Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 急に勢いを無くして立花君はピアノに顔を向けた。怪訝な顔をしていると、立花君がゆっくりと低めにエリーゼのためにの主旋律を弾いた。片手だけの演奏が終わって、立花君が大きく息を吐く。
「こんな気持ち。うん、凄いねベートーヴェンは。僕は作曲あまり得意じゃないけど。あ、あの、変な事してごめん」
「ううん、変な事、ではないけどさ。あたし達付き合ってないじゃん」
 雰囲気で付き合うとかあるのだろうけれど、あたしはこの男と手も繋いでいないし、何か積極的なスキンシップがあったわけでもないし、ましてセックスしたわけでもない。二人きりで帰った事が数回、こうして家に呼ばれて来たのが初めて、それでキスをされたら堪ったものではない。
 立花君はあたしから目を反らすと、あたしも同じ様にピアノ側に目を向けた。部屋は変わりなく綺麗でクーラーの音と空気清浄機の音しか聞こえない。
「そういえば今日眼鏡だね」
「う、うん、家では眼鏡なんだ。あ、えっと……付き合う?」
「え?」
 会話がどうもままならない。はっきり言ってあたしは立花君をそういう目、つまりは恋愛対象として見た事がない。こう数日二人きりで居ると普通は好きになるものなのか、それともこの人は最初からあたしが好きだったのか。仲良くなったら好きになられるのか、手軽に済ませていそうでウザイ思考回路だ。
 あたしが首を傾げていると、立花君は小声で僕は若林さんと一緒に居て楽しいよと言った。
「うん、あたしも楽しいよ」
「若林さんは僕の事は好きじゃない?」
「好きじゃなくはないよ?」
「じゃあ好き?」
 首を傾げながら好き、と疑問符が付いたような状態で立花君に返事をした。何だこの誘導尋問は。立花君はようやくこちらを向いて、僕も好きだよと言った。震えた手で立花君が眼鏡の縁を押し上げて、何故か頷いた。
 ちょっと意味がわからない、何故あたしが先に告白したみたいになっているのか。何がどうなったのか。立花君が椅子から立ち上がって、あたしの後ろから手を重ねてきた。震えていながら、きちんとした手取りであたしの指を鍵盤の上に誘導する。
「何、弾くの?」
「エリーゼのためにをもっと長く。僕が上から押すから合わせて。ゆっくり行くからね」
 指を上から押されて、一音一音弾かされる。知っている主旋律の部分を越えて少し難しい箇所に入る。ぼんやりと押された音を覚えて、三回目くらいで少し覚えて、自分一人で弾けるようになった。一人でその後何度か練習して覚えきる。
「良い?じゃあ連弾しようか」
「連弾?」
「さっきみたいにお互いに弾いて一曲作り上げる事、要領は一緒だよ。僕が左側弾くね」
 流されるままに右手を動かす。立花君が左手を聞いて曲が完成する。私の速度に合わせて立花君が弾いてくれて、連弾という物が出来上がる。
「曲っぽくなった」
「うん、曲っぽいね」
 あたしが笑うと立花君も笑って肩を掴んでキスをしてきた。何度かキスをされて、なされるがままに受け入れる。
 その後二人であたしの持ってきた温くなってしまったゼリーを食べて、立花君の部屋に案内されて何故か幾つか小説とCDを借りて帰ることになった。立花君の部屋は小説とCDと漫画と楽譜で溢れていて、息が詰まるような場所だった。広い部屋なのに、それ以上に情報量が飽和してしまいそうな場所だ。こんな場所で眠れる神経がわからなかった。ただベッドは広くて、寝てみたいと思った。
 


 駅から出た帰り道にお兄ちゃんの車が止まっていた。顔を顰めて横を通り抜けると、運転席からお兄ちゃんが出てきた。スーツ姿で髪の毛を撫で付けたおっさんとしか見れなかったけれど、お兄ちゃんの姿を見るのは久しぶりだ。
「舞、久しぶり」
「うん」
 短い会話をして、お兄ちゃんに誘導されて助手席に乗る。今日のあたしは人になされるがままだ。立花君に流されてキスされて付き合うような事になって、ピアノを弾かされて変な小説とCDを預けられて、お兄ちゃんに車に乗せられて。鞄が重いのは借り物のせいだ。
 走り出した車の中でお兄ちゃんと視線を合わせないように窓の外を見る。街路樹が流れていく。数時間ぶりに鞄の中から煙草を取り出して火をつけた。煙を吐き出して、車内の空気を変える。
「どうしてメール返してくれなくなったの?」
 信号で車が止まるとお兄ちゃんはこちらを覗き込むようにして声を発した。煙をその顔にかけるようにしながら、別に、と言った。
 信号が青になって車が進むとどんどん山側に行った。人気の少ない山の上にある大きな公園の駐車場に車を止められる。土日は子供連れで混む場所で、田舎の娯楽施設の一つだが平日はほとんど人が居ない。ランニングしている人をちらほら見かける程度だ。
 煙草が丁度無くなって備え付けの灰皿に捨てた。お兄ちゃんは身体をこちら側に寄せてきた。
「何、結構怖いんだけど」
「彼女じゃなくてもやり友とかは無理なの?」
 お兄ちゃんはとんでもない台詞を吐きながらあたしのブラウスのボタンを外した。ボタンに気を取られているうちにリクライニングを倒されて、背中と後頭部を軽く打ちつける。お兄ちゃんの口が胸元に落ちてきた。
「やり友って友達?」
「セフレって言った方がいいのかな?」
「性欲持て余してんの?」
「結構。舞は?」
「…………ふふっ、あたしも」
 鼻で笑ってお兄ちゃんの首に腕を回した。お兄ちゃんが顔を上げてキスをしてきた。久しぶりの刺激に腰が動きそうになる。
 お兄ちゃんは跡を付けたりしないので、特に注意をする事なく行為が続いていく。跡を付けるななんて忠告をして無駄に刺激する必要は無いだろう。久しぶりに胸を弄られて、膣内に指なんて異物を入れられて、揺すられて声を上げる。車内にあたしの声と水音が響く。
「っ、あっ、ぅ、ぁ……あっ」
「すっげ濡れる。シート汚れそう」
 笑うお兄ちゃんの腕に爪を立てた。指を抜き差しされるのに合わせて自分の腰も動かして軽く達する。気持ちが良い、久しぶりの快感に身体が震える。
 そのまま突っ込んで来ようとしたお兄ちゃんの姿に急に浮気現場の光景を思い出して、ゴムを着けるように頼んだ。薄い膜一枚でも気持ち悪さは収まる、あたしの身体はかなりの愚鈍のようだ。お兄ちゃんは少し顔を顰めながらもゴムを着けてあたしの中に侵入してきた。結構濡れていたが、広げられる感覚が痛い。大きく身体が震えてお兄ちゃんを受け入れる。
 二人で荒い呼吸を繰り返してお兄ちゃんの動きが止まって、圧し掛かってきた。膣に力を入れると中の物が無くなったようだったから、あたしも大きく息を吐く。重いが、お兄ちゃんが退いてくれないので大人しくしている。
「退いてよ」
「舞ちゃん冷たいなー」
 軽口を叩きながらお兄ちゃんは身体を起こしてゴムを持って引き抜く。ずるりと精液の入った袋が引きずり出されて、お兄ちゃんが運転席側に戻っていった。運転席と助手席の間に置いてあるティッシュに手を伸ばして身体を拭く。クーラーのかかった室内でも暑くて、身体を起こしてエアコンの温度を一気に下げた。
 お兄ちゃんも後処理を終えたようで、行こうか、と言って車を走らせ出した。駐車場を出るまでの間に煙草を咥えて火を点ける姿を見て、あたしもリクライニングを起こして煙草に火を点けた。二人とも窓を少しだけ開ける。
 あたしの家の近くまで来たからふと煙草の火を消して灰皿に入れる。ずっと無言だったお兄ちゃんが口を開いた。
「舞は、実年齢から十歳以上大人びているよなー。さばさばしてて良いな」
「は?」
 誰と比べて言っているんだ、と一気に不快感がこみ上げてきてお兄ちゃんの横顔を見た。あたしの声のトーンに気付かないお兄ちゃんは前を向いたままだった。
 酷く、軽んじられているように感じた。何故かはわからない、ただ、あたしはこの人の褒めているように見せかけて鍍金だらけの言葉に腹が立った。やり友という立ち位置がお似合いだとでも言いたいのか、あたしには何を言ってもセックスはさせてくれるとでも思っているのか。丁度ここで引きずり下ろされても家に帰れる、というのも引き金となったのだろう。
「お兄ちゃんはあたしの事キープか何かだと思っているの?あたしそんな安い女じゃないよ、やり友とかガチでキモい。もう二度とやったりしないから、今日が最後だから。もう下ろして」
 睨みながらお兄ちゃんに言葉を返すとお兄ちゃんはこちらを見て目を見開いた。舌打ちをしてハザードランプを押す。早く、と言うとお兄ちゃんは言われるがままに路肩に車を止めた。
 鞄を持ってさっさとドアを開ける。お兄ちゃんがあたしの腕を掴んだ。
「何?」
「いや、えっと……何か悪い事したみたいで謝る」
「いいよ、離して。じゃあね、平戸さん」
「舞……」
「ちっ、叫ぼうか?あたし女子高生だからあんた社会的に死ぬよ?」
 瞬時に離された腕でドアを閉めて、振り向かずにあたしは歩き出した。今のあたしはあんたに頼らなくたって生きていける、と足を踏みしめた。   

       

表紙
Tweet

Neetsha