Neetel Inside 文芸新都
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「これ、このアルバムが良かったよ、あたしボーナストラックが一番好きかも」
「ああ、僕もその曲好きだよ」
 借りたアルバムを全部聞いて、小説を全部読んで、こんなにも人の好みとは合わないものかと思った。五枚借りた内三枚が何故良いのかわからない音楽で、一つはずっとインストで退屈だったし、もう二つは全部変わり映えのしない音楽で良さがわからなかった。残り二つは何とか良いと思える曲が幾つか入っていて、それを言っておいた。小説もあたしが苦手な気持ち悪い描写やカッコつけたような描写が続く物で、微妙だった。芥川賞や純文学系の小説で、一つはあまりにグロテスクな描写で吐き気がした。自分だったら絶対に選ばない物が多かった。
 一つ一つ面倒な感想は言わなかったが、自分の中でも良いと思えるものだけ喋って、立花君が反応するのを見ていた。
 あの後、一緒に昼食を食べる機会が何度かあって、今日の昼食時にアルバムと小説を返した。一緒に食べる時は目の前で栄養補助食品のゼリーを食べるわけにはいかないので、簡易な弁当を作っている。それを見て立花君は舞ちゃんは小食だねと笑った。あのキスをされた日からあたしは舞ちゃんと呼ばれるようになって、あたしも誠治君と呼ぶようにした。
 今日も一緒に食べると決まっていたのでサンドイッチを作って食べている。立花君は綺麗な弁当を食べていて、比較的大きな弁当箱には色取り取りのおかずが並んでいた。あたしはとりあえず家の奥に仕舞ってあったランチボックスにサンドイッチを入れてきたが、あまり彩りなんかは意識していないので単色だ。
「舞ちゃんのそれ、手作りの?」
「一応。サンドイッチだったら簡単に出来るよ」
「え、自分で作っているの?」
「うん、家でご飯作るのはあたしの役目だし」
 空いている自分達の教室に二人で机を合わせて座って、ご飯を食べながら顔を上げて頷く。サンドイッチなんか一番くらいに簡単な弁当だ。前日にパンに具材を挟んで重を乗せておけばいいだけだ。夏はちょっと食中毒が怖いけれど、幸いにもあたしの部室には冷蔵庫があるからその心配は無い。
 立花君は手を伸ばしてあたしのサンドイッチを一つ掴んだ。
「一個貰ってもいい?」
 掴んでおきながら何を言っているんだろうと思いながら、もう一度頷いた。サランラップに包まれたそれを開いて、口をつけるのを見る。ハムサンドとポテサラサンドと卵サンドの三種類を順番に食べていたのに、立花君の介入のせいで卵が一つ無くなってしまった。クソ、卵は簡単だけど一番好きなのに。
 二口ほど食べて、凄く美味しいねと立花君は笑った。あたしもそれにつられて一応笑う、褒められた事自体は嬉しかった。
「マヨネーズなのに重くないっていうか、ちょっとピリっとしてるのが良いな。単純に卵だけじゃないんだね、胡瓜入っている?舞ちゃん料理上手いね」
「全然!うん、胡瓜刻んで入れてるよ、歯応えが良いから。ピリっとしてるのは胡椒、マヨネーズに胡椒混ぜてあるの。重くないのはあれかな、あたし油っぽいの好きじゃないからパンにバター塗らないせいかな」
「舞ちゃんは料理が好きなんだね」
 は、と首を傾げる。ふふっと笑われて意味がわからないと眉間に皺を寄せる。
「自分から結構喋ってきたから。舞ちゃんの好きな物って本以外よくわからなかったんだけど料理だったんだなーって思って。ほら、よく僕に話合わせてくれるでしょ?」
 いかにも自分はわかっていましたといった風なのがイラつくし、あたしはそこまで料理なんか好きでも無い。必要に迫られたから作っているだけで栄養なんかゼリーで補給すればいいって考えの持ち主で舌打ちをしたくなったが、抑えて笑顔を見せた。まだ付き合いだして初期の段階だ、お互い分かり合えない部分なんていっぱいあるだろう。今の時点で全然分かり合えていないが、特にあたしが。
 笑いながら、そうなのと言うと立花君が今度何か作ってと笑う。
「えーだって誠治君マジ綺麗なお弁当持ってきてるじゃん。作ってって言われても気後れしちゃうよー」
「いやいや、じゃあ今度舞ちゃんの家行ってもいい?そこでお昼作ってよ」
「え……」
 それはちょっとと口篭る。家なんてあたしの中の聖域だ。他人に土足で踏み込まれたくない。言えば立花君を部室にも屋上にもあたしが学校の中で作っている逃避場所には踏み込ませていない、それを急に家と言われても困る。
 立花君は顔を赤くして、あ、ごめんねとどもりながら喋ってきた。二人で黙ってしまう事になって、教室には運動部の掛け声みたいのが響く。この教室でさえ暑いのに、炎天下の中よくやると思う。
「あの、家祖父母が常に居て、それでご飯作るってのはちょっと……」
「あ、そっか、そっか!家とは違うもんね、ごめん同じ感覚で喋っちゃって」
「ううん、こっちこそ何かごめん。サンドイッチくらいならいくらでも作って来れるからそれで良かったら誠治君の分も作ってくるよ」
「だったらさ、今度どっか行こうよ。ハイキングとかピクニック?どこかお弁当持って行こう。その時作ってきてよ」
「うん!ピクニックとか楽しそう!」
 二人で携帯を持ち出して良さそうな場所を検索する。学校からもう少し先まで電車に乗って、その駅から少し歩いた所に大きな広場があるらしく夏の間に向日葵迷路なんかもやっている事を知った。


 それから二人で色々とデートに出かけた。例の大きな広場、遊園地、隣県の大型アウトレット、映画館、美術館。彼の家にもあの後も数回行った。何度かお弁当を作ってあげると喜んで貰えた。
 立花君と合わない部分も合わせられるようになってきたが、彼の少し中二病めいたカッコつけた物言いは好きじゃなかった。親しくなればなるほど気を許しているのか、変な単語が飛び交った。ハイポサラマス、皮膚を削り取って生まれたような湿疹。前者は視床下部の事で、後者は好きな小説で出てきた表現らしい。鳥肌が立ちそうになるのを抑えながら凄いねと褒めておいた。少しずつではあるが、あたしも染まってきたようだ。
 その日は久しぶりに立花君の家にお邪魔した。あたしが東京事変が好きだと知ると、ライブDVDを持っているからと家に呼ばれた。特に断る理由も無かったのでまた手土産片手に立花君の家に入った。今日は私服だ。薄手のレースシャツの下は黒とピンクのキャミ、ボトムはデニショーで、一応くるぶしソックスは履いてきた。
 立花君の部屋は相変わらず色々な物で溢れていて、どこで見るのだろうと思っていると、彼が白いカーテンを閉めた。その後に部屋を出て行って、小さな機械を持ってきた。それが部屋の真ん中辺りに置かれた。
「これどこでも映せるんだよ、持ち運べるし」 
「え、映写機って事?カーテンに映るの?」
「うん、僕の部屋どこも映す場所無いからね。リビングにスクリーンあるんだけど、もしかしたら弟が帰ってくるかもしれないから鉢合わせは気まずいでしょ。一応遮光カーテンだからそこそこ綺麗に映るよ」
 カーテンの上に映像が現れる。あたしと立花君はカーテンの前の床に腰を下ろした。ついに本編であるライブが始まって綺麗な映像が流れた。必死にカーテンの皺を伸ばすように閉められているが、多少皺は残っていてそこは見辛いが、大きなスクリーンに映されているみたいで見応えは十分だった。二人の間に置いたあたしのお土産の羊羹と麦茶に時々手を出しながら、ライブを見た。映像で見る事変は大掛かりで神秘的で綺麗だった。
 特に会話も無く映像を見ていると、ぼんやりと床に置いていた手の上に手を重ねられた。一度隣を見たが立花君がこちらを見ることは無かったのでそのままにしておく。何度かお茶を取るためか離されたりしたが用事が終わるとすぐに元通り重ねられ、手が重なったままライブはアンコールを迎えた。
 あたしは重ねられた手と反対の手でピーラーをしながら見ていた。薬指で親指の皮に触れたり、親指で中指の皮に触れたりする。人様の家で皮を落とすわけにはいかないので軽く逆剥けを毛羽立たせる程度だ。アンコールが終わると立花君が話しかけてきた。
「舞ちゃん、さくらんって映画見たことある?」
「ううん。名前は知ってるよ、あれでしょ安野モヨコのやつ。昔のじゃない?あたし漫画は読んだよ」
「そっかー。蜷川監督の作品で主題歌なんかが椎名林檎なんだよ」
「そうなんだー。それが何?」
「それもDVDあるけど見る?内容知っているなら微妙かも。でも丁度良い、僕なりの見方あるんだ、それをやらない?」
 立花君が立ち上がって、DVDの棚を探りながら喋ってきたので適当にいいよーと返事をする。蜷川という言葉にせーら様を思い出してちょっと眉を顰めたくなった。別にどうってことの無い事なのだが、やはり高校当初のグループは思う所がある。あたし自身が喧嘩別れしたわけじゃないし、険悪なわけではないが。
 数時間座り続けていて腰と尻が痛い。デニショーは生地が薄くてあまり尻を守ってくれないし、貰った座布団も夏のせいか、い草仕様で弾力性に欠けた。断ってトイレに向かって、便器にもう剥ぎ落ちそうな皮を削り落としてきた。帰ってくるともうDVDの準備はされていて、立花君も僕もトイレと言って出て行った。適当に麦茶を飲みながら腰の辺りを揉む。
 これがベッドの上だったら良かったのにと何気にベッドに座ってみた。広いそこに上半身を倒すとふわっとした布団に包まれたのと同時に立花君の匂いがした。うっ、と反応してすぐに身体を起こす。嫌いな匂いではないが好きな匂いでもない。そこに立花君が帰ってきた。
「え、あれ……」
「ごめんねー、ちょっと座ってみただけなの。同じ体勢で居ると腰ちょー痛くって」
「あ、うん、そう、だね。ベッドで見ようか」
 ん、どうやって?と首を傾げていると返事は無く、立花君は映画を再生させた。そしてリモコンで消音設定にする。ただただ映像が流れているところにCDを幾つか入れたミニコンポから音楽が再生された。
 立花君の動向を見ていると、あたしの横に腰掛けてきた。そのまま後ろに下がってあたしを背中から抱きしめた。
「うぉ!?」
「ふふっ、舞ちゃん凄い声。……こうやって見よう。さっき言ってた好きな見方、さくらんは僕的に映画としては微妙だけど映像はとても優美なんだ、だから音消して椎名林檎のアルバムかける。極上の映像作品になるよ」
「へ、へぇ……」
 抱きしめられたままカーテンの方に向きを動かさせられて、体育座りのような形で後ろに立花君がいる。肩元に立花君の顔があって息が首にかかってくすぐったい。暑苦しいなぁと思いながら立花君が少し腰を引いているのがわかって、笑いを噛み殺した。

       

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