
 光る板は指を離すとすぐに消えた。そして光る板が現れる直前のようにうっすらと絵図が光ったかと思うと、色のついた空気が寄り集まるようにして巻物の上に一枚の紙の札が現れた。
 続けて、青年は女にうながされるまま都合二枚目のベースカードも作り出した。
「これがベースカードか」
 青年は手元のベースカードをまじまじと見つめる。ベースカードの巻物は既にたたんでリュックにしまってある。
 ベースカードは良質な堅い紙でできているように見える。茶色地に木の根のような模様が描かれている方が裏面だろう。表面は上半分に正方形の枠、下半分には無地の空白が用意され、縁に黒い線が引かれていた。
 なぜ青年に上下の区別がついたかと言えば、表面の下端に『銘』と『ID』が刻まれていたからだった。

       

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