Neetel Inside 文芸新都
表紙

あたしはマイ
一話/マイと新種

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 マイは朝起きて右手を見た。
 それは、人間の手ではなかった。

 いつものように二度寝したマイが遅い目覚めを迎えた。手は十六歳の少女らしく、白く、滑らか
で、この状態を保ったまま切断すれば、美食家に高く売りつけることができるだろう。
 大きなアクビを一度。その後立ち上がり小便。そしてパジャマを脱ぎ捨て制服姿に変貌。それが
マイの自然な流れだ。

 マイは何の変哲もない、ただの女子高生だった。
 平凡な女子高生と同じく、学校に行っても授業中は熟睡、放課後はバイトか、そうでなければ彼
氏とデート。それがマイである。

 この日の午後三時過ぎ。マイは恐怖に慄いた。ようやく自分の異常の糸口に辿り着いたのだ。そ
れは所詮取っ掛かりに過ぎず、彼女はまだ自分が“ただの女子高生”だと思いたがっていた。当然
といえば当然の話である。人間は、他人より秀でていたいと強く願う。だがその一方で、人の群の
中に埋没していたいとも願っている。他人と同じでいたい、と。その思いの強さは、私から見れば、
ほぼ同等である。人間とは、そこ等の怪物以上に奇怪な存在かもしれない。
 マイは、自分の顔を鏡で見たのだ。鏡に映った彼女は、新種の怪物だった。生まれて五百年にな
る私でさえ見たことがない。その姿は極めて醜悪で、青紫に歪んだ肉体は、鼻が腐り落ちそうな悪
臭を放つであろう。
 それはマイである。しかしマイではない。
 マイは奇声を上げて、その場から逃亡した。
 私も、戻るとしよう。

 あたしは、具合が悪いんだ。
 どうかしている、あたし。
 きっと、暗い部屋で携帯画面を見すぎたせいよ。目がおかしくなってるんだ。
 それとも、もしかしたら、病気なのかもしれない。
 心当たりは、一つある。
 
 悠斗だ。
 
 あたしは知っている。悠斗の前の彼女が病気に悩んでいること。そして、その病気はいやらしい
ことで伝染するということ。
 別に、そこまでキレイなものが好きなわけじゃない。だから悠斗が別の女の子と“そういうこと
”をしていた過去があるからといって、それ自体は気にならない。だけど、病気は別だ。
 もしかしたら、悠斗はまだ、自分が病気だということに気付いてないのかもしれないけど。
 とにかく、あたしは行かなきゃならない。

 悠斗のところへ。


 なぜか携帯が繋がらなかったけど、悠斗の居場所なんて分かってる。
 悠斗は放課後、いつも悠斗の家の近くにある公園で、寝転がっている。
 周りからはおかしな人と思われてるけど、本人はそれを分かってそうしてるし、良くも悪くも他
人を気にしない彼のそういうところが、結構好き。
 今日も勿論、いた。
「悠斗」
 あたしは声を掛けた。
 彼は反応しなかった。
「悠斗」
 彼は反応しなかった。
 あたしは彼の寝ている耳元まで近付いて、
「ゆうと!!!」
 途端に、抱きつかれて、あたしは彼の上に倒れた。
「よお、マイ」
「悠斗……寝たフリしてたの?」
「マイを驚かせたくて」
 悠斗はそう言いながら、あたしの背中を弄り始めた。
「ねえ、マイ」
 性急すぎる。悠斗らしくない、気がする。
「したい」
 それだけ言った。そして手の動きが速くなった。

 何を考えているんだろう。
 こんな物陰でもない、大っぴらなところで。
 あたしは見誤っていたのかな?
 悠斗という男の子を、正しく見れてなかったのかな?
 無関心な人間は曇りなく見れる。好きになっちゃうと、レンズが曇るんだ。
 あたしばかだ。
 なんで、抵抗できないんだろう。
 病気もあるのに。
 でも――もううつってるわけだし。
 うつってるんならなんかいしてもいっしょだし。
 そうだよね。
 そうだ。
 だったら、とけちゃえばいいじゃん。
 ふたりしてとけちゃって。
 どろどろになって。
 ひとつになっちゃえばいいんだな。
 そうしてまたわかれて。
 だいじなことはいまにあるから、どうでもいいことはそのあとかんがえよ。
 もう、なにがなんだか、わからないよ、


ぷつん


 そうか、これが人間か。
 この紅い液体を垂れ流しているひしゃげた塊が、人間なのだと、私の奥から声がする。
 それが正しいものであることは、疑いようがない。
 疑った瞬間、私は私でなくなる。
 これも、奥から聞こえてきたものだ。
 私の外から、私と違う声が聞こえてきた。

「朝霞マイ、崩壊。発現した新種は、“ディステファノ”と名付けることにする」

 私の奥から声がした。
『あれらを壊せ』

       

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