Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
4-1 白と黒

見開き   最大化      

 基地の中は騒然としていた。
 空き部屋に隠れ、落ち着いて耳をすませる。
 怒号と足音が廊下を駆け抜け、部屋の前を通り過ぎて行くのがわかった。

 まさか、こんなに敵が多いとは思ってもみなかった。 
 ……暴れるのが早かったか?
 俺は一旦変身を解除し、息を整えつつ敵から奪った時計を確認。
 針は23時37分を示していた。まだ少し余裕がある。 
 過呼吸気味になっている肺を、無理矢理限界まで息を吐き出す事によって逆に沈静化させる。
 気合入れに頬を二回叩き、脱力して目を瞑った。
 体調は万全ではない。だが、万全だと思い込むことにした。
 誰も部屋の前にいない事を聴覚で確認し、派手な音を出すように思いっきり扉を蹴破る。
 数秒としない内に、銃を持った男達が駆けつけてくる。
 それでいい。俺はこいつらと戦えばいいんだ。

 「動くなッ!!」
 男達が銃を構える。
 が、もう遅い。
 俺の左手は、既に右手首の腕輪にかかっている。
 スイッチを押し込み、外側に半回転。



 「変身」 
 
 

 体が、光に包まれる。
 同時に、銃弾の雨が俺の体を穿たんと降り注ぐ。
 それを意に関せずに不定形の光の幕は形を変え、俺を異形の戦鬼へと変貌させる。
 
 「かかってこい……俺が相手だ」
  
 彼女のために、少しでも時間を稼ぐ。
 他の誰でもない、俺が戦わなくてはいけないんだ。






 


 「俺が……改造人間……?」
 「そうよ。厳密に言うと怪人。残念ながら、あなたはもう純粋な人間とは呼べなくなってしまったわ」
 研究服の女は淡々とした態度の中にも、わずかに同情の色を滲ませていた。
 態度の割には随分声が大きい。喉や腹に力を入れているわけでも無いので、彼女の体質なのだろう。
 動揺している俺を落ち着かせるためか、やけに匂いの強い紅茶を差し出されるが、飲む気にはなれなかった。
 「なんだそりゃ……どう言う事なんだよ!?」
 「あなたの身体能力の高さと、適応率の高さに『組織』が目を付けたのよ」
 「適応率……? いや……『組織』ってのは……?」
 中二病、と言う単語が頭に思い浮かんだが、何を馬鹿なと笑える状況ではなかった。
 記憶にあるからだ。俺が実際に、何の説明も無しに、何らかの手術を受けさせられていたのを。
 それも明らかに普通の手術ではなかった。

 ――普通の手術は、四肢を、臓器を、骨を、筋肉を。
 体の大部分を、分解したりはしない。

 思い出したら、喉の奥が熱くなる。
 込み上げる嘔吐感に、口を両手で押さえた。
 「大丈夫? ……どうやら、思い出したようね」
 逆流しようとする胃液は、どうにか途中で戻ってくれた。
 少し落ち着いた所で、紅茶の入ったカップを手に取り、口に入れようとする。
 その前に、鼻腔に近づけてもう一度匂いを嗅いだ。
 「変な薬は入れてないわ」
 「……随分匂いが強くないか?」
 「それは多分紅茶の香りが強いんじゃなくて、あなたの嗅覚が過敏になっているのよ。
 嗅覚だけではないわ。視覚、触覚、味覚、聴覚。今の貴方は、五感が常人の何倍何十倍も働くようになっているの」
 「……!」
 言われて、違和感の正体に気付く。
 紅茶の匂いが強いのではなく、彼女の声が大きいのではなく。
 俺の感覚の方が強くなっていたのか。
 「それはまだ安定していないだけで、すぐに調節がきくようになるわ。
 それと、強化されたのは五感だけじゃない。筋力に思考速度、バランス感覚、空間把握能力、間接の稼動範囲なんかだって広がってるはずよ。

 さて、あなたはこの能力を何に使いたいかしら……白金進次(しろがねしんじ)君?」


 彼女はここの研究員だった。
 しかし、あまりにも非人道的な組織に嫌気が差しここを脱出しようとしていたのだ。
 だが、ここはあらゆる非合法が罷り通る組織『ネオヒューマンズ』。セキュリティはあまりに厳しい……一人で脱出するには、だ。
 そのために、俺が必要だった。
 新型の『怪人』である俺を、洗脳が終わる前に無理矢理叩き起こし状況を説明。協力するように促してきた、わけらしい。
 選択肢なんて無かった。怪人だか何だか知らないが、組織の駒となって悪事を働くような真似などできるはずがない。
 
 計画はこうだ。
 彼女は隠れて外部と接触を図り、出口付近で落ち合い逃亡する予定である。
 指定時刻は0時丁度。場所が場所のため、相手も長くは待ってはくれない。
 どうにか二人で出口まで辿りつかなくてはいけないのだが、彼女はまだしも俺が怪しまれずに移動するのは困難だ。
 だから、逆に俺は基地内で暴れて注意を引き付ける。その隙を見て彼女がセキュリティを操作。
 追ってくる相手を強化された脚力で引き離し、非常シャッターで隔絶する。
 成功の鍵は、どこまで俺が派手に暴れられるか、だ。
 
 失敗すれば命は無いだろう。どんな処刑が待っているかなど想像したくもない。
 だが、このまま組織の言いなりになるのは死も同然だ。それに――

 ――腕には、少々自信があるのだ。





 「……とは思ったが」
 まさか、牽制程度のローを入れただけで相手の骨をへし折り、肉を千切れさせるとは思ってもみなかった。
 自分で蹴っておいて悲鳴を上げそうになってしまった。
 「手加減しないと、簡単に人なんか殺しちまうぞ……」
 向こうもどうやら只の人間ではなく、強化改造を受けているらしい。
 だが、新型怪人の俺とは明らかな格差があった。変身した状態の力は、もはや霊長類の限界を遥かに超えていたのだ。

 先程鏡で確認した自分の姿は、怪人と呼ぶ程禍々しさはなかった。
 手も足も二本づつあるし、鉤爪や裂けた口があるわけでもない。
 銀を基調としたスーツのような姿に、細長いバイザーついたフェイスマスク。
 「卍」を崩したようなマークが中心に入っているベルトに、鈍く光る金色の腕輪はむしろ……
 「……正義のヒーローに、見えなくもないな」
 憧れた事は、俺にもあった。
 強く揺るがない正義の心は無敵だと信じていた。
 悪に憧れる友達の気持ちが、理解出来なかった。
 
 正義の味方か悪か怪人かはわからないが、今の俺はこんな姿だ。
 どちらか選ぶなら、俺は正義になりたい。
 正義であると信じて、俺は銃撃を掻い潜り拳を振るってゆく。

 
 大分手加減のコツは掴んできた。
 敵の筋肉の動きを過剰なまでの視力で視認。先読みして足をかけ、バランスが崩れた所を背中から床に叩き落す。
 「がッ……!?」
 接地面積が広いため、怪我したとしても重傷にはならないだろう。だが、衝撃でしばらく動く事はできまい。
 人の事を勝手に改造した事について恨みがないわけではないが、殺したい程ではない。
 
 殺した人間は、二度と生き返る事は無い。当然の事だ。
 死んでしまっては罪を悔い改める事も、償う事もできない。
 殺された側も殺した側も、後戻りはできないのだ。

 銃弾を受けても無事な装甲は助かるが、相手を殺さないのなら、この力は過剰すぎる力だ。
 俺には、少し荷が重い。

 受け止めた弾丸を、ライフル目掛けて投げ返す。
 放たれた弾丸は銃身を湾曲させ、使い物にならないようにさせる。
 素早く近づき、掌低を腹に叩き込む。






 



 






 相手は、真っ二つに割れて。
 辺りに臓物を撒き散らした。







 「な……!?」

 手加減を間違えたか? いや、そんなはずはない。ない、が。
 俺が、殺してしまった……?


 
 頭に焦りと後悔が浮かんだが、事実は異なっていた。
 「ん、珍しいタイプの怪人だな」
 落ち着いた声に目を向けると、手から血を滴らせた『何か』が、俺の方を見ていた。
 全身が黒く。全身が岩石で出来た鎧のようなもので出来ている。
 顔は騎士のような面で覆われ、表情はわからない。それとも、これ自体が顔なのか。
 
 怪人。
 ついに俺と同じような奴が出てきた。これまでとは一味違う、厳しい戦いを強いられそうだ。

 ……いや、待て。そうなるとおかしい事になる。
 怪人なら、何でこいつは組織の戦闘員を殺したんだ?
 言語は通じるようだ。俺は現れた怪人に問いかける。
 「お前は、いったい……?」



 怪人は、答える。




 「ただの快楽殺人者だ、名乗るほどのもんでもねぇよ」

       

表紙
Tweet

Neetsha