かなり寝たはずなのに体はだるく、気分は重かった。毎朝開ける部屋のカーテンは、今日はそのまま閉まりきっている。外から小学生の声が聞こえる。英正はそれに気付くと耳を押さえた。全てが、怖くてたまらない。出来れば、外と中が完全に隔絶されたシェルターで一生を過ごしたい。
ただ、現実はそうはさせない。
まず、母親がお越しに来る。心配かけまいと英正はいつも通り起きる。リビングの窓から入る朝日が痛い。朝食が食卓に並ぶが、半分も食べれず親バレないように捨てた。
おもむろに時計を見ると八時前だった。一種の義務感から学校に行かなければとは思うのだが、家から出る前に玄関で躊躇してしまう。
『どーした?』
昨夜の出来事がフラッシュバックする。小刻みに震える手を無理やりドアノブに押し付ける。
(いや……なんでもない)
半ば自信を持ってしまった英正は、それが折られるという経験も初めてで、負けたという悔しさと別に悔しく無いという強がりが苛立ちを生んでいた。
だがその葛藤が、自分に対する苛立ちが、英正の背中を押す。
ヘタレ男子高校生に、初めてプライドと呼べるものが芽生えていた。
「行って、きます……」
英正は意を決して外へ出た。
――嫌な事とは立て続けに続くものなのか。少なくとも担任の山下先生に呼び出された時から良い予感はしなかった。
「えっ、生徒会……ですか?」
「ああ。ほら、栄花が亡くなって一つ空きが出来ただろ? 本当はまた選挙をするべきなんだけど、今は三年生からの引き継ぎとかで忙しくてな……。だから急遽生徒会顧問の俺のクラスから一人適当に選出する事になったんだ」
そして何故英正が選ばれた?
『ははは。人見知りが生徒会とかマジうける』
(本人も笑えてくるわ)
「引き受けて貰えるか?」
申し訳なさげに笑みを浮かべ先生は言った。朋也の入っていた生徒会、それにはとても興味がある。ただ、単純に考えれば英正に生徒会委員が務まる筈がない。
「自分より適任者がいるんじゃないですか?」
その言葉を聞いた瞬間、先生は「かかったな」とでも言っているような不適な笑みを浮かべた。英正は瞬時にそれがNGワードだと理解した。自分には引け目がある。そのことを自分の発した言葉がわざわざ指摘させるものだと。
「そうでも無いんだな~日向野。お前だけが――」
何故きっぱり嫌と言わなかったのか。数秒前の自分の口を塞ぎたい。
「――お前だけが『委員会』に入ってないんだよ~」
王手、チェックメイト、八方塞がり。逃げ場が無い。四月始めの楽観的な考えによる行動がこのような事態を生むとは……。人生、楽は出来ないものなのか。
「入って、くれるよなぁ~?」
今度はいやらしい笑みを浮かべ、舐め回すような口調で言った。
『あーあ、あーーあ。あーららこらら。あーきーらーめーろー』
お前は黙ってろ……。でももう、腹をくくるしか無いか……。
「……わかりました」
「おお、ありがとう! まあ内申書にも書けることも増えるし、悪いことじゃないはずだ。一緒に頑張ろうな! よし、早速だが一緒に生徒会室に行こうか。丁度定例会議の日だし、顔合わせは早いほうがいいだろう」
重い体を引きずりながらも、英正は歩く。
そして、痛感する。とことん運のない日ってのがあるんだと。