Neetel Inside 文芸新都
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 ヒエギ先生に当てられた授業の終わりに、あたしの周りに友達が集まってきた。口々にやっぱりマイちんは良いなぁとかわけのわからないことを言われ、賞賛された。チャイムが鳴り、よっしー以外があたしの席から離散した時、よっしーが小声であたしに言った。
「でもさ、マイちん勉強しなくて大丈夫?」
 嫌味でも何でもなく只心配している様子な彼女を見て、わかんないと笑った自分が卑小に見えた。そうか、やっぱり勉強しないといけないのか、予習って面倒だからあれだけど復習ぐらいはするか。次の授業の先生が来て、あたしはまたぼんやりと教科書を開いた。
 次の授業ではナギーとセーラ様が当てられた。セーラ様はギャルのような見た目に似合わず結構出来る子みたいで、すらすらと答えた。ナギーはいつものあたし達の前で見せる姿とはうって変わって、酷く緊張した様子でしどろもどろだった。何をやっているんだろう。あたし達の前であれだけ人のこと酷評しておいて、こんなプリント配る科目プリント見ればいいのに。
 あたしがさっきの授業で当てられた時のような不穏な空気がたちこめて、あたしは欠伸を噛み殺した。おじいちゃんのような先生が行う化学は、授業を聞いてもよくわからない。だけど、この先生は空白の入ったプリントを授業ごとに配るから、それを教科書を見ながら埋めていった。
 埋め終わって先生を見ると、違う生徒を当てていた。プリントを終えてしまって、暇になった時間はこれで今日は終わりだし抜けようと思った。本音は放課後を友達とあまり居たくないのだ。幸い色白で黒髪のあたしは体が弱そうに見えるらしく、手を挙げて体調不良を訴えるとおじいちゃんは、お大事にねと言って保健室行きを許可した。
 行き先は保健室でなく屋上だ。この前行ったから、屋上の場所は把握していて直行する。
屋上の入り口は南京鍵がかかって立ち入り禁止になっていた。先日南京錠の種類を確認してホームセンターで買っておいた同じタイプの南京錠の鍵を差し込む。思った通り開いた。
 じゃらじゃらとドアに巻かれていた鎖の大きな音がする。それを持って屋上に入って、入り口の脇に置いておいた。少し陰になった場所に腰を下ろして、制服の胸ポケットから煙草を取り出した。空は白く、青く、疎らに雲も見えるいい天気だ。それから、上着を脱いで、横に置くと、煙草に火をつけた。
 一口、二口、くらいでがっちゃんとドアが開く音がして、直ぐに煙草をもみ消した。携帯灰皿に隠すような余裕は無かったから、吸殻の上に手を置いて隠す。
「おー、今年は早いな鍵開けて入る子」
 白衣を着た女の人があたしに近づいてきた。あたしは一応会釈をしたけれど、何のための会釈だったのか自分でもわからなかった。
「ああいうのはね、開けたあと外側から鍵かけないと他人入ってくるから気をつけないと」
「そうなんですか」
「どうやったの?」
「同じ南京錠買って鍵手に入れました」
「あーそりゃあそうか、量産型だもんね」
 女の人、多分先生だろう人は笑いながらあたしに話しかけてくる。面倒だなと無表情を続ける。そんなあたしの態度にも怯まず、その人は隣に腰を下ろした。白衣をふわりと跳ね除けて、タイトなスカートから出ている細い足を斜めに曲げた。顔が逆光で見えにくかったけれど、隣で見ると中々整っていて、全てのパーツが綺麗にまとまっていた。おかっぱより少し長いボブの茶髪は、丁寧にブローされているのがわかる。
「ん?煙草臭くない?」
「さぁ」
「もしかして持ってる?持ってたら一本頂戴よ」
「……持っていません」
 先生はケーチーと口を尖らせて笑った。先生を横目に、流れる雲を見た。微弱な風のせいで、ほとんど動かないけれど、ゆっくりと雲は流れていく。キーンコーンと授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。屋上は凄く大きく聞こえて、驚いた。あたしも先生も動く気配が無い。それでも、無言の空間はいつも友達とはしゃいでいる教室より何倍も居心地が良かった。
「先生、こんな所に居ていいんですか?」
「前の時間は体育も無いし、外出中って札立てといたし大丈夫」
「外出中?」
「保健室、あなたが来るはずだと思ったんだけど来ないからさー、寂しくって」
 今ようやく保健室の先生なんだと知った。先生は笑いながら、保健室から一年の廊下は見えるのよと言った。あたしはそれにつられて初めて笑った。笑った口を押さえようと反射的に吸殻を隠している手を外してしまって、先生は大笑いしながら嘘の罰金として一本ねと言った。 

       

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