Neetel Inside ニートノベル
表紙

どぶゲボ!!〜我慢汁馬路吉のオブツ道〜
「卑怯」の才能

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1.
 授業終了のチャイムで、いつも吐きそうになる。

 自由な時間にどこに行ったらわからない。コンビニに行けばいいのか、本屋に行けばいいのか、まっすぐ家に帰ればいいのか、誰も正解を教えてくれない。

 ただ、オレは高校の制服を着て自転車にのるとすぐにオナニーしたくなる。人より太っているから制服が股間を必要以上に締め付けてきてペダルを漕ぐとやたらこすれる。だからたいていは即効帰ったらシャワーを浴びながらオナニーする。友達がいないから、オレはたいていいつもシャワーを浴びながらオナニーする。
 オレのオナニーは皮オナだからシャワーと相性がいい。洗わないでこするとチンカスが手について死ぬほど臭くなる。そんな手で一日すごすと、筆箱の中まで臭くなる。
 そうなると、まるで自分がチンカスのカタマリニンゲンみたいに思えてくる。だからオレはいつもシャワーを浴びながら皮オナする。ついでに鏡もちょっと洗ったりする。それがオレの人生の楽しみだった。

 オレは友達がいないからどーでもいいことで悩んだりすると出口がなくなる。考えが煮詰まったりするとやばい。これをメルトダウンと呼ぶ。例えばクラスの女子が3人でオレに話しかけてきたりするとメルトダウンする。3人がお互いに目を見合わせながら笑ったりされるときつい。あとサッカー部の先輩と廊下ですれ違うときもメルトダウンする。そうなると目が点になってべとべとの汗が出てフリーズする。オレはとりあえず自分の机に戻って伏せて、呼吸を整える。すると鼻息でメガネが曇る。オレはそうやって隅っこを生きるべき人間だという自覚があった。そこはかなり居心地がよかった。
 クズにはクズの、そういう生活があるのだ。


 でもときどき、メルトダウンが連続して起こっていろんなことを考えて考えて考えすぎると、一瞬だけちょっと自分が浮き上がって自分を外から見ているような気持ちになることがある。
 そういうときはオレとか周りの人間が全部、死んでるのか生きてるのかとかよくわからなくなる。周りの人間が冷蔵庫とかジュースの自販機みたいになるのを感じる。でもオレは実は思っているんだけど、人間なんて本当は冷蔵庫とか自動販売機とほとんど似たようなものなのだ。


 いちばん最近でメルトダウンしたのは、マラ宮とタイマンしたときだ。

     

2.
 マラ宮は同級生の茶髪の不良だ。いつもはズリ夫とかチン坊とかと一緒にいる。マラ宮はこのあたりではかなり怖がられていた不良だった。みんなはクラスでマラ宮が暴れても何も文句は言わなかった。言おうものならマラ宮はすぐにキレて大声で殴りかかってきたし、背も高くて怖い知り合いも多かった。あんまりひどいときは大暴れするマラ宮を止めるために警察が来たこともある。だからみんな少しくらいなら金を取られたりしてもどっちもいいふりをするのだ。
 けれど、べつにオレはマラ宮のことは本当にどっちでもいい感じだった。

 どっちでもいいというのは、例えばマラ宮とオレの関係性をお互いに書いて下さいと例えば言われたとして、オレがマラ宮のことを「同級生」と書いたとして、マラ宮がオレのことを「ゴミ」と書いたとして、そうだったとしても別にどっちでもいいと思えることだ。オレはマラ宮から何を言われてもやり過ごすことに決めていた。

 でも、やっぱりマラ宮にはしょっちゅう馬鹿にされ、いやな事をされた。そういうことはすごくいつまでも覚えている。
 いつも下校の時間になると体育館裏にある自転車置き場へオレは即降りする。そのための最短距離をオレは最高速度で移動する。
 ある日、偶然オレが椅子から立ち上がった瞬間にマラ宮がズリ夫たちを誘いに教室に入ってきて、オレを見つけてこう言ったのだ。
「おい、スターシップが動いたからお前ら補給できなくね」
 と、それを聞いたズリ夫たちは爆笑した。それを見てマラ宮は余計にむちゃくちゃに大声で笑って、
「あいつ絶対いまから惑星ゼーベス直行」と言った。
 オレはそれを聞こえてない振りをしてそのまま教室を出ようとしたら、マラ宮が「おい!馬路吉!」と、オレを呼び止めた。自分のことでなにか言われたから心臓がまじでドキドキした。マラ宮は笑いながら、
「≪わたくし馬路吉は、今から惑星ゼーベス直行させていただきます≫って言えよ」と、オレに言った。その時は全く意味がわからなかったのだけれど、そいつらはオレのことを言っていたのだと後でわかった。オレがいつも机の上で伏せているのを正面から見たときにメトロイドのスターシップみたいに見えるのを笑ったのだ。オレはそれをネットにある匿名の学校掲示板で知った。

 オレはそれを無理やり復唱させられて、逃げるようにして教室を出た。笑い声は階段を下りてもまだしばらく聞こえた。


 オレはそれでもまだオレの中でどっちでもいい感じだった。いままでにちょっと自分のことを言われるのはあったことだから、まだどっちもでいいと思えた。
 でもマラ宮とオレは結局は最後に≪屋上タイマン≫することになった。

     

3.
 その前に、ラムリエの話をする。

 ラムリエとはランジェリーソムリエの略で、要は下着フェチのことだ。インターネットにはラムリエが集まる会員制のサイトがある。そこではオレはジェネシスと呼ばれている。これもランジェリー・ネクスト・システムの略。オレがチャットに入ると、誰もがあいさつをする。そこがオレのいちばんの居場所だった。
 オレは女ものの下着が好きだ。それもできるだけ外して時間の経っていないものが好きだった。世の中には下着なんて何が楽しいんだという奴もいると思う。でもそいつらはちょっと感性が弱いとオレは思う。時として下着はアートになる。
 オレは高校の女子の下着をデジカメに納めてはそのサイトにアップロードし続けた。そうしておれはランスパート、ランバイザーの称号を最速で駆けあがり、人気投票で一位をとってラムリエになった。ラムリエとは誰もが努力すればなれるようなものではない。環境と、それを支える圧倒的な運がいる。

 クズの世界にはクズの救世主がいるものだ。

 事件が起こったのは、先月ラムリエの定期発表会に出す写真に、作品の構成上どうしてもワコールの新作を上下で写真に収める必要があったからだ。
 ワコールの下着というと、わりと一般的には購買層は二十代後半から上の年代をターゲットにしているイメージがある。しかしちゃんとジュニアブラもいいものを出している。オレはそれをどうしても作品集にまとめて発信したかった。
 オレは学校中を駆けずり回って透けブラを追い続け、水泳部のキサラギがワコールの新作を身に着けていると踏んだ。新しく大学生の彼氏ができたらしく、そいつに見せるために買ったのだろう。透けブラを三度確認し、この春にワコールから出たばかりの「ウンナナクール FUN FUN WEEK ノンワイヤーブラ 」のサイズ2であることをついに確信した。前中心をUカーブで浅めのラインにしてあるのだろう。ワイヤーがないのに胸をしっかりと立体的に見せてくるあたり、ワコールこだわりの仕事を感じる。おれはこれを作品の中心に据えることに決めた。

 その日、オレはあせっていた。ジェネシスとしてのプライドが逆にオレを責めたてたのかもしれない。
 ディフェンス配置はレッドゾーンであるにもかかわらず、オレはわざと授業に遅刻することで、水泳の授業のときだけ女子更衣室になる二階の教室へもぐりこんだ。

 時間としては、20秒から30秒のつもりだった。まっすぐに制服に駆け寄り、ブラとショーツを机に並べてデジカメで写真を撮る。それだけのはずだった。
 しかしオレが次に気がついたとき、おれはすでに上半身裸でブラを身に着けていた。十数分前までそこにあったキサラギのぬくもりを確かに肌に感じた。それどころか見た目ではわからなかったが、脇から前中心にかけて内蔵されたパワーネットパネルの脇寄せ効果で、なんかものすごく励まされてる感じがする。おれはブラ一枚つけた上半身の上から直に学ランを着てみた。そうすることが至極自然であるような気がしたからだ。白地に赤と青で描かれたガーリーなデザインのブラと無骨な学ラン、出会うはずのない二つがいまここに同時に存在する恍惚感をうっとりとオレが感じていると、突然、誰かが一階から階段を上がってくる物音がした。
 オレは一瞬の判断でショーツだけ戻すと、男子更衣室になっている隣の教室へ音速平行移動し、ズボンを脱いでテーブルに載せて水着に着替える振りをした。

 すると、その教室へ入ってきたのがマラ宮だったのだ。

     

4.
「あ?お前・・・」と、マラ宮はオレを見つけて言う。おそらくこいつは普通に遅刻してきたクチだろう。冷静にやり過ごせばいい、と思った次の瞬間、
「お前、なにしてんだよ、どけよ」と、マラ宮はオレに急に半ギレで言ったのだ。

 え、とオレは慌てた。辺りを見回して、そして気がつく。いま脱いだズボンを置いたところが、偶然マラ宮の机だったのだ。
「ぁぇ、ぁぉ」と、オレは何か言おうと思うが焦って舌がうまく回らない。それをみたマラ宮は余計に怒って、
「どけっつってんだろ、何だよお前!?」と怒鳴る。オレは慌てて席を譲ろうとズボンに手を掛ける。
 が、その瞬間、学ランの背中のところでなにかピッ、と外れたような音がした。
 背中に走る違和感で、オレは全身の血の気が引いた。無理やり身につけていたブラのホックが外れたのだ。肩紐をつけていなかったから、するりとブラは服の下へ流れていく。オレは反射的に、学ランから足元にブラが落ちないように、グッ、とひじを胸に当てて脇を閉めた。
「あ゛あ゛っ!?」と、その瞬間、マラ宮が般若のような顔になって叫ぶ。
「お前、何≪ファイティングポーズとって≫んだよゴラァッ!!」
 いや違うこれはファイティングポーズじゃなくてブラが落ちそうなんだ、と弁解したかったが、オレはテンパりすぎて何も言えずに、それどころか握りこぶしを上下に高速で動かしながら、ダンシングフラワーのように体を左右に振ってしまう。

「ああ?……テメェ、マジか!?」と、マラ宮は持っていたかばんを足元に叩きつける。
「≪ダッキングで、お前から殴って来いって誘って≫んのかァッツ!?マジでなめてんのかよ!!?」

「チガウコレハチャウ」とオレは弁解するが、オレの声は完全に怒りの沸点を通り越したマラ宮の耳に入らない。オレは学ランの下に落ちそうなブラだけを身につけながら、下半身はパンツ丸出しで裸足、走って逃げきることもできない。
「上等だよコラやってやんぞ!!!」と、マラ宮は絶叫する。額には青スジを浮かべ、目はこれ以上ないほどに釣りあがっている。マラ宮は握りこぶしを作り顔の高さから全力でオレに振り下ろしてくる。当然オレはそれをよけれずにモロに顔面のど真ん中に食らう。一撃で倒れそうになるが、ここで倒れたらブラが足元に落ちてしまう。そうなったらオレのジェネシスとしての活動は終わり、この世界に残された唯一の居場所がなくなってしまう。オレは必死に踏ん張って体勢を残す。
「ブヒィイイイイィィ、ブヒィイイイイイィィィ」とオレは必死に鼻で呼吸をする。気がつくと両鼻から血が噴き出している。やばい、殺される、殺される、とオレは必死に謝ろうとする。だがなぜかテンパって、オレの口から意味不明の言葉が出る。
「ゴェネシス」
「殺すぞ!!!」と、マラ宮は今度はオレのみぞおち目掛けて前蹴りを突き出す。オレは二度目は堪えきれずにその体勢のまま背中から床に倒れこんでしまう。

「テメェ……!!?」と、マラ宮はオレの様子を見てさらに怒りを増幅させる。
「≪避けないで、なおかつファイティングポーズを取り続けるって、ガチか?≫ガチで、俺に挑んでんのかァッ?」と、マラ宮が言う。
「上等だッツ!!≪屋上タイマン≫やってやんよォオ!!??」
 (いやだからたいまんとかまじできないしかえってぺぷしのんでにこなまみたい)などと混乱した頭で呆然と目を見開くことしかできないオレ。そこに、騒ぎを聞きつけた体育教師の肉山先生がやってくる。
「マラ宮、それに馬路吉、お前ら授業中になにしてんだ!やめろ!」と、肉山はマラ宮を後ろから羽交い絞めにする。こいつが先に喧嘩うってきたんだよ!、などといいながらマラ宮が暴れている隙にオレはズボンをなんとか必死に脇を閉めたまま履いていると、とうとう他のクラスから同級生の野次馬がどんどん集まって、教室を囲んでしまった。
「こらーっ!お前ら、授業が終わってないだろ、教室へ帰れ!」などと数人の先生が後ろの方で叫んでいる。
「お前ら二人、ちょっと職員室へ来い!」と、肉山は叫び、同級生をかきわけてマラ宮とオレを廊下に引っ張り出す。
 オレは混乱の中で、密かに胸をなでおろす。とんでもない騒ぎになってしまったが、ラムリエの活動はばれなかった。このまま脇を閉めたまま、あとで落ち着いてからブラはどっかに捨ててこよう、説教ならいくらでもしてくれ、と、胸をなでおろしていたのもつかの間、

「お前ら喧嘩なんかしやがって、えらく血が出てるじゃないか。二人ともここで学ランを脱げ、凶器かなんかもってないか見せろ!!」
 と、肉山が最悪のタイミング、廊下での身体検査を言い放った。

     

5.
 (馬鹿か、学ランの下にはウンナナクール・ノンワイヤーブラが入ってるんだよ、こんな大勢の前で脱げるか―――)とオレは絶望する。
 ついにラムリエとしての活動は終わりを告げるのか、とオレは思う。いや、学校生活も終わりだ。こんな大観衆の前でブラを公開されるなんて。頭の中を七色のランジェリーが走馬灯になって流れていく。
 いや、もしかしたらこれが本来の自分自身なのかもしれない、などと思ってもみるも、親は泣くだろうな、と現実が頭をよぎる。万が一ブラがごまかせても、ブチギレのマラ宮とタイマンが待っている。生き残っても地獄だ。

 ああ、死のう。それしかない。と、ほとんど決断しかけた次の瞬間。意識がメルトダウンを起こし、時間の流れが穏やかになっていくのを感じた。頭の中で誰かが叫んでいる。聞き覚えのある声がする。

≪吼えろ≫と、奴が叫ぶ。
≪卑劣、狂気、反吐、汚物―――お前にはまだ武器がある≫と、ジェネシスが、オレを呼んでいる。オレを何度も戦場へ導いてきた声。
 クズ同然のオレの中にある、最後のプライドは、まだ闘いたがっている。

「マラ宮ァアアッツ、逃げんのかよおおおォォォオオオ!!」と、オレはほとんど無意識に叫んだ。
「おめえええみてえなゴキブリ野郎の蹴りなんて何発食らってもきかねええええんだよォオォォオオオ!!!」

 次の瞬間、マラ宮は肉山を振り切ってオレにとび蹴りを浴びせる。蹴りと同時にオレは後ろへ跳び、女子更衣室のある教室へ転がり込んだ。
そのままキサラギの机のところまで激しい音を立てながらもんどうりうって、オレは閉めていた脇の力を解放する。学ランの隙間からブラを落とし、衝撃でめちゃくちゃになった教室の女子制服の中に紛れ込ませた。これでブラを放棄して、両手が自由になる。

 オレはマラ宮との距離から蹴りを予測していた。全身にダメージは受けてしまうが、自然に女子更衣室に引き返すには、この方法しかなかった。
 激昂したマラ宮はそこからオレに向かって走って飛び掛ると、馬乗りになる。オレの顔が陥没するまでマウントから滅多打ちにしようとするつもりだろう。オレはその瞬間、鼻の奥から咽喉へ流し込んでいた鼻血をマラ宮の顔めがけて大量に吐き出した。嫌がってのけぞるマラ宮。オレはその隙をついて、マラ宮の右手の指を両手で掴みにいく。マラ宮の薬指が偶然オレの手に引っかかり、オレはそれを離すまいと両手で自分の胸のところに引き寄せ、握りこむ。やった。そしてオレは叫ぶ。

「たあああすけえぇぇぇてえええっぇぇええあぁああっせええええんんんせええええええええええええぇぇええええ」

 ほんの一瞬では、相手の指を握って泣き叫び助けを呼ぶというオレの行動の意図が、マラ宮には理解できなかっただろう。だが次の瞬間、肉山たち教師が後ろから数人がかりで駆け寄ってくるなり、ふたりを引き剥がすためにマラ宮を羽交い絞めにして抱えあげようとする。

 オレはこの瞬間を狙っていた。

 教師はまず無抵抗で泣き叫ぶオレではなく、興奮したマラ宮を先に封じ込めにかかり、一瞬だけ、一対多数、パワーバランスが崩れる瞬間があるはずだと。馬乗りになっていたマラ宮のケツがオレの腹から浮いた瞬間、オレは奴の指を握ったまま、

「こわいよぉおぉおおおおおああああああああぁぁおおぉおおおおお」と泣きじゃくりながら、全力で体重をかけてうつ伏せに寝返りを打った。

 泣き叫んで寝返りを打つという、赤子同然の行動が、攻撃になる。
 マラ宮の薬指の骨が、妙な音を立てて逆に折れた。

       

表紙

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Neetsha