Neetel Inside ニートノベル
表紙

P-HERO
第一話:親友、死す。

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『へいへいへーい、起きろーい!』
 声が聞こえた気がした。英正は少し目を開ける。夢……? そう思いまた何事もなかったかのように眠りにつく。
『おい! 起きろよおら』
 また声が聞こえる。今度はさっきより大きい。誰かが俺を起こしているのだろうか? そう思い今度は目をしっかり開けて回りを見るが誰もいない。辺りは真っ暗。まだ真夜中だ。
「やっぱり夢か……」
 そうぼそっと呟いてそしてまた布団にもぐりこんだ。
『……さっさと起きろやあああああああ!!!!』
「ぬわああああ!?」
 今の声は間違いなく英正に向けた声だった。びっくりして跳ね起き、急いで電気をつけて部屋中を高速で見まわした。だが、誰もいない。
「はは……やっぱり夢かよ。何度目だまったく……」
『夢じゃねえから』
 やっぱり誰かが話しかけてきている。
「誰だ!? どこに居るんだよ! 出てこい!」
 英正は声を荒げる。すると部屋のドアノブが回転する音が聞こえた。英正はつばを飲み込むと何が起こってもいいように身構えた。瞬間、勢いよくドアが開かれた。


「うるさいわね! 何時だと思ってるのよ!」
「はひぃ!? ……なんだよ母さんか」
 ドアの前に立っていたのは英正の母親だった。ならば声の主は母さんだったのだろうか? いや違う。声質はすこし高めだけれどあきらかに男のものだった。
「何よ? 母さんじゃ嫌だったの? 寝ぼけてないで早く寝なさい!!」
「……うーい」
 母さんが立ち去る。英正はそれを見送るとすぐに部屋のドアを閉めた。窓は元々開いていないし、ずっとドア付近を見ていたが母さん以外は誰もいなかった。つまり声の主がまだ部屋の中にいることになる。
「さあ出てこい!」
 怒られたこともあったので声を抑えてそう言った。だから全然迫力はない。
『いや、出てこいって言われてもなあ。俺はお前の中にいるわけだが』
 見知らぬ声の主は英正にそう告げた。訳がわからない。オーソドックスにほっぺたをつねってみる。痛かった。やっぱり夢じゃない。それより僕の中に居る? なんだそれ。もっとマシな嘘はつけないのか?
『嘘だとか思ってる? でも嘘じゃねえよ。もっとこう柔軟に物事に対処しような』
 その声を無視してとりあえずタンスからベットの下まで人が隠れられそうなところはすべて探した。だがやはり誰もいない。
『なんだよ。信じられねえのか?』
「当たり前だろ! 僕の中にいるとかなんだよそれ。寄生虫かよ!」
『おっ、冴えてるう! そうそう。寄生虫みたいなもんだよ。ただ虫じゃなくて生物? いや細胞? まあ自分でもよく分からないんだけどな!』
 声の主のふざけた言い方に英正は苛立ちを隠せなくなった。ただでさえ夜中に起こされているのに、誰ともわからない声の主と会話させられるなんてストレスにしかならない。しかも話の内容が理解不能だ。
「おちょくるのもいい加減にしろよ!」
 英正は声を荒げる。だが真夜中仕様で音量迫力ともに六十パーセントオフ。さっきと同様に迫力は無い。
『んもー。どうしたら信じてくれるかなあ……。あそうだ、お前野球のボールかなんか持ってないか?』
「……ボール?」
 そう言って部屋を見渡す。すると机の上においてあるレプリカの野球選手のサインボールが目に入った。そしてそれを手に取った。昔は憧れていた選手のサインボールだ。なつかしい。
『おう。じゃあそれ強く握ってみ』
 言われるがまま英正はボールを強く握った。サインボールといえども硬球、一般の高校生の握力で変形するものではない。
「これがなんの証明になんだよ?」
『じゃあいくぞ! おどろくなよー!』
 声の主がそう言った刹那、ボールを持っていた右手にあり得ないくらい力が入った。その瞬間、硬球がゴムボールみたいにグニャリと潰れた。英正の思い出が、グニャリと。
「……!?」
 驚きのあまり声が出ない。こんなこと普段の英正には絶対に出来ない。ということは英正の中に寄生虫が入っていて、それがこの力を与えたというのが現時点で妥当な判断なのかもしれない。
『声もでねえか。まあいいや。とりあえず信じてもらえたみたいしだし、行こうか?』
「い、行くってどこに?」
『そりゃあお前、朋也が殺されたからそこに行くんだよ』
 改めて考えても、さっきから声の主が何を言っているのか、今なにが起こっているのか、ずっと英正には理解できなかった。

     

「行ってきます……」
 英正は玄関でそう呟くと両親に気づかれないとうにドアを閉め鍵をかけた。声の主も一緒に『いってきまーす!』と大声で言ったでとても驚いたが、声の主曰くこいつの声は英正にしか聞こえないらしいので無問題だそうだ。ちなみに英正が声の主に言葉を伝えようと意識しながら思い浮かべれば、声に出さなくても伝わるらしい。
(えーと、も、もしもーし? どうぞ?)
『無線じゃないんだから……』
(おお、本当に伝わったよ)
 つまりこのような感じで。


 英正は自転車にまたがり勢いよくペダルを漕ぎだした。行き場所は英正には分からないが『あ、次の信号右な』とこんな感じの声の主のナビゲーションをたよりにひたすら進んだ。
 直線道路に入ると、話しかける余裕ができたのでさっきの発言について聞いてみることにした。それは今英正が自転車を必死に漕いでいる理由でもある。
(朋也が殺されたって、あれは本当なの……?)
『ん、ああ本当だよ。俺がお前の中にいるってことはそういうことだ』
 そういうことだ。と言われても納得できない。それと、朋也が死んだのは本当だと言われてもさほど動じないのは、きっとまだこれが夢の中のことだろうとどこかで思っているからなのかもしれない。それにしても、こいつはなんか言動が軽い。
(そういうことってどういうことだよ?)
『朋也の中にも俺がいてな、朋也が死ぬと朋也の中の俺も死ぬんだ。そしたらお前の中にいる俺が目覚めるってわけ。分かる?』
(……訳分からん)
『うーん、そうだな。俺(現在)は朋也の中にいる俺(過去)のクローンって感じかな。まあ朋也の中俺がオリジナルってわけでもないんだけどな』
 もっと訳が分からなくなった。しかも声の主の話し方からすると、ずっと前からこいつは俺の体の中に居たということにならないか? なんだか急に気持ち悪くなってきた。


 それから五分くらい自転車をとばしただろうか。気がつくと商店街に入っていた。もちろん深夜なのでやっている店といったら大人を気持よくしてくれるところとかお酒を飲むところくらいで、そこから出てきたいい感じになっている酔っ払いのおっさん達を避けながら商店街の本通りを駆け抜けた。
『次の居酒屋のつきあたりを左に曲がったところだ。そこに、朋也はいる』
 それを聞くと、英正は漕ぐスピードを緩めた。声の主は朋也は殺されたと言っていた。もし本当に死んでいるのなら……それ相応の覚悟がいると思った。
『早くしようぜ』
(……おう)
 角に自転車を止めると、意を決して路地に入った。

     

 その路地の角は行き止まりだった。酒屋のゴミが散乱していて、誰かが争ったであろうということが分かった。自転車を降りその散乱したゴミの近くへ行く。
 水たまりができていた。ゴミの中から何かが流れて出している。最初は余った酒か何かなのかと思ったが、それは違った。体中がスーッと冷たくなっていくのが分かった。
 英正は恐る恐るゴミをどかす。
「……ッ!? オメンダー……?」
 そこにはまぎれもない、この町のヒーローのオメンダーが倒れていた。

 『オメンダー』は、英正達の住んでいる町『住江町(すみえまち)』のご当地ヒーローだ。お面をつけたヒーローだから。何とも安直。ちなみにこの名前は市長の出したいくつかの案の一つで、住民の投票で決まったものだ。
 そのオメンダー。実は実際に活動している。しかもそれはイベントとかではなく、本物のヒーローとして。いつも風のように現れては絡まれている人や老人を助けたりしている。
 実は朋也はかなりのヒーローオタクでよくオメンダーの話しをしていたのを覚えている。

 そのオメンダーが、何故こんなところに……。死んでいる……のか? 一歩後ずさりした。恐怖で小刻みに体が震える。
『お面をとって顔を見てやれ』
 声の主が言う。英正は一種の正義感のようなものに後押しされ一歩また歩み寄り、震える手を必死にお面に伸ばす。最悪の事を思い浮かべ、それは絶対あり得ないと自分に言い聞かせる。手をお面にかける。そしてゆっくりとそれを外した。
「……」
 朋也だった。手からお面が落ちる。体中の力が抜けていき、頭の中が真っ白になった。声の主は黙ったままだった。
 そっと頬に手を伸ばす。冷たくて、硬かった。
 朦朧とする意識の中、とりあえず警察に電話しなくてはという変な義務感というかそんなものが芽生えていた。ポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押す。数回の呼び出し音の後、『こちら住江町警察署です』という女の人の声が聞こえてきた。
「あ、あの……友達が、いっぱい血ながして倒れてて……さ、触ったら冷たくて……」
「!? 落ち着いて。ね? 一回深呼吸して。いまどこにいるか教えてくれる?」
 思わず従ってしまうような優しい声だった。言われた通り深呼吸をすると、なんとなく落ち着いたような気がした。
「え、えっと、住江町の商店街の、さ、酒屋の角の――」
『隠れろ!!!』
「ほわっ!?」
 不意に声の主が叫んだ。その後すぐ、背後に何かが現れた気配がした。声の主が小さく『クソッ』と言った。
『……まだ早いんだよ畜生。あいつと会うには……』
 声の主は絶望に満ちた声で言った。
 カツン、カツンと足音が近づいてくる。
 英正はゆっくりと振り返る。
「ひ……あっ……」
「どうしたの? ねえ!? ちょっと、大丈夫!?―― ツーツー……」
 驚きのあまり変なボタンを押したらしく、電話の切れた音が、静かな路地に響き渡っていた。

     

 思わず切ってしまった携帯電話を英正は更に強く握った。
 まず驚いたのは目の前にいる人のイタリアンマフィアを連想させる格好。そして顔を隠すようにまかれた包帯。さらに左腰に差された日本刀。一言でいえば異様。一瞬妖怪が現れたのか思った。
「なっ……なんだよこいつ!?」
『今はどうでもいい、逃げるぞ!!!』
 【そいつ】は普通に歩くスピードで英正に近づいてくる。それだけなのに威圧感で体から汗が吹きだす。英正は逃げ道を必死に探した。しかしここは袋小路。出口は【そいつ】がいる方向にしかない。絶体絶命。朋也のようななれの果てが目に浮かぶ。
『いいか、俺の言う通りにしろよ!!』
 それに対して声の主は絶対この状況を打破してやるという希望に満ちている。
(い、言う通りって言ったって……)
『大丈夫だ。俺を信じろ』
 寄生虫が信じろというのもおかしな話だと思う。でもその時英正は不思議とその言葉が頼もしく思えた。
(ど、どうすればいいんだ?)
 自然とそう聞いていた。


 犯人は英正の四メートルくらい手前で立ち止まり、右手を日本刀の柄にかざし前かがみの体勢に入った。
『いいか、ビビるなよ? 俺達ならできる』
(わ、わかった!)
 犯人はじりじりと右足を前に出す。それに応じて英正もいつでも動けるように身構える。


 集中しろ。全神経を【そいつ】の動きだけに研ぎ澄ませ。


 刹那、日本刀に右手が触れる。
『今だっ!』
「あ゛ああああっ!!!」
 同時に二人ともぶつかりあうように駆け出す。瞬間、鞘から抜かれた刃が横に一閃し真空を作る。が、犯人の目の前に英正はいない。英正は一瞬早く【そいつ】の足元めがけヘッドスライディングをかまし間一髪でそれを避けた。だが、それは英正の力では到底できなかった。寄生虫の力を借りなければ。
『走れええええ!!!!』
 ヘッドスライディングをした勢いで犯人の背後をとった英正は即行で立ちあがり自転車の方へ駆け出した。
『ばっか! んなもんどうでもいいだろ! 早く逃げろ!!』
「これがなきゃ明日遅刻すんだよ!!!!」
 自転車を持ち上げる。寄生虫が力を貸してくれているおかげてとても軽い。
「らああああああああああ!!!!!」
 それを持ち上げたまま夢中で駆け出した。表通りに出ると、急いで自転車にまたがり力の限りペダルを漕いだ。
 こんなところで死ねるか! ただその一心だった。
 二十分間くらいだろうか、【そいつ】を巻く一心でめちゃくちゃに自転車を走らせた。さらにその十分後、【そいつ】が追ってきてはいないことに気づくまで足を動かし続けた。

     

 廊下のきしむ音をいちいち気にしながらゆっくりと自分の部屋に戻った。ドア閉めるとすぐに部屋の窓の鍵を確かめ、閉まっていることを何度も確認するとカーテンを閉めた。部屋の中は光という光は全て遮断された。
 不意に背中に気配を感じた。だが振り返って見ても暗くて分からない。携帯電話を開くとそれからこぼれる光をたよりに部屋の電気のボタンを探し押した。
 誰もいないことを確認し、安堵のため息をつくとまた電気を消した。
 布団に潜る。眠気は無い。携帯電話をまた開く。二時十三分。
 寝よう。そう思い目を閉じる。無心に、ただ寝ることだけを考える。寝てしまえば、恐怖心も関係ない。だがそう思えば思うほど頭は冴えてくる。
 なにか、気を紛らわそうか。ではオーソドックスに羊さんを探す旅に出かけよう。まずは一匹。その隣に二匹目。柵の向こうには三匹目が……。これの難点は何匹数えたら寝られるのだろうかとふと考えてしまうと、もう寝れないということだ。少なくとも英正はそうだ。そして十匹で既にそれを考えてしまう自分の忍耐力の無さを英正は呪った。
 また携帯電話を開く。二時十五分。まだ二分かそころらしか経っていない。こうなったら覚悟を決めてずっと起きているか。日が昇るのははやくて後四時間。四時間も粘れるのか? 羊を十匹も数えられない自分が? 
 
『怖いか?』
 久しく聞かなかった声がした。しかも自分の中から。まあ久しく聞かなかったと言っても数分程度。でも、何時間も過ごしたような感じがしていた。
『まあ怖がるなと言っても、無理だろうな』
 そう少し苦笑いしたようなニュアンスで声の主は言った。
(……少し、寝れないくらいだよ。そんなに怖くない)
 自分でも何言っているか訳わからない。でも向こうに自分の精神状態だけは伝わったらしく、ククッと苦笑いする声がした。そして、急に真剣な声になった。
『これから、これがまだ楽しい部類に入るって思うくらいのことが起こるかもしれない』
 それを聞いた英正は口を横一線にしたまま、その場に固まってなにもしようとはしなかった。声の主も黙った。

 そのまま、何時間が過ぎただろうか。気がつくと携帯電話の目覚ましアラームのなる音が部屋中に響き渡っていた。夢ごこちの中、とりあえずアラームを止めるべく携帯電話を探す。昨日のは、夢だったのだろうか? それにしても携帯電話がいつも寝る前に置いている所にない。一体どこから鳴っているんだろう……。
 そして一分後、それがいつもの置き場所とは違い、ベットの横に無造作に落ちていたのを拾った時、英正は昨日のことがすべて本当だったのだと改めて確信した。

       

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Neetsha