Neetel Inside ニートノベル
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カスタムロボOriginalNovell
16『ベータ・レイ』

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 アヴァロン優勝。
 それはつまり、俺が日本一だということになる。
 だが、それを喜べるほど無神経ではなかった。俺が優勝できたのは、あの時、ジロウさんが勝ちを譲ってくれたから。そんな砂上の楼閣みたいな栄光はいらない。男のプライドが許さないのだ。
 ……それに、俺のプライドが砕けているというのもそうなのだけれど、それより心配なのは、カリンさんだった。あの時、ジロウさんに負けて、カリンさんはセコンドとしてまだまだ未熟だと、そう言われてしまった。
 俺の事を活かしきれていないのだと、そう言われた。
 正直カリンさん(グレートロボカップ出場者にして伝説のコマンダー)に教えを乞い、さらにはその一番弟子を名乗らせてもらっている俺からすれば恐縮すぎて何も言えないのだが……。
 そんないろいろを考えて、学校に来たのだが、俺はみんなからの祝福の言葉を素直に聞き入れることができず、不機嫌オーラを醸しだして自分の席に仏頂面のまま座っていた。俺の席は教室のど真ん中。おかげで、みんなには若干気まずい思いをさせてしまっている。申し訳ないとは思うが、しかしそれでも、仏頂面はやめられないし、機嫌が簡単に回復できるわけでもない。
「兄ちゃん兄ちゃん! すげえぞ兄ちゃん! ニュースサイト見たかよ!」
「私達が載ってるんだよー!!」
 しかし、さすが我が最愛の妹達、シイナとエリナというべきか、驚くべき空気の読めなさだった。
 二年生の教室だというのにまったく気後れせず、まるで勝手知ったる我が家と言わんばかりにまっすぐ俺の元へやってくる二人。
「いやー! これで私達が全国的に有名になっちゃいますねえ!」
 シイナは顔を赤くしながら、体をくねくねさせている。なんだなんだ。わけがわからねえ。
「まあいいから、お兄ちゃん。これ見てこれ」と、エリナは自分のスマホを俺に差し出してきた。明らかに本体以上あるだろうストラップが酷く鬱陶しいが、それを我慢して画面を覗きこむ。
 そこは、とある検索エンジンのニューストピック。見出しは『天才コマンダー兄妹現る!』という物だった。要するに、俺と双子が日本で一位と二位になってる事がすごいことだから、大げさに取り上げます、という事だった。
「そりゃ、アヴァロンで優勝したんだ。それくらいのことはあるだろ」
「違うぜ兄ちゃん。あたしらが見て欲しいのは、ここよここ」
 と、シイナが俺からスマホを取り上げ、その見て欲しいという場所をズームして、再び俺にスマホを渡す。そこには、「期待の新鋭コマンダー、『ダブル・レイ』のセイジ」と書かれていた。
「兄ちゃんにもついに異名ができたんだよ! よかったな!」
「あーそー」
 普段なら喜んだかもしれないが、今は生憎と異名で喜べる気分じゃない。そんなことより、勝ったのに折れたこのプライドをなんとかしたい。
「……なにお兄ちゃん。ノリわるーい」
 唇を尖らせるエリナ。だが、俺が乗り切れない理由もなんとなくわかるからなのか、いつも以上には言ってこない。
「そういう気分なんだよ」
「なんだよ兄ちゃん! せっかく喜ぶと思ったのにさー!!」
 双子のバカな方、シイナはやっぱり空気を読めなかった。
 俺はその後も、二人のピーチクパーチクうるさい言葉を聞き流した。放課後、カリンさんの所に行こう。それだけが頭にあった。


  ■


「で、なんでお前らついてくるんだよ……」
 学校が終わり、飛び出すみたいに教室から出て、俺はカリンさんがいるであろう公園へと歩いていた。が、何故か俺の後ろをついてくるみたいに、ミズキと双子の三人がついてきた。
「暇つぶし」これはミズキ。なんてどうでもよさそうなんだろう。
「だってよー、兄ちゃんちょっとノリ悪いんだもんよー」これはシイナ。まだ怒ってんのかお前。
「まあ、私はもうちょっとカリンさんとお話がしたくて」これはエリナ。お前が一番まともな理由かよ。
 できれば追い返したかったので、帰れと言ってみたりもしたが、女三人よれば姦しいというやつで、分が悪すぎる口喧嘩になり、俺のテンションがもっと下がるだけになった。
 そんなわけで、後ろで姦しく話す三人を従えて公園へとやってきた。しかし、カリンさんは何故かトラックにはおらず、公園の真ん中に設置されたホロセウムで、ジロウさんと戦っていた。
「あ、カリンさん、バトってるじゃん」
 クールに目の前の事実だけを口にするミズキ。
 俺達が近寄ると、ちょうどバトルが終わったのか、二人はダイブをやめて、俺達へと顔を向けた。
「よう、大会のトップスリー達」
 しかし、ジロウさんも負けず劣らずクールだった。カリンさんとは反対に、汗も流さず、息も荒くせずに平然としていた。
「カリン、お前、現役から離れて腕が大分落ちたか?」
 悔しはあるけれど、カリンさんは強がりが無駄なことを知っている程度には大人で、何も言わず、汗だくで肩を上下させていた。
「……おっとセイジ。俺を睨むな」
 気づかない内に俺はジロウさんにガンを飛ばしていたらしい。だがそれを謝る気はない。俺はこの人に敵意を抱いてるし、まだあの時勝ちを譲られた事を許してはいない。
「ふふん。まあ、俺はそういうヤツの方が好きだがな。しかしセイジ。その敵意は一旦置いておいてくれないか。今日はお前に、話がある」
「話?」
「ああ。そこの三人にも、だ」
「「あたしらにも?」」
 声を揃える双子に、声を出さないミズキ。ジロウさんは、ただ淡々と、その話とやらを始めた。
「お前ら、『セレクター』って知ってるか?」
 誰も知っている人間はいないらしく、リアクションがない。
「まあ、闇コマンダーの組織だ。違法パーツの製造、密輸、カスタムロボによるテロを目的とした組織だ。俺はいまポリス隊の協力要請で、その組織の調査を行なっている」
 それがどうしたのだろう。
「実はね」と、そこで声を出したのは、ジロウさんではなくカリンさんだった。「ARプロジェクトを推進してたのは、そこだったのよ」
「ええ!?」キューブを取り出し、それをジッと見る。悪の組織が、究極のレイを作ろうとしてたって? え、どういうことだ。
「つまりね、セレクターは自分達を一般企業に偽装してラムダ社にARプロジェクトの進行を依頼。途中で気づいたカトレアは、ARプロジェクトを破棄したと見せかけて、水面下で進めてたってことなの」
 カリンさんが俺のロボキューブの上に手を乗せ、目を伏せながら、「ごめんね」と呟いた。
「ホントの事言うと、受け取ってくれないかなって思って……」
「いや、まあ、別に大丈夫ですよ。ちょっと前なら戸惑ったかもしれないけど……」
 今は、サスケとのリターンマッチもしなきゃいけないし、今更闇の組織がどうとかは案外どうでもいい。
「うっへー……。兄ちゃんとんでもないことに首突っ込んでなー」
「私達には関係なくてよかったねー」
 と、シイナとエリナが笑い合っていた。が、その安堵を崩すかのように「いや、関係ないとは言い切れない」とジロウさん。
「「え」」声を揃え、青ざめた顔で二人がジロウさんを見る。
「最近、優秀なコマンダーが次々誘拐されているんだ。アヴァロン上位三人なら、まず間違いなく狙われると思う。第一、デュアル・ダイブを行えて強いというだけでも、かなり希少価値があるからな」
「マジかよー……。兄ちゃーん!」
「どうしよう私達ー!」
 シイナとエリナの二人に左右から挟まれ、俺は地震のような揺れを体感することになる。だがクールなミズキはそんな光景も無視で、ジロウさんに話しかけていた。
「ってことは、私も?」
「だろうな」
「ふーん。面白そう。ね、セイジ」
「そ、そそそそうねえ」
 いや、声が確かに震えたけど、それは左右から揺さぶられてるからで、ビビリは入ってないよ。
「それは頼もしい。――ま、その前に。カリン」ジロウさんがカリンさんの肩を叩いた。
「はい。これ、セイジくん」と、カリンさんが俺にパーツデータのチップをくれる。
 受け取ったそれには『ベータ・レイ』と書かれていた。
「これって……。新しいレイ?」
「そう。ライトニングスカイヤー型の『レイスカイヤー』を改良した、究極のレイ試作三号機。セイジくんの成長と、前途を祈って」
「へえ。ライトニングスカイヤー。空中ダッシュは長く滞空する一回。しかも飛行形態への変形で、飛びながらガンを撃てる人気の型」
 と、ありがたいことにミズキからの説明が入る。
 マジかよ飛べんの! ってことで、早速チップをキューブに挿入し、取り込んで変形させた。
 今までのレイは赤い髪だったが、ベータ・レイは金の髪をしていた。背中には戦闘機の様な翼。ここからおそらく戦闘機に変形するのだろうな、とはわかった。
「すっげ……。かっけえ! ちょ、ミズキ! バトルしようぜバトル!」
「あーごめん。私いま、ロボはオーバーホールしてる」
「……前から聞きたかったんだけど、ミズキちゃんのロボ、マーキュリー? あれって、ワン・オフよね? どこで作ったの?」
 カリンさんは手を膝につき、ミズキの視線に合わせて話し始める。ミズキは、ツンと視線を逸らした。
「あれ」
「……国立技研」
「こ、国立技研!? 国立ロボティクス技術研究ラボのこと!?」
 目を丸くして、思わず腰がまっすぐになってしまうカリンさん。よくわからないけど、すごいところなのだろうか?
「あそこと、パイプあるの? え、なんで? もしかして、親が勤めてるとか?」
 首を振るミズキ。「……ま、いろいろ事情がね」と、俺をチラッと見る。おそらく、事情とはハーフダイブのことだろう。珍しい能力だってアキラが言ってたし、それの所為で研究材料にされてたんだな、きっと。
「ふーん。まあ、言えないなら聞かないけど……。そこでマーキュリーを貰ったの?」
「そう。無理矢理押し付けられて、研究データを取るために。見た目だけは私のわがまま訊いてもらったけどね」
「なんだかあなたも大変ねえ……。あー、そのオーバーホール、いつ終わる?」
「技研の技術力なら、明日には」
「間に合いそうね、ジロウさん」
「ああ」
 カリンさんとジロウさんの意味深な会話に、俺達四人は首を傾げた。
「何に、ですか?」代表して俺がその意味を訊いてみる。
 するとジロウさんは、ニヤリと笑って
「強化合宿だ」
 その響きはバカ二人をワクワクさせるのには充分だったらしく、シイナとエリナが声を揃えて「なにそれえ!」と黄色い歓声。
 しかし、ヤツらより歳を食っているせいか、俺とミズキはそのめんどくさそうな響きに辟易としていた。強くなる努力はいいけど、合宿はちょっと。
「フフ。双子ちゃんはやる気みたいだぜ、お兄ちゃん」
 俺の嫌そうな顔を目敏く見つけたジロウさんに皮肉を言われた。だがそう言われても、俺には「はあ……」としか言えない。
「で、どこ行くのさジロウさん!」
「沖縄!? あ、野球のキャンプみたいに宮崎!?」
「いーや。タクマ塾」
 固まる二人。そしてミズキも「は!?」と珍しく大声を上げた。それのおかげで、大変なことを言われたんだな、とはわかった。
「えーと、タクマ塾って?」
「一流のコマンダーを養成するための私設塾よ。山奥にあってね、そこを卒業したコマンダーはVコマンダーと呼ばれ、ポリス隊とかプロコマンダーを多く排出している、コマンダーなら一度は憧れる超エリート塾よ。本当は入塾するのも難しいんだから」
 カリンさんの説明にテンションが上がって、「マジですげえ!」と万歳してしまう俺。ああ、なんだか双子と血のつながりを感じる……。
「けど、その特訓はそれこそ血反吐を吐くように厳しいのよね……。ノルマは一日一〇〇バトル。休憩中は戦術講義。一日の起きている時間をすべてカスタムロボに費やす。優雅を信条とするあたしには似合わないわ……」
 さすがに、それを聞かされてなおハイテンションを保てる俺ではなかった。双子の顔も青ざめている。
 マジかよ。そんなとこ行くの?
 俺はその疑問を目だけでカリンさんに訊いてみた。が、にっこりと笑われた為、どうやらマジで行かなきゃいけないらしかった。

       

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