Neetel Inside 文芸新都
表紙

千文字前後掌編小説集
泥辺

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 泥の辺りにいる。蜘蛛が沈んでもがいている。蟻が連なり群がってきて蜘蛛を運び出そうとしている。が、動けず泥に絡め取られてお互い泥沼に沈んでいく。頭上を飛ぶ蝶は何も言わない。

 DIZZY MIZZ LIZZYというデンマークのロックバンドがいる。高校時代によく聴いていて、来日の際にライブも見に行った。先日YOU TUBEで懐かしい曲を聴こうと思い検索すると、いつの間にか活動再開しており、最近の楽曲も聴けた。昔よりも力強くかっこいい楽曲に浸り、そればかり聴いていると娘と妻はあまりいい顔をしない。
 妖怪ウォッチ-ゲゲゲの鬼太郎-ドラえもん-クレヨンしんちゃん、という流れで娘はアニメにはまっている。しんのすけの真似をして私を「父ちゃん」と呼ぶ時がある。娘なのに自分を「ぼく」と呼ぶ。のび太の真似だ。「絶対に許さない」と言って怒る時がある。ドラえもんの真似だ。いつの間にか私はひろしより年上になっている。ひろしが係長なことにショックを受けている。
 妻と同時にスマホの機種変をした。慣れない操作に二人手間取っているのに、三歳八ヵ月になる娘は写真撮影を始めていた。「ハイ、チーズ」と言いながら私にスマホを向けるのでポーズを取ると「やっぱだめー」と言って他を向く。
 腹筋をしていると腹の上にドスンと乗っかってくる。
 一緒に寝ると私を寝かしつけてくる。「ねーんね、ねーんね」と言いながら激しい勢いで私のお腹をばしばし叩いてくる。寝られない。
 
 同じ歳の工場長に毎日いじめられている。
「声が小せえって何度言わせんだよ」「このロス金額給料から引くか?」「何で言われたこと実行してねえんだ」「あのなあ、自分が正常だと思ってる? おかしいからね。だいぶおかしいからね。課長にも奥さんにも言われてんだろ? 二人が似ているんじゃなくて、お前自身がおかしいの」「聞き流してんじゃねえ」
 大体聞き流すからまた怒られる。
 家の近所にファミリーマートがあって、駅と自宅との間にもファミリーマートがある。駅前に新しくファミリーマートが開店し、近所の反対側にも新しくファミリーマートが出来た。「ローソンを作れ」と妻は切れている。

 35℃。
 36℃。
 37℃。
 38℃。
 体温と気温の区別がつかなくなる日々、お盆の間六連勤しながら今の自分の境遇をふと不思議に思う。新都社で「小説を書きたかった猿」を書いていた頃はほぼニート状態だった。勤めていたバイト先が潰れた後、手持ちの金がなくなれば日雇いのバイトでしのいだ。その日の派遣先へ行く為の交通費と昼食代の為に、多くの漫画を売り払った。実家暮らしだからと平気で二、三週間家に引き籠った。丸一日寝続ける日を三日続けた。
「泥辺」という名前も「底辺」を更に濁したところから来ている。「でいへん」では読みにくいので「どろべ」と読む。
 それが今では会社で上からどやされ下から舐められ、家では妻に怒鳴られ娘にいじめられている。何もなかった日々から、常に何事かに囲まれて生きている。実家から引っ越す際に処分した多くの小説は、金の為ではなくスペース確保の為だった。

 泥から這い出した蜘蛛がいる。雀につつかれそうになっている。猫に踏み潰されそうになっている。無邪気な殺意で子供が狙っている。糸を伸ばす先をゆらゆらと定めながら、この先どこへ進もうか考えている。頭上を飛ぶ蝶は何も言わない。
(了)

       

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