Neetel Inside 文芸新都
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千文字前後掌編小説集
「EIGHT BEATER REPEATER」

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 家に帰れば同じ曲ばかりを延々と聴き続ける生活を続けているのは何も頭や耳がおかしくなったからではなくて、そうすると不思議と疲れが取れるからだ。その時期その時期の思い出と曲が重なって、いつの日か懐かしい記憶を呼び起こすきっかけを作れる気がするからだ。
 少し前はNUMBER GIRLの「IGGY POP FAN CLUB」で、その次はamazarashiの「アノミー」だった。そしてそれらの二曲から着想を得て「イギー・ポップ・ファン・クラブ・ファン・クラブ」「アノミーズ」という掌編小説を書いた。先に書いた通り、最初から小説を書くことを目的として聴いていたわけではない。しかし繰り返し繰り返し聴き続けていればそれはいつしか血肉となり、尿となり便となり、小説として指先から滴り始めるのは時間の問題でしかなかった。
 今はまたNUMBER GIRLを聴いている。「EIGHT BEATER」を聴いている。諸行無常が繰り返されている。性的衝動が甦っている。さすらっている。さまよっている。それから僕は恋をしている。
 彼女のことを小説に書くのは初めてだ。「ペッティング・フィクション」や「アノミーズ」に書いた人妻達とは違い、何もやましいことなど感じなくて済む、七歳年上のバツイチ独身女性だ。僕らはクリスマスイブの夜に田舎道を二人で六時間歩き続けた。それから彼女の家に泊まって、眠くなって布団に入って、だけどセックスをして、一時間も眠れないまま翌日には仕事に出かけた。
 エイトビーターとして僕はさすらっていた。
 勤め始めて半年になるが、仕事の具体的な詳細についてはまだ詳しく理解していない彼女は、以前からそのことを恥じて学びたがっていた。彼女は僕より32cm背が低くて、でも体重は僕より6kgしか軽くない。仕事が早く終わり、いつものように二人で駅まで話ながら歩いた。話し足りなかった僕らは、歩き足りなかった僕らは、隣の駅まで歩くことに決めて足を踏み出した。でも話す内容は仕事のことだけじゃなくなっていた。
 それから迷いに迷って、彼女の家に着くまで六時間かかることになるなんて出発の時点では知る由もない。信号待ちで彼女が前に立った際、僕は何度も「顎を乗せたいな」と思った。長時間歩きながら話している最中、言わなくていいことを僕は言いすぎて、「君はいつか殺された方がいいよ」「爪を剥がしてじっくりといたぶりながらそのうち殺すからね」と言ってくれる彼女が愛しくて、三度目のチャンスで僕は彼女の頭頂部に顎を乗せた。
「何してんの」
「いや、顎を置くのにちょうどいいなと思って。痛い?」
「別にいいけどさあ」
 そして二度目に顎を置いた際には、腕を前に回して抱き締めてみた。「何してんの!」と怒られることはなかった。
 それから僕は三日間彼女の家から仕事に通い、僕らを目撃した人がいたせいで会社で噂話の種になることになる。
 久し振りに家に帰った僕は「EIGHT BEATER」を聴き続けた。大量のぬいぐるみに埋もれた彼女の部屋に僕の好きな曲の入ったCDは置いてない。
 一人歌い狂っている姿を見せるのはまだ早すぎる。

(了)

       

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