Neetel Inside ニートノベル
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アリアドス石崎の日常
2話「ストレス」

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 3

 僕が自分の体に違和感を感じたのは、四月から二か月が経った六月のことだった。顔面が、誰かに引っ張られている気がして
ならないのである。しかし、鏡を見てもそこには醜態が映っているでしかなく、特に目立った外傷があるわけでもなく、
ましてや、誰かに引っ張られているわけでもない。

 そう、これは恐らくストレスなのだ。僕は自分の体が過度のストレスに晒され続けるとこうなることを知っていた。
 最初に気付いたのは――、そう、小学校六年の時だったと思う。確か授業参観の日の日曜で、母親が参観に来ていて
僕が先生に当てられ、質問に答えられなかったなんてことがあった日の夕方。僕は母親にひっぱかたれた。
あれ以来、僕はストレスがたまると顔がひきつるようになったのだ。あの時の、母の鬼のような形相でまるでゴミを
見るかのような目は今でも忘れられない。夢に出てくることもある。

 ストレスがたまっていた僕は抱き枕を殴ってみることにした。ドスンドスンと黒い音がする。すると、隣の部屋にいた
母親がドアをすごい音を立てながら開けて僕の部屋に押し入ってきた。あんた、何やってんの!? この時間帯に!?
うるさい! やめなさい! このキチガイ! という母の罵声。深夜でもないのに、どうして僕はこんなに怒られるのだろう
と思った。そして僕は泣きそうになった。なぜこうも母親は僕に厳しいのか。「親は大切にしろ。親には感謝するべき」
という世間体の感情が僕の今感じている絶望をつらぬいた気がした。
 「そうだ…これは、母親がこんな厳しい態度をとることは、僕を思ってのことなんだ。だから、我慢しよう」と。



 4

 月並みに僕の日々は退屈で鬱々としていてつまらなかった。学校ではいじめられ、母親には少しのことでも折檻され、
父親には月並みに無視される日々が続いた。母親のターゲットになっていない妹にはどうやら彼氏ができたらしい。母親は
赤飯を炊いている。まったく、意味がわからない。どうして僕だけがこんなにも不遇なのか。まるで家族の不幸をすべて
僕ひとりで背負い込んでいるようだ。まったく、意味がわからない。やりきれない。

 学校に行けば石崎君がいる、と思って何とか精神を保ちながら登校していた矢先の六月。
 石崎君はついに学校に来なくなった。今日のホームルームで担任から連絡があったのだ。
 「石崎君は両親の都合で2か月学校を休学するそうです」と。

 それを聞いた僕の目の前は真っ暗になった。目を伏せようとしたその時、僕の目めがけて消しゴムのケシカスが飛んできた。
どうやらこんな時でも僕には安息はないらしい。
 そして次の日のお昼休み。不良グループの一人が僕を呼び出した。体育館裏に今から来いということらしい。嫌だ、と
断れるはずもなく、なすがままに僕は体育館裏へと導かれた。こういうことは初めてだったが、内心ドラマのようなことが
起きるのではないかとワクワクしていた。しかし、そんなことは起きなかった。現実はいつだって毒々しい。

 「クラスの根暗女、川崎と親しくなってこい。あいつ友達いないみたいだしな。そのあと、そいつをボコボコにした後、
川崎を俺たちのところまで連れてこい」

 でも女子に話しかけなんかしちゃ、その女子もいじめられちゃうでしょ? と聞くと彼は「どうでもいい」と答えた。
どうしてそんなことを僕に頼むの? と聞くと、彼は「あいつは小学校の時からの幼馴染で、いつもいじめられていた。
不登校にしようといじめたこともあった。でもあいつは不登校にならなかった。だから今度はあいつに自殺してもらうために
おまえに頼んだ。あいついい加減うざいんだよ。根暗だしきもいし。ま、仲良くなった男にボコボコにされれば自殺くらい
するだろ?」と答えた。
「おまえw性格悪すぎだろwでもそれで川崎自殺したらwそれはそれで面白いかもw」
「まじ名案w」
「だろ? あとおまえ、もし川崎と仲良くなれなかったり、ボコボコにできなかったら、これだからな?w」
 僕の右手首が掴まれ、小指にノコギリの歯をあてがわれた。
「おまえwwそこまでしなくてもwwそりゃいじめられっ子が約束守らなきゃ、毎回おまえwそいつの小指wwwww
切っちゃうけどさwww」
「wwwwwwwwwwww」
嘘だと思ったが、小指をちょんぎるのはどうやら本当のことらしい。首筋に嫌な汗が伝った。

 結局その日の昼休みは、それを言われたあとは腹を立ち上がれないで蹴られただけだった。次の日は下痢かもしれない。

       

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