思わず切ってしまった携帯電話を英正は更に強く握った。
 まず驚いたのは目の前にいる人のイタリアンマフィアを連想させる格好。そして顔を隠すようにまかれた包帯。さらに左腰に差された日本刀。一言でいえば異様。一瞬妖怪が現れたのか思った。
「なっ……なんだよこいつ!?」
『今はどうでもいい、逃げるぞ!!!』
 【そいつ】は普通に歩くスピードで英正に近づいてくる。それだけなのに威圧感で体から汗が吹きだす。英正は逃げ道を必死に探した。しかしここは袋小路。出口は【そいつ】がいる方向にしかない。絶体絶命。朋也のようななれの果てが目に浮かぶ。
『いいか、俺の言う通りにしろよ!!』
 それに対して声の主は絶対この状況を打破してやるという希望に満ちている。
(い、言う通りって言ったって……)
『大丈夫だ。俺を信じろ』
 寄生虫が信じろというのもおかしな話だと思う。でもその時英正は不思議とその言葉が頼もしく思えた。
(ど、どうすればいいんだ?)
 自然とそう聞いていた。


 犯人は英正の四メートルくらい手前で立ち止まり、右手を日本刀の柄にかざし前かがみの体勢に入った。
『いいか、ビビるなよ? 俺達ならできる』
(わ、わかった!)
 犯人はじりじりと右足を前に出す。それに応じて英正もいつでも動けるように身構える。


 集中しろ。全神経を【そいつ】の動きだけに研ぎ澄ませ。


 刹那、日本刀に右手が触れる。
『今だっ!』
「あ゛ああああっ!!!」
 同時に二人ともぶつかりあうように駆け出す。瞬間、鞘から抜かれた刃が横に一閃し真空を作る。が、犯人の目の前に英正はいない。英正は一瞬早く【そいつ】の足元めがけヘッドスライディングをかまし間一髪でそれを避けた。だが、それは英正の力では到底できなかった。寄生虫の力を借りなければ。
『走れええええ!!!!』
 ヘッドスライディングをした勢いで犯人の背後をとった英正は即行で立ちあがり自転車の方へ駆け出した。
『ばっか! んなもんどうでもいいだろ! 早く逃げろ!!』
「これがなきゃ明日遅刻すんだよ!!!!」
 自転車を持ち上げる。寄生虫が力を貸してくれているおかげてとても軽い。
「らああああああああああ!!!!!」
 それを持ち上げたまま夢中で駆け出した。表通りに出ると、急いで自転車にまたがり力の限りペダルを漕いだ。
 こんなところで死ねるか! ただその一心だった。
 二十分間くらいだろうか、【そいつ】を巻く一心でめちゃくちゃに自転車を走らせた。さらにその十分後、【そいつ】が追ってきてはいないことに気づくまで足を動かし続けた。