Neetel Inside 文芸新都
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千文字前後掌編小説集
サバイバルレース途中経過

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 休日に昼まで寝ていたら元同僚K(四十歳バツ一男性、アル中)からの電話で起こされた。
「ごめん今昼休み?」
「いや今日休み」
 それからKは要約すると「鬱病で三ヶ月入院する」ということを十分くらい喋っていた。ちょっと前に違う人から「二ヶ月入院だって」と聞いていた。
 死なないでくれて良かったな、くらいのことは思えた。
 
 いつの間にか参加してしまっていたサバイバルレースだが、結果だけは分かりきっている。「全員途中棄権」。

「胃潰瘍だった」と三十四歳のNが言った。一人冷蔵庫内で作業をする彼は近頃体調を崩しており、病院で検査を受けていた。幼い息子がしょっちゅう熱を出したり、現在付き合っている彼女(彼女も二人の子持ちだとか)とうまくいっていなかったり、入ってくる商品の質が悪かったり、とストレス源には不自由していないみたいだ。
「コーヒー飲むのやめろってさ」
「煙草もやめなよ」
「やめらんないよ」
「胃ガンになっちゃうよ」
「それは嫌」
 何年も健康診断を受けていない僕の体だって彼以上に蝕まれていて、とっくに手遅れだったりして。

 Aさんは僕のいる職場で一番偉そうだ。だからといって立場が偉いというわけでもないので、いろんな人と揉めまくる。揉めるというからって別におっぱいが大きいというわけではなくて、残念ながら五十四歳で細身の中年男性だ。
 特別に仕事量の多かったある日、おしゃべり好きの女性とAさんが大きな声でだらだら話していたところ、仕切り役のDさん(三十歳男性、ろくでなし)に注意を受けた。二人は会話に夢中でその注意が聞こえていなかったらしいが、無視されたと思ったDさんは机を叩いて大きな音を出した。するとAさんは「物に当たるな! お前は子供か! 大体お前は年上に敬意が足りない! 俺は五十四歳やぞ! 相手のバックボーンを考慮しろ!」と怒鳴り散らした。
 Dさんは「毎日一時間十五分ぐらい昼休み取る人のせいでこっちはなるべく早めに休憩切り上げてんだ」とか「歳なんか時間が経てば誰でも取れるよ」とか半笑いで対応していた。
 その口論の傍目から見たみっともなさを自覚してか、Dさんは物に当たらなくなった。Aさんも怒鳴らなくなった。
 でもAさんはしょっちゅう物に当たってる。
 Dさんは本格的に敬語を忘れた。

 荷受け管理を担当する上司がフォークリフトで事故ってる現場に三回出くわしてるんだけど、幸いなことに怪我人は一人も出ていない。そもそも血を見たことがない。ゆるやかに過ぎていく平凡な日常。何も特別なことなどなく日々は過ぎゆく。

 ある時、翌日の人員配置評に新人アルバイトの名前が載っているのを見て、社員の一人が「地獄へようこそ」と呟いた。

「平田って誰なん」とKは言った。
「知らんよ」
「なんかメールに名前出てきて」
 誰からのメールでどんな流れでどこの部署の人で、とかまず教えてよ、と僕は思ったけど口には出さなかった。
 Kとの通話が終わった後、病院の場所聞かなかったな、見舞いに行けないな、と気が付いた。
 別にいいか、死んでないし、で済ませられた。

(了)

       

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