Neetel Inside ニートノベル
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アリアドス石崎の日常
1話「石崎」

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 1

 僕のクラスには石崎くんといういじめられっ子がいる。
 いや、いじめられっ子という表現には語弊があるかもしれない。正確には、石崎くんはクラスメイトから「いじめのようなものを
受けている」とするべきだろう。なぜその表現がしっくりくるかというと、彼は頭がイカれている電波さんだからだ。だから石崎くんは
どんなにひどいいじめ、例えば弁当にゴキブリが入れられていた、としても彼はゴキブリの頭をひょいとつまんでゴミ箱に捨てて、
なんてことない顔でその弁当を食い始める。椅子に画鋲が刺さっていた、としても石崎くんは画鋲に気付いたあと、画鋲を冷静に
処理する。つまり、石崎くんはいじめをいじめだと思っていないのだ。だから石崎くんはいじめらっ子、ではなく「いじめのような
ものを受けている」とするべきだったのだ。
 そして僕がなぜ、石崎くんを電波さんと言うかというと、昨日、彼のノートを見てしまったからだ。別に、置き忘れていたノートを
見たわけではない。石崎くんにノートを貸してもらい、見ただけだ。教科は数学だったと思う。
そのノートには、以下の詩のようなものが書かれていた。

『憂の形容』


 憂の形容
 形容 覆いも隠せない憎しみは
 人形天井のシミに見える

 意味ありげにもの欲しそうに
 流れ往く青空と雲
 パノラマ 形容
 漸減していく希望の二字と虹色
 漸増していく絶望と憂

 少し泣いてドアを開けてみようかな
 
 群衆の中に居ても憂はごまかせやしない
 街を往くアベックの人形は
 探す間もなく散るいとまもなく
 叫び憂いを
 同情を
 聞く人もいないか



 まったく意味がわからない。なぜ彼がこのような詩を書いたのか僕にはさっぱり理解できなかった。
 でもこのノートを借りたのをきっかけに、僕と石崎くんは仲良くなったのは事実だ。しかしそれはすなわち、いじめられっ子と
仲良くなったことを意味する、すなわち、僕もいじめられっ子になってしまったということを意味していたのだった。



 2

 四月。学年が上がり三年生になった僕だったが、相変わらず対数方程式を解けなかった。どうしても苦手だったのだ。
 いじめられっ子のテンプレ通り、僕は学級委員を押し付けられ(それはもちろん投票によって、なのだが)、机の上には次の日から
さっそく花瓶が置かれ、机には死ね、もう来るな、一生便所飯などとを油性のサインペンで書かれた。学校に居る間は大丈夫だったが、
家に帰り、夕食を食べたあと予習をしようと自室のドアをパタンと閉めたとき、僕は気が狂いそうになった。見えるものすべてが、
ぐちゃぐちゃで湾曲して見えた。こんな屑しか居ない世界、潰してやろうと願った。上の歯で下の歯を思い切り噛むと、血の味がした
ような気がした。憎かった、あんな奴ら、今すぐ巨大ミキサーにでもかけてドロドロの液体状にして、ネギトロならぬ人間とろ巻にして
野犬に食わせてやろうと思った。女は死なない程度に肢体を切断して、性奴隷にでもしてやろうと思った。そして、ブスは。
ブスはもちろん、制服のままセックスした後(ここはすべての女で同じ過程を経る)、眼球をえぐりとりそれをホルマリン漬けにした後、
鎮痛剤を飲ませ、効きがまわった頃合いに四肢を切断してやろうと思った。もちろん、眼球をえぐりとるのは鎮痛剤を飲ませる前である。
そしてその切断した四肢を、他の憎むべきブスに結合(もちろん手術を要する)させたり、食わせたりしよう、とまで真剣に考えた。
実行に移そうと思い、その日は予習をせずにカッターナイフでAVのパッケージをキリキリと切り刻んだだけで終わった。

       

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