Neetel Inside 文芸新都
表紙

C.S.T.F
Crazy Stars The Fantasy

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鉄屑の塊に魂が宿り

生命の定義を見失った近未来






     


1.

不思議な空間だった。

様々な機器の発する光が室内の内装を照らし出している。
それ以外には照明と呼べるようなものは何一つない。
不気味な振動音と機械的な作業音、ときおり聞こえる嗚咽のような低い声が
唯一 ここに「何か」がいることを示していた。

「ふひ・・・ふひ・・・・」

機器の光が照らし出す 何か の顔には、およそ人と呼べるような構成物は何もない。
不恰好な無機質の仮面を被っているようなその顔面からは 大小様々な管が生えており
その管は逐一、周囲の機器につながっている
――「眼」は一つしかなく、しかも その眼は赤い光を湛えていた――。
邪魔臭そうにその管を払いながら、何かは無心に機器に指を叩きつけていた。
いや、正確には「指のようなもの」を。
果たして、掌――の位置にあるもの――から無数の細い鉄糸が伸びていて、
鉄糸が各々意思を持ったかのように蠢いているそれを 指と呼べるだろうか。
何にせよ、何かは一心不乱にその行為を続けていた。

「ふひひ・・・ふひひ・・・」

不気味で くぐもった声をあげながら。


突然、壁の一部が音も無く動き、外部の光が室内の内装を晒しだした。
何かは驚いたように行為を一旦止め その光の源に視線を注ぐ。
逆光を浴びた巨躯が、悠然とそこに立っていた。どうやら、扉を開けたのはこの巨躯らしい。

「御機嫌よう、研究員(ホビット)。テストの結果は出たかね。」

巨躯の持ち主は、歩みをホビットと呼ばれた何かのもとに進めた。
背後で、扉が開かれたときと同様に音も無く閉められ、室内は再び暗闇に包まれた。

「へ、へぇ、お頭。もも、もうじきでさぁ」

ホビットは その巨躯に媚びへつらうような視線で、どもり勝ちに返事を返す。
しかし、それが巨躯の怒りを買ったらしく、ホビットは次の瞬間には胸倉をつかまれ宙に浮いていた。

「閣下、だ。俺たちはもう昔のままじゃねぇ、二度と頭と呼ぶなって何度言やわかんだ。」

機器の光が、巨躯の男の怒りの形相を照らしだしている。
顔半分が、ホビットのように鉄の仮面に覆われ、
(そこから――ホビットほどではないが――いくつかの管が伸び、それは彼の身体につながっている)
やや人間らしい顔立ちをした形相。しかし、仮面で覆われてはいない側の顔は
醜く腫れ上がり、およそ人間とは呼べないような顔立ちだった。

「かかか閣下、すすすみませんっ」

それで気が済んだのか、巨躯は投げ捨てるようにホビットを地におろした。
その衝撃で、部屋の機器が軽い音を伴い軋みをあげる。
ホビットはうなだれるように、ゆっくりと体裁を整え、元の定位置についた。

「以後 気をつけ賜えよ。」

巨躯は満足そうに、ホビットの背中に声をかけ、室内を俳諧しだした。
改めて見れば、その室内はどこかちぐはぐな感を否めない、お粗末な代物だ。
室内を囲む壁は、薄汚く汚れ、ところどころに赤黒い染みが張り付いている。
ところどころに剥き出しの鋲が打たれ、また 欠けている部分さえある。
唯一 この部屋で 厳かな雰囲気を醸し出しているのは、
ホビットが向かっている機器の目の前――つまり、部屋の中心にあたる位置――にある
小さな物質を中に収めた、透明で巨大な筒のようなものを擁する装置のみだ。
その筒は薄緑色の液体で満たされ、その中を その小さな物質は揺蕩っていた。

「臨床実験に持ち込めるのはいつぐらいになりそうかな」

巨躯は魅入られたような目でその物質を見上げながら、ホビットに声をかけた。
まるでこれ以上に美しいものは見たことがないと言わんばかりの目つきで、愛撫するような視線で。

「へ・・・へぇ。き今日中にには、な何とかなりそうででさぁ」

これ以上痛い目に遭わされては適わないとばかりに、ホビットは一層のへつらい声で巨躯を見上げる。
そして踵を返し忙しそうにもとの行為に戻る。
指――のようなもの――を恐ろしい速度で機器に叩きつける音が再び室内を支配した。
それに呼応するように機器の振動音も。

「早くしてもらわなければ困るよ。我々の未来を賭けた一大プロジェクトなのだからね。」

ホビットの仕事ぶりに満足したのか、巨躯は口端を持ち上げた満面の笑みで、ホビットの肩に手を置いた。
刹那、巨躯の手を置かれたホビットの肩が激しい軋み声をあげる。ホビットから苦しげなうめき声が漏れた。
それに気を留めることもなく、入ってきたときと同じように、巨躯は室内から出て行った。
巨躯が室内を去ったのを確認したホビットは、憎憎しく一層の力を込めて機器を蹴り上げた。



全てを見届けていた、揺蕩う小さな物質が、儚げに気泡の中で揺れた。


     


2.

「おい、いい加減にしやがれ!!」

喧騒に包まれた場末の酒場で男が一人気炎を吐いた。
拳を叩きつけられたテーブルと乗せられていた どす黒い液体で満たされたショットグラスが
その振動で元の位置からほんの少しずれてしまった。

「何だって そんなチンケな取り分しか残ってねぇんだよ!」

男は――顔の殆どが剛毛の髭で覆われていた――凄む様に、
テーブルを挟んで向かい側に座っていた細身の男に怒りの視線で訴えかけていた。
やや紅潮したその顔つきから、すでで多大な量のアルコールを摂取したことが伺える。
その勢いで叩き付けた拳で、荒々しくショットグラスを掴み 中身を口腔に流し込んだ。
細身の女の腰周りは悠にある腕。それに見合うだけの膂力を発揮するだろう屈強な体つき。
男の存在感は、この場末の酒場にあっても 周囲の好奇の視線を集めるに充分なものだった。

「今 お前が手にしているアルコール。」

対して、細身の男は、彼の前に座っている巨大さと相俟ってひどく華奢に見えた。
繊細な指。細い顔つき。いま、目の前の男に掴みかかれば一溜まりもないだろう程の体つき。
細身の男はそれでも対等に 髭面の男を睨み付けるように言葉を返した。
ゴーグルのような装置をつけた、奇妙な目で。

しかし、それは別段 おかしなことではない。周りを見渡せば、そんな輩は掃いて捨てる程いる。
むしろゴーグル以外は生身(のような外見)をしている彼は、比較的幸運な方だ。

「お前が飲み干したアルコール、そして平らげた皿の枚数。」
「・・・」
「加えて、リーダーの悪い癖。」

半ば諦めきったような声で ため息を付きながら、細身の男は椅子の背もたれに身をゆだねた。
髭面の男も うなだれながら 視線を手元に落とす。
気炎を吐き終わった彼らを目の当たりに、
好奇の視線を注いでいた周囲もこれ以上は何も無いと思ったのか、
各々のテーブルとアルコールに落ち着いた。

「チームはいつものように火の車だよ。いつものように。」

細身の男は半ば自嘲気味にそう漏らし、自分のショットグラスを空にした。
グラスの氷が軽快な音をたて、その音は周囲の騒音と雑音に溶けていった。

「くそっ、どんだけ続くってんだよ、この稼業はよ」

髭面の男は 背もたれに寄りかかりながら天井を仰ぎ見た。
天井からぶら下がった空気を循環させるファンがくるくると、二人の行く末を見守っている。
ふと、細身の男がゴーグルに手をやった。そしてそこから小さな金属片を取り出す。
徐にそれを髭面の男に差し出しながら、消え入るような声でつぶやいた。

「有機がまた新都市に流れ着いたらしい。見取り図だ。」

髭面の男は首の位置は変えず、目だけで細身の男を見やり金属片を受け取る。
そしてその手を首の付け根に回し、小さな音をたてて「収納」した。

「・・・おい、やたらノイズが多いじゃねぇか。」
「急ぎだった。それに、それ以上潜ったら反撃防壁の餌食だろう。」
「けっ、ご大層なこった。」

閉じていた瞳を微睡むばかりに開き(姿勢は先ほどのままだった)、
髭面の男は苦いものでも噛み潰したような顔で金属片を取り出し突き返した。

「これでショボかったらただじゃおかねぇ。」
「ノイズに紛れて聞き取りにくい、が、確かに培養した形跡も見られる。」

その言葉で髭面は精気を取り戻したかのように髭面はテーブルに体を乗り出した。
その反動でまた テーブルが悲痛な叫び声をあげる。

「・・・・パーツか?」
「少なくとも生体反応を示す披験体なのは確かだ。」
「久しぶりの大物じゃねぇか。」

髭面の瞳に赤黒い何かが走ったように、細身の男には見えた。
細身の男は、口端を上げ、ゴーグル越しに髭面と視線を交わす。
周囲の喧騒が一段と大きくなり、場末の酒場は活気を加速させる。
その隅で この二人の男は、人知れずグラスを掲げ、小さく乾杯をした。





ここは 荒廃と活気、鉄屑と欺瞞が支配する新都市。

弱者は強者の食い物になり、

汚れた空気で肺を満たし、

謀りと虚言を舌で弄ぶ。

イカれた新参者が夢物語を追いかける、そんなところだ。


     


3.


酒場での喧騒を余所に、彼は閑散とした場所に居た。
場末とは違い、昼夜を問わず この一帯は人通りも疎らだった。
悪臭が漂い、お世辞にも清潔とは言えないような軒並み。
ともすれば裏路地と本通りの見分けすら付かないような、そんな情景だった。
時折感じる粘っこい視線と叫びとも独り言ともつかない不愉快な声を背にして、
彼は歩みを進めていた。
中肉中背の平凡な体つき。全身をみすぼらしい布切れで覆っているために体つきは分からないが
すくなくとも この一帯にいる誰よりも生気に満ちている顔つきをしていた。
どことなく、虚ろな顔つきだったけれど。

どこの都市にも 必ず「ゴミの掃き溜め」というものはある。
どんな部屋にもゴミ箱があるように。
生存競争に敗れたもの。ドラッグに溺れたもの。都市の瘴気に中てられたもの、etc、etc.
彼らは自然と、しかし何かに導かれるように同じ場所に集う。
そして静かに、生きながらの死を選ぶのだ。音も立てずに腐り朽ちていく。
新都市の場合、ココがそうだった。
遥か昔――まだ、人々が健全な肉体を持っていた時代――には栄華を極めた地だったと言われている。
今となっては、新都市中心部の光すら届かず、行政からも見放された地区だ。
”負け犬の墓”。人々は ココをそう呼んでいた。

「それじゃいかんよ。」

彼が一人の老人の前を通り過ぎたとき――地面に座し、口元から白い煙を吐き出していた――、
老人が何かをつぶやいた。

「それじゃ、ダメだ。」

彼は歩みを止め、老人に視線を注いだ。
老人には両肩から伸びているべきものがなく、代わりに鉄の管ををぶら下げていた。
管を器用に動かしながら、口元に忙しげに何かを放り込んでいる。
ふと彼の視線に気付き 老人は管を止めてニンマリと口を開いた。
その拍子に口から 咀嚼された粉末状の白い物質が零れ落ちた。

「奴らに見つかっちまう、根こそぎ持ってかれちまう。なぁんにもなくなっちまわぁ。」
「・・・」

佇み、老人のどこを見ているとも分からない表情を見つめる彼は、
なぜかその老人から意識をそらすことが出来なくなっていた。

「うけけけ、こえぇぞぉ。こえぇんだぁ。」

そういい終わると、老人は再び忙しく鉄の管を動かし始めた。

”もう遅いさ”

再び白い物質――低質なドラッグなのだろう――の咀嚼に夢中になった老人を尻目に
彼は歩みを再開した。まるで逃げだすかのように。

新都市を照らし出す月は、今日も明るかった。静かに、しかし残酷に下を照らし出していた。
都市の光に群がる雑多な虫を監視でもするように。
彼は月に追われるままに足を進める。そう、逃げ出すように。
いや、あるいはココにいるもの全てがそうなのかもしれない。
沼の底を這いずり回る魚が水面の光を眩しく思うことと同じなのかもしれない。
もとより、この街には空の光は明るすぎるのだ。

彼は ある建物の前で足を止めた。
およそ”負け犬の墓”には似合わないネオンの光を撒き散らす建物の前で。
その周囲には不思議と負け犬たちは居なかった。
いつもどおりの光景だ。彼らは知っているのだ、この建物は特別なのだ、と。

彼が その重い扉を軋む音を立てながら潜ったとき、横にいた屈強な男が声をかけてきた。

「ずいぶんと遅かったじゃないか。」
「・・・」

無言で屈強な男を見つめる彼。その目はひどく熱を帯びたものだった。

「いつものかい?今日のは上物だぜ。」

そういって、屈強な男は彼を奥に促した。
”負け犬の墓”にあって一段と濃厚な闇を湛える部屋の一角へ。
彼は無言で促されるままに奥へと足を進める。

そこは 外に比べていくらか生気が漂っていた。
そういう気がした。
それが その部屋にある種の冷めた熱気から来るものなのか、
あるいは何かしらの期待を抱いているからなのかは 彼には分からなかった。
彼には”期待”という言葉に実感が持てないのだから。
氷の解けたアルコールのように曖昧な味をした、しかし はっきりとは溶け合えない空気の流れ。
異様な臭気と興奮が渦巻くその部屋に在るのは 虚ろな表情をした生きた死人だけだった。

「・・・金は?」

部屋の隅にいた男が彼に近づいてきた。
無言で彼は懐から幾ばくかの紙切れを差し出す。
横柄にその紙切れを取り上げ、枚数を数え始めた男はポケットをまさぐり、
カードのようなものを取り出し彼に突きつけた。

「いつもの場所に、いつもと同じだけ。」

そう言うと、男は再び彼の定位置へと戻っていった。
それ以上は用はないとばかりに。
もっともそれは彼にしても同じ事ではあったけれど。
彼はそのカードを懐に収め、踵を返し部屋を後にした。




     ※     ※     ※     ※     ※




彼がその感覚を覚えたのはいつぐらいだっただろう。
ひどく昔のことのようにも思えるし、つい昨日のことのようにも思える。
しかし こんなことを思うのも馬鹿馬鹿しい。
彼は正確にその日のことを記憶しているし、始めた時間すら覚えている。
それどころか、その日に目の前を通った人の数すら覚えているのだから。
それだけではない。彼はこれまでに目にした人間の声と顔を一致させることができるし、
その癖の一つ一つすら挙げることが出来る。
忘れることが、できないのだ。

低下した思考能力で――シナプスの結合速度が加速し、目にするもの全てが鮮明になっている代わり
意識と反応のバランスが取れていないのだ――彼は周囲を見渡していた。
宙に浮かんだような感覚で、しかし意識の中枢は無駄に冷え切らせたまま。
その感覚はどこか彼に安らぎを与えていた。

手にしたパイプから たっぷりと白い煙を吸い込み、深く深くその世界に浸りきる。
彼はただ、この感覚を欲していた。
この世界に浸っているときだけは 苦痛を和らげることができるから。
口元からだらしなく煙を吐き出しながら、彼は空虚に地面を見つめていた。
その地面に、突如 二つの影が伸びてきた。ひどく細い影と大きな影が。

「気は済みましたか。」
「いつまでやってんだよ」

顔面を髭に覆われた男は彼の胸倉を掴み、強引に彼を立ち上げさせた。
その瞳に 怒りとも諦めともいえない光を宿しながら。

「・・・」
「次のヤマだ。ブリんのもいい加減にしやがれ。」
「・・・」

彼はだらしなく、どこともなく、ただ虚空を見つめている。

「ちっ。これだからよ、ジャンキーは。」
「リーダー、次こそは当たりかもしれない。デカい有機が流れ着いたらしいんです。」

リーダーと呼ばれた彼は、虚ろな目で二人を見つめる。
髭面の苛立った表情――ひどく不恰好な格好をしている。体の節々が通常のヒトの顔の大きさほどもあった――と細身の男のポーカーフェイス――ゴーグルで目が見えないのだから、当然といえば当然だった。――。
彼はだんだんとドラッグの効き目が切れてきたの感じていた。
いつだってそうだ、二人は彼が慰みを見出しているときに限ってやってくるのだ。

「ド・・・、大きな声を出すな、聞こえている。」
「うるせぇ。さっさと帰って来い」

ド、と呼ばれた髭面は露骨に不愉快そうな顔で、彼を小突いた。
彼は たまらず地に腰を下ろす。

「リーダー、ひとまずは経路を組まなくてはいけない。戻りましょう。」
「分かっているよ、ジン。あと90秒でTHCを分解する。」

苦々しい顔でジンという名前の細身の男は彼の肩を持ち、起き上がるのを助けた。


彼が言ったとおり、1分後には彼の瞳に正常さが戻った。
そして三人は歩き出す。塒に戻るために。
月は相変わらず高い位置にあった。
新市街をただ見つめている。




       

表紙

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Neetsha