Neetel Inside 文芸新都
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 高校の入学式にあたしはとんでもないミスを犯して、指定ブレザーの下に指定のベストを着て来てしまった。ベストが毛糸か何かだったら良かったのだけど、ポリエステル製のものなんかだったものだから、おっさんみたいな着こなしになってしまった。そのままブレザーのボタンを外さずに居れば良かった。けれど、あたしはパンパンに着膨れしている自分が馬鹿らしくて、笑えてきて、ボタンを外して歩いた。
 だって今朝一時間もかけて支度をしてきたんだ。自分なりに頑張ったんだ。入学式でやりすぎかなとか悩みながら高校デビューを頑張ったんだ。それがホント馬鹿みたいなベストの失敗のせいでブレザーがパンパンに見える。
 何だか全てに気を使っておいて、馬鹿みたいに人がしないような失敗をしている自分に笑えてきた。入学式は我慢していたけれど、退場をして、教室に行く間に前ボタンを全て外した。教室に戻って自分の席に座ると、周りが少しこちらを見ている気がした。そこで友達を作らなきゃいけなかったことを忘れていて、焦った。こんな浮いている格好をしている子を仲間に入れてくれる人は居るのか。
「ねぇ、それマジカッコ良い着こなしっぽくない?」
「へ?」
「思った思った、ちょーカッコ良いよ、雑誌載ってたの?」
「いや、あの、間違っちゃって……あはは……」
「あはは、ガチでー!!すっげー!!」
 机に座っていたら女の子二人に話しかけられた。それがナギーとセーラ様だった。その時は、長月さんと、蜷川さんだった。第一印象は活発な子と口が悪いギャルっぽいなと思った。仲の良い二人は中学からの知り合いかと思ったら、今さっき知り合ったばかりらしい。
 三人で喋っていたら、前の席のよっしーと花音が混じってきて、今のグループが完成した。その時は吉田さんと高峰さんだったけれど。あたしはあまり大人数のグループで一緒に行動したことは無かったから、その時は高校デビューと脳内で盛り上がったものだ。


 それがぬか喜びだと発覚したのはその次の日だった。随分早いもので、大変な一日天下だった。明智もびっくりするかもしれない。明智は明智なりに覚悟していたのだろうけれど、あたしは無能故に覚悟が無かったからびっくりというより後悔しかなかった。人は自分の身の丈以上や、得意領域外に出るってストレスフル極まりないってことを悟った。
「マイちんの隣に居る原田さ、すっごい油っぽくない?顔光ってんだけどー」
「思ったーーー!!!ガチキモい!!」
「あれじゃない、牛脂?みたいな?」
「牛脂って牛脂に失礼だよー!」
「牛脂に失礼ってーーー!!あはははーーー!!」
 誰だよ原田って。そう思いながら突っ込んで、大声で笑った。何、この人達。ああ、この人達、人にあだ名付けたり噂話したりするのが大好きなんだ。しかも悪口ばかり。最悪だ、最悪。あたしの一番苦手なタイプだ。だってあたしは人に興味が無いんだもの。
 それでもあたしなりに合わせたのだ。あだ名が出てきても誰とは聞かず、皆の会話に外れないように笑っておいて。それがさらに面倒くさくなるのは数週間後なのだけれど、この現状が最悪だとあたしは思っていた。

 担任のヒエギ先生がやっている英語は予習をしていないあたしには全然わからない授業だった。ヒエギって変な漢字だった気がするのだが覚えていない。身長が高くて少しふっくらしたモデルみたいな体型の女の先生だ。何となく女の先生って好きじゃない。
 ぼんやりと黒板に書いてある字をノートに模写する。英語は高校に入ると新しい単語も文法も倍以上に一授業で出てくるようになって、あたしは予習をしないばかりに付いて行けなくなった。
 廊下側の窓に近くて一番後ろのあたしの席は、ぼんやりしていても先生にはばれないはずだ。しかも誰にも見られにくいから、あたしはがつがつと逆向けを毟った。親指、薬指、人差し指。カチカチと硬い皮の音がする。
 窓から少し涼しい風が送られる。でも、グラウンド側の景色を眺められる席の方が羨ましい。内窓で、廊下を見せもしない窓は、私の顔も反射させない。
「じゃあ次、若林さん」
「は!……はい!」
「次の段落から訳して下さい」
「わかりません」
「はぁ!?」
 だってピーラーに夢中で全く聞いていなかったのだから、まず次の段落がわからない。即座に和訳なんて出来ないから、今はどこでしょうって聞いたらやり取りは一回増えるに決まっている。だったら「わかりません」が一番楽。存分に平常点でも引けば良い。
 ナギーとセーラ様が後ろを振り向いて、こちらを見てニヤニヤしている。花音や周りの人は驚いた顔であたしを見ている。よっしーは流石に真前だから振り向きはしない。そういえば、さっきよっしーの声が聞こえた気がした、あれは当てられていたのか。
「どこがわからないの?だったらわかるところまででいいから」
「全部わかりません、すみません」
「はぁ……もういいです、じゃあ朝倉君」
 朝倉君とかいう人に睨まれた気がした。周りは驚きから、侮蔑の表情に変わった気がした。ナギーとセーラ様が笑うから、あたしもニヤついておいた。あー、うざい、だるい、逃げたい。

       

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