Neetel Inside 文芸新都
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 先生とぼんやりとしていると、携帯が震えた。高校では携帯禁止なのだが、それより禁止の煙草を吸っている現状があるから、あたしは先生を気にせず携帯を見た。メールが届いていた。花音からで、大丈夫ー?皆心配してるよ。保健室居ないみたいだけど、もう帰っちゃった?鞄あるけど、どうする?という絵文字入りのメールだった。
 思いっきり溜息をついた。
「どうしたの?」
「……友達、が、心配して見に来たみたいで、どこにいるのって」
「呼べば?って雰囲気じゃないわね」
 あたしが弱く笑うと、先生は煙草を消して、保健室戻りましょうと笑った。以心伝心して貰えたことが嬉しくて、大人しく従って保健室に戻った。
 保健室の前で花音らと合流して、先生がちょっと吐いちゃってトイレ行ってたのよ、と言い訳をしてくれた。その言い訳を信じた彼女らは大丈夫ー?と甲高い声を上げて、あたしを包囲した。本当に心配しているんなら放っておいて欲しい。
「今日はこのまま帰っちゃうね、部活一緒に見れなくてごめんね」
「いいよそんなの!!気を付けてね」
「もし辛かったら私一緒に帰ろうか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」
 よっしーの申し入れを笑顔で断る。セーラ様やナギーが口々に大丈夫ー?という間延びした声を出して、面倒臭くなってきたから、適当に逃れて鞄を取りに教室に戻った。彼女らは昼ご飯の時に部活を一緒に見に行こうと言っていた通りに、体育館に向かったようだ。あたしが抜けた四人で何を話しているかの想像がついて、また溜息をついた。
 教室で教科書を鞄に詰め込んでいると、教室に残っていた女の子達に声をかけられた。バカの一つ覚えのように大丈夫?、大丈夫?と言ってくる彼女らにも、あたしもバカの一つ覚えのように大丈夫と返した。こんな実りの無い声ならかけないで欲しい。

 一人で駅に向かい、その途中で携帯で祖父母の家に電話をした。おばあちゃんが出て、今日行きたいんだと告げると、待ってるよと返って来た。通学路の途中の駅、普段降りる手前の駅近くに母方の祖父母の家がある。小さい頃からよく預けられたせいもあって、あたしは祖父母が大好きだ。あたしを育てたのは祖父母と言ってもいい。
 音楽を聞きながら乗った電車は思ったより空いていて、あたしは端っこの席を陣取ることに成功した。対面の長い座席に座った人達は、高校生も、大学生らしい人も、おばさんも、男も女も、皆携帯を見ていて気持ち悪さを感じた。この人達から携帯を取り上げたら発狂するんじゃないだろうかって思う。ふと横を見ると横のお姉さんも携帯を見ていた。鞄の中からおじいちゃんに貰ったブックカバーに包まれた文庫を取り出して読んだ。
 あたしは携帯を取り上げられたら発狂するような人間になりたくない。
 定期区間内だからお金の心配をせずに改札口を抜けた。駅から十五分くらい歩いて祖父母の家に着く。チャイムを鳴らさずに玄関の扉を開けて、ただいまーと大声を出す。部屋の奥からお帰りーという声が聞こえて、おばあちゃんが出てきた。
「おばあちゃん今から魚屋さん行くけど、一緒に行くけ?」
「じゃあ行くー、鞄置いて行ってもいい?」
 置いていかれ、と言われたから素早く革靴を脱いで部屋に上がった。おじいちゃんが夕方のニュースを横目に新聞を読んでいたから、ただいま、魚屋行って来ると声をかけた。
「今日サッカー日本戦あるぞ、舞」
「マジ、見る!」
 おじいちゃんはご飯食べながら見るか、と手を振った。いってらっしゃいのジェスチャーだ。日本戦があることは知っていた、だから来たんだ。一人で見たくなかったから。でも知っているって何故か言えなかった。多分おじいちゃんもそれをわかっていると思う。
 押入れの扉に鞄を立てかけて、おばあちゃんと外に出た。魚屋でおばあちゃんの知り合いに会って、あらーもう高校生とか、もしかして新都なのー、頭良いわねーと言われて苦笑いをした。もう制服で外出るのは止めようかと思ったけれど、制服を着れるのはこれが最後になるだろうから着倒そうと思い直した。
「ばあちゃん知らんかったけど舞ちゃんの学校凄い頭良いがけ?」
「そんなでもないよ」
「そうかー、舞ちゃんそんな頭良いなんて知らんかったわ」
 知らなくていいよって言葉を飲み込んで、まさかと笑った。若草色の紙で包まれた鯛のお刺身を入れたビニール袋を揺らさないように歩いて、二人で途中の八百屋で春キャベツとブロッコリーを買った。八百屋でまた魚屋と同じやり取りをしたから、また苦笑いをしておいた。  

       

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