Neetel Inside 文芸新都
表紙

千文字前後掌編小説集
娘に怖い話をねだられたので話してたら途中で止められた話

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 小学一年生のココは夏休みのある日、すっかり遊び疲れてしまい、夕御飯を食べずに寝てしまいました。
 パパもママも弟のけんちゃんもぐっすり寝てしまっている真夜中、ココはお腹が空いて目を覚ましました。ご飯を食べようと思いましたが、みんなを起こすのは悪いと思い、ご飯を温めたりお箸を出したりということはやめておこうと思いました。おやつを食べようと戸棚をそうっと開けましたが、大好きなカプリコもじゃがりこもありません。
「そうだ、買いにいけばいいんだ」
 ココはママからもらった小銭入れを持って、静かに玄関のドアを開けて、夜中だというのに子供一人で外に出てしまいました。ココは最近ちょっとした買い物の時に、自分の小銭入れからお金を出して店員さんに支払いをするのが楽しくて仕方なかったのです。それに家の近くにあるファミリーマートというコンビニは、夜遅くでも朝早くでも開いているという話をパパから聞いていました。

 子供の足でも歩いて5分もかからない道のりでしたが、ココにはいつもよりもファミリーマートがずっと遠くに感じられました。道路を小さな動物が横切っていきました。猫よりもずっと素早く、とても小さなその動物はイタチでしたが、ココには妖怪のように思えました。夜道を歩く人は誰もおらず、ココはファミリーマートが見えると走って店の中に入りました。

 ファミリーマートの中はいつもより薄暗くて、とても静かで、音楽も流れていませんでした。ココはお菓子を探しましたが、カプリコもじゃがりこも見当たりません。それどころか、おにぎりも、アイスも、あらゆる飲み物もハッシュドポテトもありませんでした。
「ハッシュドポテトがないなんて……」ココは絶望の底に沈みました。お菓子もおにぎりもなくても、レジ前に行ってハッシュドポテトさえあれば何もかもが解決するように思えたのです。

 ココは店員に訊ねました。
「どうしてこのお店には食べ物が置いてないんですか?」
 薄暗い店内で、ココには店員の顔が口しか見えませんでしたが、それは見えなかったのではなく、本当に顔の中には口だけしかなかったのでした。
「それはですね」
 口だけの店員が話し始めました。喋るごとに口は大きく開いていきます。顔の輪郭からもはみ出して。
「お腹が空いて全部私が食べてしまったんですよ。何せこんな顔ですから。食べる以外に楽しみがないんですよ。でももうすっかり食べる物がなくなってしまって困っていた所に、お客さんが来てくれて助かりました」
 ココは夜中に一人で家を出てきてしまった事を後悔しました。慌てて店から出ようとしましたが、自動ドアが開いてくれません。
「いただきます」
 店員はレジのカウンターを噛み砕いてココに近付いて来ました。ココは大声で助けを求めようとしましたが、声が出ません。店員が大口を開けて迫って来ました。

 ココが目覚めると外はすっかり明るくなっていました。
「良かった、夢だったのか。でももう私、夜中に外に一人で出たりなんて、絶対にしない。ああ、お腹空いた」
 ココは布団から出て台所に向かいました。しかし冷蔵庫の中にも、戸棚にも、炊飯器にも、どこにも食べ物はありませんでした。それどころか、パパもママもけんちゃんの姿も見えません。窓の外を、口だけの巨大な化け物のシルエットが通り過ぎます。インターフォンが鳴りました。大きなくちびるの先っぽで化け物が器用に押したのでしょう。
 インターフォンの受話器からも、外からも、化け物の声が聞こえてきます。
「ココちゃん、もうあなたがこの世で最後の一人ですよ。いただきます」
 ココはベランダから逃げようとしましたが、外ではもう既に、大空を巨大な口が覆い尽くしており、逃げ場はどこにもありませんでした。

(了)

※注意 ここから下は100%事実のみの怪談になります。心臓の弱い方、15歳未満の方はこれ以降は読まないで下さい。


 怪談の中で書いたように、家から一番近いコンビニはファミリーマートです。以前の最寄り駅に行くまでの途中にあったのも、ファミリーマートでした。最寄り駅近くにあった、潰れたパチンコ屋の跡地にコンビニが開店しました。ファミリーマートでした。別の沿線の新駅が家の近くに完成し、最寄り駅が変わりました。新駅完成直前に、駅の東出口を出た所にコンビニが開店しました。ファミリーマートでした。すぐに反対側の出口近くにもコンビニが開店しました。ここまで読んだ方ならひょっとしてもうお気付きの方もいるかもしれません。そのコンビニの名前は……ファミリーマートでした。

(了)

       

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