Neetel Inside ニートノベル
表紙

霧隠れの塔
二話

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ソロモンが歩み始めるとそれを歓迎するように両壁のランプが灯った。
無論ソロモンは何もしていない。ひとりでにランプの火が灯ったのだ。
お陰で暗闇に包まれていた世界にぼんやりとだか光が射すようになった。
「ふぅん……」
さして驚きもせずソロモンは興味深げにランプの一つを眺める。
特におかしなところは見当たらない。そこらで売ってそうな普通のランプだ。
真新しさは無いが古めかしさも無い。
それがいつのものなのか。眺めるだけでは全く分からなかった。
先ほどまで見つめていたランプに手を伸ばす。
どこからどう見ても普通のランプだ。
ただ普通のランプと違うのは油も無いのに火が灯り、まるで火は浮かんでいるかのように風も無いのに中央で揺らめいているということだけだ。
暫く見つめた後ソロモンはそれを壁には戻さずまた歩き始めた。
「持っておいて損は無いだろう」
ぽつりと誰に告げるでもなく呟く。
このランプの名前は何にしようか等とくだらない事を考えながらソロモンは歩く。
浮かぶ灯火。いや、微妙だ。語感が良くない。
油要らず。面白いが、格好が悪いな。
一人であれこれと考えては顔をしかめたり笑ったりする。
色々と悩んだ挙句ソロモンは手にとったとき一番最初に思い浮かんだ名前にした。
「魔法のランプ。うん、捻りは無いが分かりやすくていい。私好みだ、アハハハ」
渇いた笑いが塔の中に木霊する。
ソロモンの特徴に一つ加えておこう。彼は非常に独り言が多い。


ソロモンがランプの名前を付け終わった頃、丁度目の前には二つの選択肢が現れていた。
今までと同じように右に伸びる通路と、目の前にある質素な扉だ。
じっ、と扉を見つめる。
ソロモンは冒険者ではない。ただの学者だ。ただ人よりほんの少し知識の量が多いだけである。
よってこの扉がなんなのかについては全く分からない。
見たところただの金属質の扉に見える。
ただし気をつけねばならない。ここは霧隠れの塔。帰ってきたものは一人も居ない。
何があるのか起こるのか。常に最善の選択をし常に最悪を想定せねばならない。
そう、こういうところにはトラップがある……昔どこかで冒険者と話した時に聞いた事がある。
とは言えソロモンにトラップの判別なんぞができるわけも無かった。
ランプを一度床に置き、鍵穴を覗いてみる。何も見えない。
ドアノブをガチャガチャと回してみる。何も起きない。鍵はかかってないようだ。
ソロモンなりに調べた結果、この扉に害は無さそうだった。
とは言えドアをあけた瞬間に矢や刃物が飛んでくるかもしれない。危険はいくらでも想定できる。
その点右の通路は今のところ何も問題は無さそうだ。よく目を凝らしてみれば奥のほうに開けた場所も見える。
確かにこちらの道も危険はあるかもしれない。が、慎重に調べながら進む事は可能だ。
それに大してこっちの扉は開けたら死ぬ。的なイベントがありえないわけでもない。
ソロモンは思案した。
普通なら、迷わず右の道を選ぶだろう。リスクを考えれば妥当な判断である。
だが、どうしても気になる。この扉の奥には何があるのか。
頭では右の道を行ったほうがいいのは分かっている。けど、知りたい。この扉の先にはもしかしたら金銀財宝が眠っているかもしれない。貴重な学術書の宝庫かもしれない。
そう考えれば考えるほど扉の先の世界の魅力は増していくのだ。
「もし、ここで私が右の道を選んだとしよう。安全と引き換えに私は体験を失う。もし私がこの扉を選んだとしよう。私は恐怖と引き換えに満足を得る」
ならば迷う事もない。
ソロモンは意を決しドアノブを回した。
彼は安全よりも智の探求者である事を選んだ。
それに何より自分がこんな場所で死ぬ人間ではない。根拠の無い絶対な自信を彼は持っていた。


金属特有の甲高い耳障りな音を立てて扉は開いた。
さっと身をかがめたが危惧していた矢等は飛んでこなかった。
恐る恐る立ち上がり中を覗いてみる。
中は暗く、何も見えない。ランプを掲げて照らしてみるが割と広いのか、全体を把握できはしなかった。
少なくとも通路ではない。部屋か、広間か。
わからないがソロモンはそっーと片足を踏み入れてみた。
「………」
何も起こらない。もう片方の足で中に入ってみる。
何も無い。ふぅ、と安堵の息をつき慎重にランプで辺りを照らしながら少しずつ少しずつ進む。
扉から少し距離が離れ、辺りを窺っていると突然後ろから扉の閉じる音が聞こえた
しまった、そう思って振り向くが遅い。扉は既に完全に閉じられている。
カチャンと鍵のかかかる音が響いたと思えばぱっ、と明かりが灯る。
見上げるとシャンデリアが光の正体のようだった。
風も無いのに揺れるシャンデリアが、ソロモンを嘲笑うかのように見え煩かった。
「糞ッ!」
壁を叩きたかったが、近くに壁は無い。ばつが悪そうに顔をしかめ代わりに地団駄を踏んだ。
迂闊だった。おそらく扉からある程度距離が離れたところで作動するものだったに違いない。
思えばひとりでに灯りが灯るランプがあるのだ。こういうトラップがあっても不思議ではない。
目に見えて分かるもの気をとられすぎていた。
じ~んと痛む両足の感覚のお陰で幾分か冷静に診断できるようにもなった。
手にしている魔法のランプに苛立たしげに目をやる。
ぶん投げてやりたいところだがそうも行かない。大事な明かりだ。これから先この魔法のランプがあるとも限らない。
大きく嘆息し、気持ちを入れ替える。
まずは探索だ。ここが部屋なのかどうか。ほかに通路や扉は無いのかどうか。
もしここがただの部屋でほかに扉も無く通路も無いというのなら………



「絶望的だな」
一通り探索し終わったソロモンは途中見つけたソファーに腰掛け呟いた。
それなりに大きい部屋ではあったが探索に時間はかからなかった。
あったのは机とソファーと、ベットに引き出しと箪笥。奥に扉があったが鍵がかかっていた。
ぼっーと部屋を見渡す。
暗かった時は分からなかったが、あちらこちらに白骨がある。おそらくソロモンと同じように閉じ込められた人間だろう。
さらにあちこちが荒らされている。探索が速かったのはそのためだ。
先人たちが生き延びようと必死に探し回った後だろう。しかし、結果は……
「こう、か」
隣で同じようにソファーに腰掛けている白骨死体を見る。
いずれ私もこうなる運命だろう。
「はぁ……」
溜息が漏れる。
自嘲気味に笑いも込み上げてきた。
「くくく……私はまだこんな所で死ぬような人間ではないと思っていたんだがな……」
額に手をやり少しの間笑う。その笑いは諦めの笑いだったが、やがて訪れる恐怖を認めたくない為に振り払う為のものでもあった。
笑う事すら止め、思考することもやめた。
ただ茫然と揺らぐシャンデリアを見つめる。
「全く……風も無いというのに……ランプといいシャンデリアといいなんなんだここは」
何気無しに呟いた言葉だったが、はっと気付く。
そうだ、おかしい。雨風も無いのに何故白骨死体なんかが出来上がるんだ。
勢いよく机を叩き立ち上がる。その際隣人が倒れたが気にも留めなかった。
「誰が何のためにかはわからないが、おそらくこれはブラフ……」
そう言葉にするとさっきまで手をつけていなかった散乱した部屋を漁り始める。
箪笥から引き出し、ソファー机、死体。
なんでもかんでもひっくり返す。
「あった!」
数ある白骨死体のうちの一つ。その死体の下に隠されていた鍵をソロモンは見つけ出した。
ランプを掴み、奥の扉へ向かって走る。
鍵を差し込もうとしたところではたと手が止まる。
もし、この鍵があっていなかったら。いや、合っていてももしまたトラップがあったら。
頭に浮かぶ雑念を振り払う。胸の恐怖を拭い取る。
「ここで立ち止まってどうする。それは愚者のする事だ……!」
鍵穴に差込み、鍵を回す。
カチャンという音と共にあっけなく鍵は外れた。
そしてひとりでに扉が開く。
「は……アハハハ! 私の勝ちのようだな!」
鍵を引き抜きランプ片手に歩き出す。
その顔に先ほどまでの迷いは見られなかった。ここで初めて歩んだ時と同じ顔である。
「やはり私はここで死ぬような人間ではなかったということだ……」
自分に言い聞かせるように呟く。
いつのまにかシャンデリアは止まっていた。

       

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