サバイバルレース途中経過第三章~限界工場~

サバイバルレース途中経過第三章~限界工場~


 Dが正社員となって半年が過ぎた頃、部署の異動を言い渡された。様々な理由を課長、係長から告げられたが、根本は直属の上司である主任との確執からであった。
「お前はいずれ追い出すつもりだから何も教える気はない」と告げられていて、実際その通りになってしまった。異動前の数週間は彼に毎日のように胸ぐらを掴まれ怒鳴られていた。

 新たなレース脱落者達を記そう。

 老齢者三名 65歳以上の人達をフルタイムで働かせ過ぎていたため、本社からの勧告により依頼退職。そのうちの一人Kは、Dが定時前に仕事を終わらせて早く帰らせようとすると機嫌を悪くして包丁を突きつけてくるなどしていた。
「今でも何かあるとKさんのことを思い出す」とDは時々空を眺めて言う。
「死んでないから」とDの妻は鋭く突っ込んでくる。彼女は前章の脱落者名簿の中にも入っている。

 輩H。第一章に元ヤクザとして登場した人物。実際はヤクザではないがそれに似た部類。交通事故に遭い、治療とリハビリのため長期離脱。ようやく復帰したもののまだ治りきっていない脚で無理した為一週間ほどで再び休職。だが彼の甥が職場に入り込んできている。

 正社員M。三月いっぱいで退職。Dの異動は彼の退職に巻き込まれたもの、とも取れるようにはなっている。退職前に、この会社の問題点を遺言みたいに置いていってくれないかとDが頼んだ所、「悪口しか出て来ませんよ」とのこと。

 他、入社間もなく辞めていったアルバイトは数知れず。正社員となり、従業員名簿を見ることの出来る立場となったDは、「当月入社リスト」と「当月退社リスト」に連なる同じ名前の多さに驚きもした。
 Dの目には他にも色々なものが見えた。必ずしも見たいことばかりではなかった。社員間の連携が全く取れていない。会議では同じ人物しか発言しない。コミュニケーション能力がない、パソコンが使えない、といった弱点を持つ人間は何も成長しようとせずそのままでいる。守るべきルールを、模範となるべき立場である社員が守れていない。トップである工場長はぼそぼそと喋り何を言っているか聞き取れない。いつまでも調子の悪い古い機械を使ってその場しのぎの応急処置しかしない。

 去年の七月にDが正社員となった後に、十二月にも社員が増えた。前職はどこかの工場長だったというGだ。DとGはすぐに仲良くなり、どうしようもなくくだらなく酷く最悪な今の状況を、少しでも打開しようと模索している。他の社員から見れば「暴れている」と取れるかもしれない。
 Gの目もいつか死んでしまうのだろうか、とDは思う。
 俺はまた違うどこかに飛ばされるのだろうか、とも。

 三ヶ月になる娘が起きている時間にDが帰宅すると、娘は笑顔で迎えてくれる。「イァーウー」といったハイテンションの声をあげることもある。「おかえり、浮気者」と妻も暖かい声をかけてくれる。既に時計は夜の十二時を回っている。そんな毎日だ。そして本格的な繁忙期はこれからだ。
 睡眠時間平均三時間半のDは時々思う。
「誰もが途中棄権することが確定しているこのサバイバルレース、俺はいつまで続けるつもりなのだろう」
 異動後の部署は残業時間こそ多いものの、暴力沙汰もなく、怒鳴り声もたまにしか聞こえてこない。重い物もめっきり持たなくなったDは太りやしないかと心配している。
 
 娘を寝かしつけたDの妻が「カタカタしないの?」とDに文章の執筆を促した。小説を書くこと自体が本業だと、Dは今でも思っている。サバイバルレースの途中経過を記しながらDは、「第四章を書く頃まで俺は生きているのだろうか」と考えている。
 寝ぼけた娘が「ホー!」と叫び、妻が笑いを噛み殺している。Dはとりあえず文章の末尾に「(了)」と記し、明日の仕事に備えることにした。

(了)