柔らかな鉄風


 トルトの指が私の頬をなぞり、私は自分の顔に産毛があることを再認する。彼女は触れるか触れないかの微妙な距離を保って、指先で私の皮膚感覚を弄ぶ。
「チサ」と彼女は私に呼びかける。私は眠った振りを続けるが、体はどうしようもなくて、時折ぴくっと反応してしまう。
「学校に遅れるよ」と言うトルトは本気で私を叩き起こそうとはしない。私達は今日も学校をサボって錆び付いた家の中で睦み合うのだろう。
 トルトの指は私の顔を離れ首筋へと移動し、ブラジャーをつけていない胸に至る。私の乳首の上あたりで指をゆらゆらさせているのが、目を瞑っていても分かる、感じる。
 彼女が私のパジャマの前をはだけさせようとしたところで、ようやく私は観念して目を開く。私の指先もトルトの肌に伸びてゆく。
 窓の外で吹く鉄風は今日も柔らかそうだ。

 私達の住むこの町で作られる鉄は質が悪く、スクラップにするために作られるような代物で、今ではどこからも注文が来ない。そんな鉄でも必要とされていた時代に築いた巨大な富を濫費して、大工場主兼町長は工場の拡張工事を続けている。工場を広げる為に鉄を作り、すぐに錆びる町並が広がってゆく。
 町民兼工員の誰もが難聴で、そのせいか誰もが人の言うことに従わない。トルトと私の交わす愛の囁きのような会話の実態も、ほぼ叫びである。
 私達はまだ十三歳だけれど、もはやスクラップ同然で、鉄でもないのに錆び始めている。トルトは丹念に私の性器以外に口づけをする。この町で生まれる子供達は幼くして狂ってしまうから、良識のある親達は何とかして子供を余所にやろうとする。だから既に同年代に異性は残っていない。まともな人間は残っていない。トルトの左耳たぶに刺さったネジの穴は潰れてしまっていて、ドライバーでは回せない。

 夜勤明けの父が帰ってきた。開いた玄関の戸からどろりと鉄風が入り込む。鉄粉が粘膜に刺さり、半裸でくしゃみをする私達を見ても父は何も言わず、浴室へと消える。それから三十分遅れて母も帰宅するが、父はまだ浴室の中に居て、トルトと私も抱き合ったままでいることをやめられないでいる。
 母は鉄で出来た動物を今日も連れ帰っている。
 猫がいて。
 獏がいて。
 なんだか分からないものがいて。
 動き出すことのないそれらを眺めながら、どうしてこいつらの方が私達よりも生き生きとして見えるのだろう、と私は思う。口に出した覚えがないのに「そうね」とトルトが同意してくれる。
 風呂場で父が何か言っている。私達の耳にまで届くということは、それは絶叫に違いない。

(了)

(着想元 NUMBER GIRL「鉄風 鋭くなって」)