頭部は人間、だがそれに不釣り合いな肥大した手足。何か他の動物の一部のような部位もある。異形。その一言がぴったり当てはまる。
「チィッ!」
一瞬、火傷男が消える。あの時襲われたの高速移動。そして、異形の生物の目の前現れるやいなやその腕に回し蹴りをクリーンヒットさせる。が、腕は微動だにせず、逆に腕を払われ火傷男はその反動で茂みに吹っ飛んでいった。
「なっ、何あれ……」
さっきまで威勢の良かった上座は、その訳が分からない相手に怯えている。
「グアアアアアッ!!!」
更に咆哮する怪物。英正は完全に圧倒されていた。
『おいっ! 何ぼーっとしてんだよ! 嬢ちゃん助けるぞ』
チュウ太からの、耳を疑う言動。
(な……、アレを相手するのか?)
無理に決まっている。絶対に無理だ。あんなの相手出来るわけない。そもそも相手をする前に終る。逃げる。それが最善。誰でも分かる。
『んな事言ってる場合かっ!』
いきり立つチュウ太。そんなコイツに英正は卑屈になる。現実を直視できずに、理由を探して逃げ場を探す。
女一人を残して自分だけどうにかなろうとしていた英正は、どれだけ最低と世間から思われるだろう。ただ、想像して欲しい。同じような状況で自分はどうするか。多分、ほとんどの人は自分を優先するだろう。
正当化したい訳ではない。ただ、その思考は必然だったと知ってほしい。
違うだろ。結局は正当化したいんじゃないか。世間に自分は悪くないって言いたいんだ。最低なクズ野郎。
『また逃げるのか?』
寄生虫は問いただす。分かっているさ。最低なクズでも逃げてはいけないことくらい。立ち向かうという力を手にしていることくらい……。
『また、お前は何もしないのか?』
何もしない? いや、出来無い? 違う、したくない。何もしたくない。他人に対して無関心で、他人も自分に無関心。それが心地よかった。世界が自分を無視しているようで、それは自分は何もしなくていいと感じられて。
だが違った。結局自分だけが無関心だった。向こうから、世界から、他人から、友人から、いつか自分が注目されるんだ、だからこっちは無関心でいいだ。そう思っていた。受動的、自分がしなくても誰かがする。どこかで自分中心に世界が回っていると勘違いしていた。
世間には見放され、他人からは無視され、それでもかまってくれるほんの少しの友人に縋り付く。糞ったれの人生。だから何も手に入れられない。
『おいっ! 嬢ちゃんやばいぞ! 早く助けなきゃ!!』
怪物は興奮し、 地面に腕を殴りつける。その一発一発が上座をすくみ上がらせる。茂みから蚊の鳴くような声で「逃げろ」と聞こえてきたが、もう彼女の耳には届かない。
英正は深く深呼吸をした。初夏といえども、まだ夜は寒く、冷たい空気が心地よく肺に届く。
『おい!!!!!!』
分かってる。もう、後は無い。変わらなきゃいけない。
さっき受け取ったお面をつける。少しだけでいい。一緒に戦ってくれ。勇気をくれ。
僕は……――
「嫌っ!」
「ギィアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
恐怖で動けない上座へ、無情な拳が振り下ろされる。
――……俺は!!!!!!!!!!!
「ギャアアッ!?!?!?!」
黒い閃光が走った。そして、怪物の手が地面へと激突する。その下にあるのは、土のみ。
そのヒーローは、ビルからビルへと飛び移り、喧嘩をすれば百戦錬磨。風よりも速く、困っている人がいればすぐに駆けつける。
「オメンダー……」
少女を抱きかかえ、青年は言う。
「もう、逃げない。俺が……ヒーローだ!!!!」