Neetel Inside ニートノベル
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アリアドス石崎の日常
3話「僕の家の朝」

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 6月のシトシトと降る雨に呼応して、まるで古傷が痛むかのように、尾てい骨のあたりにずしんとした痛みがはしった。
幾度となく繰り返される痛みは、朝、僕が布団から出るのを余計に躊躇させる。

 「クラスの根暗女、川崎と親しくなってこい。あいつ友達いないみたいだしな。そのあと、そいつをボコボコにした後、
川崎を俺たちのところまで連れてこい」

 それが昨日実際にあった出来事。そして僕は、もしその川崎という女の子と仲良くなれたら、と考えてしまう。
仲良くなれたら…それこそ男女の仲にでもなって、逃避行でもしてしまおうかと考えている。それはとてもドラマチックで、
まるで小説の中にでもいるかのような出来事。そんな事ができたら…と僕は考えてしまう。そう思うと、僕の日常は急に
少しだけ色付いて見える。あたかも、布団の寄るシワに、極彩色の遮光カーテンに、窓から見える公園に、そのすべてに
意味があるかのように感じてしまう。意味なんてないのに。いやもしかしたら、意味なんてあるはずもないのかもしれない。

 だけれど、時間は僕の都合なんて聞かずに勝手に過ぎていく。少しくらい融通利かせてくれたっていいのに。

「ちょっとあんた! いつまで布団の中でくすぶってんの!? ほら、起きなさい! 早く! 」

 母親の罵声は家の中で響く。何もこんな時間、午前6時10分に大声を出さなくてもいいのに、と思ってしまう。僕が学校へ
行く準備をはじめるには7時頃からで十分なのだけれど、母親にせかされて仕方なく自室を出る。朝食が用意してあるのは
良いのだけれど、眠たいから後で食べる、と言っても怒られるし、もし食べなければその日朝食はおろか食べ物を手につける
ことさえ禁止されるのが厄介なところだった。母親はこれくらいのことをしてくるから嫌いだ。父親も一応それを容認している
らしい。お小遣いをもらっているなら、それで食べ物を買えばいいじゃない、とは思ったけど、僕にはお小遣いなんてものは
ない。別にいじめにあってパシられてるわけでもない。お小遣いなんてものはそもそももらってないのだ。欲しい時にお金を
もらう方式、でもない。かといって欲しいものを親に欲しいと頼めば買ってもらえる、というわけでもない。お年玉なんて
もらえるわけがない。
 だから僕は欲しいものが買えない。小さいころからずっとそうだった。最近では、もうものを欲しいという感情さえ
いけないことのように感じてしまう。でも欲しいものはある、お金がないからお金では買えないだけだ。だから古本回収の
日にエロ雑誌やAVを漁ってはカバンに入れ、親が買い物に行って家にいないときに見たりなんかはしていたりする。それが、
僕の唯一の楽しみだった。隠し場所を巧妙にしないと、ばれるとその日は学校も休みにして一日中母親に叱られて、反省文を
原稿用紙5枚分くらい書かされるのだけれど、それでもやっぱり性欲には勝てそうにない。もし川崎さんと親しくなれたら、
そういうことを出来たら良いのになと思ってしまう、自分を汚らしく感じてしまう。
「ほら! 早く食べなさい! ご飯、いらないの!? 」

 母親がそう急かす。僕に与えられた朝食を食べる時間は5分だけ。それ以上食べてると食べるのが遅いと言われて朝食は
片づけられてしまう。

       

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