一時間目はそんなこんな潰れてしまった。でも今日はいつも通り授業はするらしい。明日の夜に告別式があるとか言っていた。朋也との最後の別れだ。
話は変わるが、朋也の死因は噂によると交通事故というのことになっているらしい。これはどういうことなのか、寄生虫に聞いても『俺がなんでも知ってると思うなよな』とその件に関しては知らないようだった。まあ少し気になるだけでだったので別にいいのだが。
と、そんなことを考えていた二時間目。教科は体育、種目はソフトボール。英正のポジションは社交的な理由からいつも外野の端っこだ。ただでさえあまり楽しいと思ったことのないソフトボールだが、今日は朋也のこともあって更に盛り上がらない。なんとなくみんなもそんな感じだった。
『何だよ。ボールこねえじゃん』
(そういうポジションなんだよ)
英正はその場にしゃがみ込んだ。ポジションはライトだし左打者が来ない限りはほとんどボールは飛んではこない。この際だから声の主が何故朋也に付いていたのか聞いてみようと思った。
『ん。気まぐれ?』
声の主は英正に質問するように答えた。
(気まぐれって……。じゃあ俺に付いてるのも気まぐれなのかよ……)
『いや英正は違うぞ。朋也が選んだ』
(はっ?)
朋也が選んだ……。それは何故だ。こいつを寄生させる理由が分からない。朋也は英正に何か求めているのか? それは声の主は知ってることなのだろうか?
カキーンッ。
『きたあああああああ!』
中と外から英正の思考を止める音と声が響きわたった。英正はそれに反応して立ち上がる。ボールはぐんぐん伸びていく。体を反転させて外野の奥へ走り出す。三メートルくらい先でボールは落下した。なおも転がろうとするそれを、英正のグローブがかぶさるようにして止めた。
「中継!」
セカンドの生徒が叫ぶ。英正はボールを掴むと内野の方に振り返り投げる体勢に入った。
『直接ホーム狙え! 力貸すぜ!』
リリースポイントに入った瞬間声の主がそう言った。刹那、上半身に急に力が入る。
「うおおっ!?」
右腕があり得ないくらい早く回る。ボールを投げると同時に、右腕の勢いで体も柔道の前回り受け身のように一回転して背中から地面にたたきつけられた。
「ごはっ!!」
呼吸ができない。咳き込むのと同時に涙が出てきた。
「うは! 何だ今の!?」
「一回転したな! 日向野気合入ってるなー」
「てかどこ投げてるんだよ。ランニングホームランされてるし」
「格好つけてんじゃねえよ、へたくそー!!」
遠くからはクラスメート達のからかう声が聞こえてくる。英正は体をゆっくり起こし、あぐらをかき右手で涙を拭いた。ちなみにボールはレフトとサードの間辺りに転がっていった。
(おい、てめえ……)
『ち、力の使い方を体で分からせようと……』
(よ、余計なことを……)
いやまて……。そうだ、こいつにはこの力があった。もしかすると朋也はこの力を俺に使わせたかったのだろうか。でも正直英正には用途が不明だった。格闘家にでもなるかなとか考えていた。
「おっし! そろそろ集まれ―!」
体育の教師が大声で叫ぶ声が校庭に響き渡った。英正は腰の痛みを見ながらゆっくりと立ち上がり、集合場所へ歩き出した。
一方、校庭のすぐ隣にあるテニスコート――
「ねえあかり、今の見たあ!? 日向野くんすごかったよお!?」
フェンスにしがみつきながら、金髪でショートカットの女子がはしゃいでいる。
「ああ、うん。薄情な奴よね、日向野って」
その隣で、『あかり』と呼ばれる長身でセミロングの髪をした女子が冷たい目で英正を見つめた。
「え? え? なんでー?」
「だって、あいつ栄花とかなり仲が良かったじゃん? それなのにあの張り切り具合はないわ。頭おかしんじゃない?」
そう吐き捨てると長身の女子はそのままコートの方へと歩いて行った。ショートカットの女子は、その背中を見つめた後、またフェンスの方を向き直した。
「……そんな人には見えないけどなあ」
英正の少し寂しそうな背中をみて、そうぼそっと呟いた。