Neetel Inside 文芸新都
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 点数が悪かったらしいナギーに存分に愚痴を聞かされて、休み時間、昼ご飯、午後は終わって、あたしは生物部の部室に向かった。雨が降っているから、外でするはずの部活が廊下で基礎トレーニングをしていて邪魔だった。サッカー、野球、テニス、陸上、思えば色々外でやる部活ってあるものだ。
 部室に入るとそのままソファーに倒れこんだ。持っていた鞄は勢い良く床に投げ出されて、あたしと同じ体勢になる。
 ソファーは煙草臭くて、カビ臭くて、変な臭いがする。部屋干ししたバスタオルを濡らしたような臭い。飛び込んだ勢いでスカートが捲りあがってパンツが丸見えになっているけれど、あたし以外誰も居ない部屋だから気にしない。
 飛び込んだ勢いで顔をソファーに擦り付けて、グロスが取れた唇の皮を逆立てる。真ん中から少し飛び出た皮を削り取って、剥ぎ取る。少しだけ捲れあがった皮はあたしを誘う。おにぎりの①の縦線みたいに、ポッキーのオープンの入り口みたいに、マジックカットではなくて、入り口があるの。どこからでも切れるなんて逆に自由を失わせるみたいで気持ち悪い。
 ソファーの上にあたしの唇の皮が剥ぎ落ちて、気持ち悪いから床に落とした。消しゴムのカスと同じ、剥ぎ落ちたらもう不要物。
 
 廊下からどこかの部活の声が聞こえる。いちにいさんし、にいにいさんし、さんにっさんし。
 何もかもが嫌でイヤホンをして、最大限のボリュームにして音楽を聞いた。耳が取れてしまいそうだったけれど、少ししたら慣れた。



 次の日はナギーはご機嫌だった。部活で良いことがあったらしい。適当に聞き流して、あたしは笑っていた。その日はテスト返還はなく、あたしは一人胸を撫で下ろした。一人じゃないのかもしれない、クラスの大半はテストが返って来ることに恐怖を感じているのかもしれない。
 ヒエギ先生の授業はもうテストも返してしまったから、普通に進んだ。廊下を見つめながら授業を聞く。少しだけ予習する習慣が生まれて、わからない単語と熟語だけ調べてある。完全に和訳なんかはしていないけれど。
 次々と生徒が当たっていく。次はあたしの番だ。
「じゃあ次の段落、若林さん、和訳して下さい」
「はい。彼女は顔を真っ赤にした。とたんに彼女は持っていた黒板を振り上げ、彼の頭をめがけて振り下ろした。その瞬間に、大きな音が響き、彼の頭の上で黒板が粉々になった。彼の一言で彼女は理性を失った。先生の、何をしているのですかアンという声が響いた。彼女は真っ赤な顔で彼を見つめていた」
「はい、結構です。一つだけ言うならば、彼の頭の上で、ってところですね。uponやonといった接続詞は難しいですよね、ここは間違い易いので皆さん気を付けましょうね」
 そう言ってヒエギ先生は黒板に図を書き出した。間違い易いのでって。何だそれ。
 今まであたしが間違ったら鼻で笑ってたくせに何だよこの態度。たまたま間違い易いのにあたしが当たったのか。いや、絶対違う。この女はテストの成績であたしへの態度を豹変させたんだ、絶対。何だこいつマジで。
 あたしが睨んでいるのを気にも留めず、ヒエギ先生は嬉々として黒板の図の説明をしていた。バカらしくてあたしはノートを見つめて、下を向いていた。

 ヒエギ先生の授業が終わって、昼休みになって、あたしはナギーと食堂に向かおうと弁当を掴んだ。
「ごめーん、マイちん。今日バレー部の子と一緒に食べるって約束しちゃった。ごめんね」
 ナギーはあたしに手を合わせてそう言うと弁当を掴んで走って教室から出て行った。
 あたしは弁当を掴んだまま固まった。
 ちょっと待ってくれよ。
 じゃああたしは今日一人で食べろってことなの?あたしが気を利かせてあんたと食ってやってたんだよ?あたしがどれだけ我慢してあんたがクラスから孤立するのを防いでたと思ってんだよ。何だそれ。
 あたしはそのまま弁当を持って部室に入った。埃っぽい部室は、何も言わず、あたしを受け入れてくれた。
 その時気付いた、ああ、弁当を一緒に食べるのを逃げるって手段をあるんだってことに。
 あたしは笑いながら弁当を食べた。酷く美味しく感じて、涙が出て来た。今日は色々重なって、記念すべき日だ。独立記念日だ。インディペンデンスディだ。

 それからあたしはナギーを避け続けた。逃げ通した。もうナギーに対する同情や憐憫の気持ちは生まれてこなかった。存外あたしは極悪非道なのだ。自分が一番大事なのだ。
 あたしはクラスで一人になった。ナギーはクラスで二番目の地位にあるグループの下っ端的な地位になった。そして、あたしの高校生活の立ち居地がようやく決まって、あたしのピーラーは少なくなった。
 期末試験でもあたしはそこそこの点数を取り、その後は花音達の打ち上げに参加して結構楽しい時間を過ごし、夏休みがあたしを迎えた。

       

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