Neetel Inside ニートノベル
表紙

カスタムロボOriginalNovell
02『アイス・フェアリー』

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 黒服のカーライル。
 ゴウタのブチル。
 俺の戦績は、今の所二戦二勝。黒服はどう考えてもその道の(どこかはわからんが)プロだろうし、ゴウタは学園一強いと目された男。
「――まあ何が言いたいかって言うと、俺今、めちゃくちゃ乗ってるって感じですよ」
「たはは! なるほど。調子乗っちゃってるってわけか」
 ゴウタと戦ったその日。
 俺は家に帰る前に、近所の公園に停めてあるカリンさんの工房へお邪魔していた。アルファ・レイのことや、俺の戦績を話しておきたかったのだ。
「まあ気持ちはわかるけどね。――んー、でもこのままじゃいけないなぁ」
「へ」
「私とやろっか? 調子に乗ると痛い目を見る。痛い目は早めに見て、謙虚な大人にならなきゃね?」
「へ」
 めちゃくちゃにっこり笑うカリンさんに引っ張り出され、公園の中心にあるホロセウムまでやってきた。
「ハンデとして、私のパーツは全てベーシックにしてあげる」
 ベーシックパーツ。カスタムロボに最初からついてくるパーツで、可もなく不可もないパーツだ。ちなみに、俺のパーツはガトリング以外、ボムとミサイルポッドと足のレッグパーツが、ベーシック仕様。
 まあつまる所、思い切り初心者まるだしなのだ。
「勝っても負けても恨みっこなしよ!」
 そう言って、カリンさんはキューブをホロセウムに投げた。ホロセウムは俺の初戦を飾った、ビル街。そこに、カリンさんのロボ、フレアが降り立った。茶髪をポニーテールした少女型。活発そうな顔が、どことなくカリンさんに似ている。
「駆けろ! アルファ・レイ!!」
 俺もホロセウムにキューブを投げ入れ、アルファ・レイに変形させる。一応決め台詞みたいな物を考え、駆けろとか言ってみたが、なんかイマイチだった。


「さぁ、どこからでもかかってらっしゃい」
 目前に立ったフレアは、人差し指をくいくい動かし、俺を挑発してくる。それに乗ったわけではないが俺は走り出す。
 待ちの戦法とかわからないからだ。
「さっそく使うぜ、ゴウタ!」
 ガトリングを連射し、走りながらフレアを狙う。しかし、跳び上がったフレアは、俺の真上を飛び越え、後ろに着地。
 思い切り背中を蹴られた。
「がふ……!!」
 ロボの体なのに、体から思い切り酸素が飛び出したような感覚になり、弾き飛ばされる。
 その飛んだ方向に先回りし、フレアは俺の顎を思い切り蹴り上げ、空中に蹴り上げる。
「はぐっ……!?」
「さあさあ、ラスト!」
 フレアは華麗に飛び上がり、俺よりさらに上へ舞い、くるくると回転。遠心力をたっぷり込めたかかと落としを俺の脳天に叩き込まれ、地面に墜落。ヒットポイントはゼロ。アルファ・レイから俺の意識が剥がされる。
「………………」
「どうよ。グレートロボカップにも出場した、カリンさんの実力は」
 手加減とか、してくれてもいいと思う。
 というか、蹴りの威力強くね。いくらなんでも蹴り三発でヒットポイント切れるかよ!
「バッチリ手加減したわよ。パーツは全てベーシックだし、実力の半分も使ってないしね」
 なんでもない風に言うカリンさん。
 俺からしたら、ほとんど一方的に蹴られまくって、心がささくれまくっているのだが。大人げねえとすら思っている。
「厳しいこと言うけど、セイジくんはまだまだ実力的に下なんだって、自覚してね?」
「うう……っ。それ、口で言ってくださいよ……」
 いくらなんでもへこむわ!
 なんだあのサッカーボール扱い!
「あぁごめん。まさかセイジくんがそこまで打たれ弱いなんて……」
「うるせえほっとけ」
「口まで悪くなって……。じゃあ、お詫びにいいこと教えてあげるよ。エアリアルビューティーとの戦い方」
「……どんなですか?」
「だいたい上手いコマンダーは、空中主体の使い方をしてくるから、地上に降りた瞬間の隙を狙うこと」
 頭にその言葉を刻み込んで、頷く。刻み込まれたのはエアリアルビューティーの対処方より、エアリアルビューティーへのトラウマかもしれないが。
「じゃあ、今のことに気をつけて、もう一戦やろう。今度はもうちょっとだけ本気出すから」
「いや、本気とか出されても……!!」

 今日わかったこと。
 カリンさんはマジでカスタムロボが強いってことと、俺なんて矮小でちっぽけな初心者なんだということ。後は、カリンさんが怖いということだった。


  ■


 カリンさんにボコボコにされ(あの人絶対ストレス解消してやがった)、俺は傷ついた心を引きずって自宅に帰ってきた。カスタムロボは精神力で操作する。つまりは心そのものがボコボコにされたのだ。
 これはもはや訴えたら勝てると確信するね。
 そんなことを考えながら、俺は自室に戻って、パソコンに向かっていた。いい弁護士を探しているとかそういうのではなく、カリンさんのことを調べているのだ。グレートロボカップ出場コマンダーなら、有名なはずだし。
 安心と信頼のグーグル先生に『グレートロボカップ カリン』と打ち込んで検索。ヒットしたページは約二十万件。その最初に出たのは、グレートロボカップ公式ページ。
 そこには、過去の大会の記録が記載されており、大会自体の回数はあまり重ねられていないため、すぐに見つけることができた。
「いた……」
 本当にいた。グレートロボカップ出場者リストの中に、幼き日のカリンさんが。
 トレードマークの黄色いバンダナはそのままに、カリンさんが小さくなったような――まさにその通りなのだけど――少女がいた。
 本当なんだなぁ、と納得しつつ、他のページも見てみる。
 だいたい、五件くらいの検索結果でわかったこと。カリンさんは『元気印のコマンダー娘』と呼ばれていた、『Vコマンダー』という称号を持つ、数少ないコマンダーの一人。
 どこのページを見ても、Vコマンダーが常識みたいな扱いで詳しい説明がなく、調べるのに苦労したが、つまる所、特別な存在らしい。すげー。カリンさん、どんだけハイスペックなんだよ。
「おうい、兄ちゃんなにしてんだー?」
 その声に驚き、振り向いてみれば、シイナが俺のベットに座っていた。
「お前、いつの間に入ってきたんだ!?」
「兄ちゃんが「いた……」って呟いた所からだな」
「ほとんど最初じゃねえかよ!!」
「しかし兄ちゃん気づかないんだなぁ。確かに面白そうだから、こっそり入ってきたけど」
「兄とはいえ、人の部屋にこっそり入ってくるのは失礼だろ」
 一応、俺は彼女らの兄だ。こういうことはきちんとしておかねば。
「その注意をするのはちょっと遅かったな。あたしらはすでに、兄ちゃんへの制裁を終えている」
「……」
 確かに俺は、お前ら姉妹にいろんなことをされてきたが、しかしなんだよ制裁って。された記憶もないのに執行したとか言われると、気になって気になってしかたない。
「つうかさ、気になったんだけど、これどうしたんだよ?」
 シイナが指差したのは、ベットの枕元に置かれていたアルファ・レイだった。
「あぁ、それか」
 そう言えば、今までなんだかんだシイナ達にカスタムロボを買ったことを伝えてなかったのを思い出した。
「俺のカスタムロボ、アルファ・レイだ」
「へー。兄ちゃんもついに買ったんだ」
「買ったんじゃなく、もらいもんだ」
 いい加減このやりとり面倒だし、買ったでいいんじゃねえかと思ってきた。
「もらいもんかぁ、ついてるな兄ちゃん」
 普通、もらいもんと来たら「誰からもらった」という疑問が出てくるはずなのに、シイナはまったく考えもつかないのか、それだけ言って笑っている。単純というか、物を考えないやつだよなぁ。話を進めやすいから、助かると言えば助かるのだが。
「ん? 兄ちゃん、グレートロボカップについて調べてたのか」
 と、シイナの視線が俺のパソコンへ移る。興味の対象がちょこちょこ変わるやつだな。
「そう。まあちょっと興味があってな」
「さすが兄ちゃん。チャンピオンは通過点だと」
「そこまでの大口を叩いた覚えはない」
「みなまで言わなくてもわかるわかる。カスタムロボで世界征服目指してんだろ?」
「スケールがデカすぎる!」
 そんな夢を言い出したら、エリナ辺りに病院を勧められる。妹に頭の心配をされるのは、屈辱以外のなんでもない。
「――あ、そういやシイナ。お前、なんの用で俺の部屋に入ってきたんだよ」
「……ん?」
 頭を抱えるシイナ。
 俺への用事を思い出すだけでそこまでしなきゃいけないのか。
 しかし、面白いのでどうせなら最後まで見ていようと思った矢先、ドアがノックされ、エリナが入ってきた。
「あ、シイナいた! お兄ちゃんを呼ぶのに何分かけてるのよ」
「へあ?」ぽかんとするシイナ。
「晩御飯だからお兄ちゃん呼んでって、お母さんから頼まれてたでしょ?」
「あぁ、そうだそうだ! 思い出したぜ兄ちゃん! 晩御飯だ!」
 さも自分の手柄みたいな表情をするシイナに、俺は一言。
「言うのおせえよ」


  ■


 カリンさんは本当に凄腕のコマンダーなのだとわかったその翌日の学校、調子に乗ろうとしてカリンさんにシメられ、出鼻をくじかれた感じすらある。
 だが、あのバトルは確かに勉強にはなった。カリンさんの動きは豪快で力に溢れ、無駄がない。あれは凄いと、純粋に思った。まさにハイレベル。テンションもハイになろうというものだ。
 まあつまる所、結局はあまり普段と変わらないテンションで学校へ。
「うぃーす」
 片手を挙げ、とりあえずの挨拶で教室へ。すると――。
「セイジー!!」
 クラスメート達が、教室に入り切っていない俺向かって走ってきて、何かをまくし立てている。俺の耳はそんなに性能がよろしくないため、まったくわからない。
「はーいはいはい、ちょっと通してくれー」
 すると、人混みを掻き分け、アキラが俺の前に立った。
「おいアキラ。なんだよこの騒ぎ」
「お前、昨日ゴウタ倒したろ? それ聞いて、みんなが興奮しちゃったんだよ」
「はぁ?」
 見れば、みんなが頷いていた。
 その人混みの後ろ、一際大きな人影が俺達を見下ろしているのに気づいた。中二離れしたその体格の持ち主は、全国広しといえど、ゴウタしかいない。
「よっ。ゴウタ」
「よう。セイジ」
 挨拶を交わす俺達だが、実は昨日まで話したことすらなかった。ケンカすれば友達って、割りとマジなんだな(ロボバトルだったけど)。
「昨日はいきなりバトルふっかけて、すまなかったな」
「いいよ別に。楽しかったし、ガトリングガンももらったしな」
「……ふっ。楽しかった、か」
 なぜか満足そうに笑って、ゴウタは自分の席に帰って行った。
 なんだありゃ、と首を傾げる。
「――もしかしたら、あいつはあいつで、退屈してたのかもな」
「……あ?」
「あいつは学園最強だったろ? それにあの体格だ。ロボバトルやろうにも、なんつーか、純粋に楽しんで、相手してくれるやつが、いなかったんじゃねえかな」
 なんとなく、アキラの言葉は真実を的確に表しているのではないかと思った。
「まあ――これからはお前が大変なんだけどな」
「なんで」
「お前と戦って勝てば、学園最強になる。初心者のお前が勝ったのは、まぐれだってもっぱらの噂だ」
 むう。まあちょっと不服ではあるが、納得。
 俺もまぐれだと思っているくらいだからな。
「お前を狙ってるやつは、少なくない」
「マジか」
「ちなみに、こいつらもその一部な」
 と、アキラは俺を囲むクラスメートを指差す。
「……マジ?」
「さぁセイジ。まずは俺とやろうぜ!」
 アキラはそう叫ぶ、持ち運び式のポータブルホロセウムを展開。俺は無理やり、そのホロセウムに立たされた。
「ちょっ、え? やるのはいいけど、いま『まずは』って言った?」
 しどろもどろになる俺に、対戦相手のアキラが笑った。
「お前が負けるまで、クラス全員と対戦だ!」
「うええええ!?」
 ダイブは一回でも結構疲れるのだ。それを何回も連戦するとなると、とんでもないことになる。ダイブ酔いするんじゃないか?
「うっし。勝負だセイジ!」
「ああ! もうヤケクソだ!!」
 互いにキューブを取り出し、ホロセウムに投げ入れた。
 今回のホロセウムは周囲をビルに囲まれた狭い路地裏。
「野獣の咆哮を聞かせてやるぜ!」
「駆け抜けろ、アルファ・レイ!」
 互いのキューブがロボへと変形。アキラのロボは、黒い人狼型ロボ。
「こいつは、バーニングビーストのウルフェンだ。バーニングビーストってのは、空中ダッシュ中にガンを向こうにする能力を持ってるんだ。一回しか空中ダッシュできねえが、ジャンプは長くて速いぜ」
 と、アルファ・レイになった俺と向かい合うウルフェンが言った。
 真剣勝負でもこういう風にレクチャーしてくれるのだから、アキラは本当に気のいいやつだなあ。
「そして、このマイ・フェイバリット・ホロセウムでの俺は、無敵だぜ!」
 雄叫びのように叫び、ウルフェンは跳び上がる。そして、ビルの壁から壁へ、まるでピンボールの様に、路地裏を飛び回った。
「どうだセイジ! 俺の野獣殺法!!」
 姿が消え、狭い路地裏にウルフェンが風を切る音だけが聞こえ、目の前に降り立ったウルフェンが、爪で俺を攻め立てる。
「ぐぅ……ッ!!」
 確かに早い。ステルスダッシュで一瞬姿が消えるのも厄介だ。――しかし、俺は足を振り上げ、オーバーベットキック。ウルフェンの顔面を捉え、ウルフェンはゴミ捨て場にゴール。
「なんで……俺を捉えられたんだ……?」
「昨日やってたら、わからなかったかもな」
 ゴミ捨て場に横たわるウルフェンに近寄り、ガトリングを構える。
 確かに、ウルフェンの野獣殺法は速いし強い。しかし、昨日のカリンさんは、もっと速かったしもっと強かった。
 俺はガトリングのトリガーを引き、ウルフェンの頭を撃ち抜いた。
 すると、ウルフェンのヒットポイントがゼロになったらしく、俺の意識がアルファ・レイから離れ、元の体に戻る。


「……お前強いなぁ。本当に初心者かよ?」
「師匠に恵まれてんだよ」
 まさしくその言葉が正しい。俺が強いというより、目が肥えてしまっているという感じだ。
「お前、師匠が――」
 アキラはおそらく、師匠がいるのかと聞こうとしたのだろうが、違うクラスメートがアキラの肩を叩き、「次は俺だぞ」と交代を促した。
 しかたなく、しぶしぶ、アキラはそのクラスメートルに場所を変わった。


 結局、俺は先生がやってくるまで、連戦した。大体六戦くらい。さすがに大分疲れた。カスタムロボは一回一回精神力を消耗する。回数を重ねると、実力が出せなくなるのだ。
 各々席に戻ると、担任のフブキ先生が教卓に立つ。ボサボサの黒髪に、無精ヒゲ。背が高く、細長い二十歳くらいの男性で、いつも黒いスーツ。ライトニングスカイヤーみたいな体型だと思っていただければ。
「えと……今日はですね、転校生の紹介をしたいと思います」
 いつも通りのボソボソとした声で、フブキ先生が言った。まるで煮立った油に一滴の水を落としたみたいに、教室が賑わいを見せた。
 普段なら俺も一緒になって騒ぎたいのだが、どうも元気が出ない。
「静かにしてください……では、ミズキさん、入ってきてください」
 すると、ドアが開いて、教室に新たな仲間が入ってきた。青いパーカーを目深に被った少女で、黄色いホットパンツを穿いている。髪型はパーカーでよくわからないが、綺麗な淡い茶髪がパーカーの隙間から見えた。
「彼女は、ミズキさん。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
 転校生――ミズキは、パーカーの腹辺りについたポケットに手を突っ込みながら、ガムをくちゃくちゃ噛んでいた。注意しろよフブキ先生、と思ったが、それ以前に態度悪い。
「ではミズキさん……みなさんに何か挨拶を」
「特になし」
 彼女の言葉。それだけで、教室の空気が凍った。明らかに仲良くしようという意志がない、はっきりとした言葉。
「先生、私の席、どこ」
 フブキ先生を見上げるミズキに、何かしらの威圧感を感じたのか、フブキ先生は恐る恐る、俺の隣を指差した。空いてたっけな、そう言えば。
 ミズキは、俺をチラリと見て、教室を横断。俺の隣に座った。
「……あー、よろしく、ミズキ」
 愛想笑いで、とりあえず第一印象だけでも確保しておこうと笑いかけてみた。しかし反応しやしねー。ちくしょうナマイキ。
「あなた、昨日、校庭でバトルしてたよね」
 ゴウタとのバトルだろうか。
「あ? ……あぁ、確かにしてたが。見てたのか」
 そう尋ねると、彼女はこくりと頷いた。さっきから一度も俺を見やしねえ。
「雑魚」
 ……………………え。
 固まった俺が見えないのか、彼女はまだ口を動かす。
「あなた達、ロボバトル下手。この学校で、下から数えた方が早いでしょ」
「一応、対戦相手のゴウタはこの学校最強だったが……」
「なんだ、がっかり」
 こいつ失礼すぎじゃねえか?
「……さっきから聞いてりゃ、雑魚だなんだいいやがって。なら、お前は強いんだろうな」
「もちろん。口だけじゃないよ、私」
 パーカーのポケットから、ロボキューブを取り出し、それを変形させた。
 変形したロボは、青い髪を赤いリボンでポニーテールにした、見たことのないロボだ。
「エアリアルビューティーのマーキュリー。放課後、勝負しようよ、最強くん」
「……上等。女でも手加減しねえからな」
 初心者だけど。
「私は手加減してあげる。どうせ、勝てないんだから」
 くっそう。ムカつくぞこの女。
「俺のこと、ナメない方がいいぞ」
「……うん?」
「俺は師匠に恵まれてるからな。もしかしたら、わかんねえぞ」
「師匠? なにそれ……古い言葉」
 古い言葉って言うなよ。確かにカスタムロボが流行ってる時代からしたら、師匠はあまり使われないだろうが。
 こういう熱い言葉は流行らないのだろうか。


「あのブチルとの無様な戦いも、その師匠から教えてもらったの?」


 その言葉を聞いて、俺は周りがどういう状況かも考えず、立ち上がってしまった。頭に血が上ったのだ。
「テメエッ! もう一度言ってみろ!!」
 叫んで多少は溜飲が下がったのか、それで冷静になって、周りの視線に気づいた。
「どうしたかな……セイジくん」
 フブキ先生の訝しむような顔に、俺は頭を下げて、座る。隣でクスクスと笑うミズキを思い切り睨んだが、あまり効果はないらしい。
 くっそ。いつもは女子から怖い怖い言われているというのに。肝心な所で役に立たねえ。
「放課後、ロボステーションで」
 フードで目元は見えないが、ふっくらとした血色のいい唇が笑みで歪むのが確認できた。


  ■


 放課後。ミズキが教室を出たことを確認し、俺はすぐにアキラの元へ向かった。
「どうしたセイジ? お前、今日の朝いきなり転校生に怒鳴ってたなぁ。短気は損気だぜ?」
「あぁ、そのことは後で説明する。けど、今はその前に教えて欲しいことがある」
「ん?」
「ロボステーションってなんだ」
「…………………」
 おや。
 アキラが固まった。
「お前、本当にコマンダーかよ」
「はじめて三日目」
「だったな……それにしたって、知ってても良さそうだが。まあいいや、ロボステーションってのは、街に必ず一つはあって、ロボに関する情報やコマンダーなんかが集まる場所だ」
「へえ。どこにあるんだ?」
「なんだ、ロボステーション行くのか? だったら俺もパーツ買いたいんだ。案内するぜ」
「ありがてえ。迷う自信があるから助かる」
 アキラの肩を叩いて、にっこりと笑った。

 そして俺達は学校を出て、ロボステーションへと向かう。ロボステは街の中心部にあり、ゲームセンターのような外観をしていた。屋上にある巨大なロボキューブが目を引いて、いくら方向音痴な俺でも余裕でたどり着いていただろう。
 自動ドアをくぐり抜けた先のロビーには、たくさんのホロセウムデッキが並んでいて、コマンダー達がバトルに勤しんでいる。
「うひゃー……すごいな」
 まるでパーティーみたいだ。立食パーティー。
「ん? おい、セイジ。あれ、転校生じゃね?」
 アキラが指差した先、ホールの中心にあるホロセウムで、ミズキがロボキューブを軽く上に投げ、立っていた。
「なんであいつ、ロボキューブ投げてんだ?」
 その疑問に、アキラが答えてくれた。
「ああいう風にロボキューブ投げてるのは、『バトル受け付け中』ってサインなんだよ」
 つまり、ミズキは今バトル待ちか。だとしたら、あまり待たせてはいけないな。
 俺がミズキへ歩み寄ろうとした時、いきなりアキラが俺の肩を掴む。
「お前、転校生とやんのか?」
「あぁ」
「今朝みたいにビビらせんなよ? 転校生、ふさぎ込んで喋らなくなっちゃったじゃねえか」
 いや、ふさぎ込んでもないし、もともと無口だっただけだ。そもそも今日は授業中、フードで顔が見えないのをいいことに、ずっと寝ていたぞ。
「ビビらせてねえ」
「まあ、お前は顔が怖いから。せめてバトルの中くらいは、可愛くしとけ。これやるよ」
 と、アキラはパーツデータチップをくれた。名前を見れば、ヤジューポットFと書かれていた。
「なんだこれ」
「可愛い子犬型爆弾」
「その発想は可愛くなくね?」
 ま、まあいいや。パーツもらえたのはありがてえし。
「んじゃ、俺はパーツ買ってくるから」
「おう。パーツサンキューな」
 チップをロボキューブに差し込み、今度こそミズキの立つホロセウムデッキへと向かった。
「よう。待たせたな」
「ここ、レベル低い」
 初めて来た場所の文句を俺に言われても。
「待ってる間、三人くらい相手にしたけど、全員弱すぎ」
「そうかい。……ま、俺は退屈させねえよ」
「あ、そ」
 俺達二人は、キューブを取り出し、同時にホロセウムへと投げた。
「氷結の舞、見せてあげる」
「駆け抜けろ! アルファ・レイ!!」

 今回のステージは、まるで北極。氷の床に、所々突き出した氷の壁。
 その中心に、アルファ・レイとマーキュリーが向かい合う。
「さぁ、て。行くよ」
 ついっと、音も立てずに滑り出すマーキュリー。
「逃がすか!」
 マーキュリーを狙って、ガトリングを連射。しかし、氷を滑るマーキュリーはとんでもなく速い。ガトリングが当たりもしない。
  なんだあいつ、フィギュアスケートみてえな動きしやがる!
「ブレードガン」
 マーキュリーが構えた銃から飛び出してきたのは、弾丸ではなくナイフだった。
 幾本ものナイフが飛んできて、避けようとするのだが――
「うわっ、うわわわっ!!」
 滑って全然避けられず、腕や足にナイフが刺さる。
「――ッてぇ!!」
 血こそ出ないものの、なんだよあいつの戦い方!
「まだまだ。――さらに、フリーズボム」
 マーキュリーの左手に装備された射出機から、ボムが発射、俺の手前で爆発。
「くっ、しょ……!」
 そのボムにはなにか特殊な効果があったらしく、俺の体が動かない。
「フリーズボムは、ロボの駆動機系を一定時間凍結させるボム」
 言いながら、再びブレードガンを発射する。フリーズボムの効力が切れ、ほとんどコケるみたいにして避けた。
「ちくしょう! 動けねーし当たらねー!!」
 言いながらも、ガトリングを連射する俺。しかし、軽やかに避けられる。
「……あなた、射撃下手」
「っがぁぁぁ!! 射撃下手って言うなぁ!!」
 しかし、ヤケになって撃ちまくっても全然当たらない。頭に血が上って、なお下手になってる。
「ちくしょー……だからって、直線的なボムじゃ……」
 氷結の舞に当たらないだろう。
 ガンもダメ、ボムもダメ。――他にはアタックと……ポット?
「そうだ。ポット!! 行けッヤジューポット!!」
 背中のミサイルポットから、ミサイルを射出。なぜかそのミサイルは、敵に向かわず、俺の前に降り立った。
『きゅー』
 それは、可愛らしいロボット犬だった。攻撃力なんてさらっさらなさそう。
「お前、本当にポットかよ!? 行けよマーキュリーに!!」
『きゅー……』
 なぜ可愛らしい顔をする。
「なに、その雑魚ポット……攻撃すらできないね」
 いや、もうおっしゃる通り。
 なんてもんくれやがんだアキラは、と呪いそうになった瞬間、ヤジューポットの表情が変わった。
 先ほどの愛玩動物的な感じから、突然、文字通り野獣の表情に。
「な、なんだ?」
『ふしゃー!!』そして、すごい勢いでマーキュリーに向かっていく。
「な、なに!?」
 突然のことすぎて対処できなかったらしく、マーキュリーに直撃。
「きゃぁぁ!!」
 氷結の舞が、爆風で止まった。ヤジューポット、すげえ。
 しかし、感心している場合じゃない。
「今だ!!」
 止まっている的を撃つくらい、俺にもできる。ガトリングの連射が、マーキュリーを捕らえた。
「くっ……!!」
 だが、さすがはマーキュリー。すぐさま起き上がって、氷の上を滑り出し、こっちに向かってきた。
「はぁぁぁッ!!」
「行けッ、ヤジューポットォ!!」
 ヤジューポットを一気に三つ発射。怒れる獣三匹が、マーキュリーへと向かう。
 華麗な動きでフェイントをかけ、ヤジューポットの動きを惑わし、ブレードガンを打ち込んで破壊。爆発が起こり、マーキュリーの姿が見えなくなる。
 やばい――。
 俺は、自分の初戦を思い出した。
 テジャヴ――マーキュリーが爆発の中から飛び出し、ブレードガンを構えていた。
「やら――せるかぁ!!」
 互いのガンが交差する。
 互いの銃声が交差する。

 そして、俺達は同時に倒れた。



  ■


「引き分け……?」
 ホロセウムの腰辺りに設置された、互いのヒットポイントが表示されたウィンドウには、互いのヒットポイントがゼロと表示されていた。
「私が、引き分け……」
 よほど俺と引き分けたことが信じられないのか、彼女はぶるぶると震えていた。
 しかし、すぐに震えは収まり、彼女はフードを脱いだ。
「朝言ったことは、訂正。ごめん」
 彼女の肌は、雪のように白く、唇はとてもふっくらしていて、髪は深く飲み込まれそうなほど黒く、艶やかなツインテール。
「……お前、もったいねえ」
「え」
「なんでフード被ってんだ? もったいねえ」
 彼女は、照れ臭そうにフードをかぶり直し、ポケットからチュッパチャプスを取り出し、しゃぶり始める。
「でも、このままじゃ収まらない。私は、決着つけたい」
「あぁ。望む所だ」
「……今すぐじゃないわよ。近々、ここで大会があるらしいから、そこで」
「『サンデーマッチ』のことか?」
「「うわぁっ!!」」
 俺達二人は、いきなり現れたアキラに驚いてしまった。傷ついたみたいな表情をするアキラに、俺は素早くフォローを入れる。
「ここで毎月、第三日曜に行われてる大会でな。今回のメンツはすごいらしいぜ」
 来週じゃねえか。もう時間がねえぞ。
「ここのレベルなら、問題ない」
 大きな口を叩くな、ミズキは。
「ちなみに、俺も出る。みんなで頑張ろうぜ!」
 おー、と手を挙げるアキラをミズキは華麗にスルー。慌てて、俺も手を挙げた。

       

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