Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
4-1~5 《ダーイン・スレイヴ》

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 灰色の怪人が、行く手を阻む。
 存在感のあるいかついベルト、黒色の半透明バイザー、シワの一つもない小綺麗なスーツ。
 シュターゼン式、と言う奴だ。怪人と呼ぶには、いささか荒々しさが足りてない気もする。
 まあ、どんな変身をしようとどんな能力を使おうと、人の勝手だ。
 どうせこれから死ぬんだからな。
 俺は床にヒビが入るほどに強く踏み込み、ベルト狙いの横蹴りを放つ。
 蹴飛ばされた怪人は派手に吹っ飛びながら、ベルトの破片を辺りに散らばせた。
 変身は……解除、されない。
 「どう見てもベルトが弱点だと思ったんだがな……まあいいや」
 倒れたままの怪人に近寄り、足を高く振り上げる。
 「! やめっ……」
 
 俺は構わず、スーツごと怪人の頭を踏み砕いた。
 廊下に、柘榴が弾ける音が木霊する。

 「あー悪い。聞こえなかったわ」

 手首をごきりと鳴らす俺を、今しがた潰した奴と同じ姿の怪人が囲んでいた。
 怯えを隠しているのか、この人数なら俺に勝てると思っているのか。
 どっちでもいい。お前らは俺と戦えばいいんだ。


 「かかってこい、相手してやるよ。



 ――命乞いは、聞いてやらねぇけどな」

 四方八方から迫る灰色の銃声。
 俺はそれを、黒く塗りつぶしていく。



 ……そしてそれらは、更に大きい『赤』に一瞬で塗りつぶされた。

 



 ◇



 「シュターゼン式、ねぇ」
 「そうだ。お前みたいなニナカワ式とは違うタイプだな」
 「その呼ばれ方は正直、嫌いじゃねぇな……ぶっ殺したい顔がチラつきやがる。まあもう殺したんだがな」
 「……お前のツンデレ語は正直、混乱するから統一して欲しい。殺したいなら『嫌い』でいいだろ、正直になれよ」
 「俺は正直なつもりなんだがな……殺したい奴は好きだ。何も考えずに殺せるからな」
 「……まあ、いいや。本題はここからだ。その組織、『ネオヒューマンズ』には100%……洗脳装置がある。情報筋は確かだ」
 「おお、ついに当たりってわけか」
 「……俺にはどうしても、それが必要なんだ。本当は自分で取りに行け、って話なんだがな……



  ……頼めるか? カイト」
 
 レイジは申し訳無さそうに俺を窺う。
 別に構いやしない。レイジの情報網には、こちらも世話になっている。
 俺はカウンター席から立ち上がり、背を向けて一言呟いて、店を出た。
 「任せろ」
 「……ありがとう」
 消え入りそうな声でそう言ったのが、確かに俺には聞こえた。

 

 



 山脈の真っ只中にある基地は、外から見ると何の変哲もない二階立ての小さな工場。
 中に入ってみるとわかる。建物の奥が山の中にすっぽりと埋まっているという事と、ここがまともな施設ではないという事が。
 やけに慌しい雰囲気だ。足音と怒号ががそこかしこで聞こえるが、俺の方に向かってくるわけではない。何か別の非常事態が発生しているようだ。
 「……新型の怪人でも暴走してんのか?」
 何にせよ、警戒するに越した事は無い。俺は早々と変身することに決めた。
 「変身、ってな」
 心臓の玉を潰すと同時に、皮膚が黒ずみ硬化していく。岩石を荒く削って作ったような鎧を纏ったような姿。
 正確には、鎧そのものが俺の肉体だ。
 
 『一つ変身』。
 二つ変身に比べてパワーが劣りスピードが勝る形態だ。コストパフォーマンス的には断然こっちの方が上だな。
 こっちじゃないと使えない『能力』もある……利点だらけに見えるが、二つ変身にも面白い使い方があるので、上位互換と言うわけでもない。
 
 俺は騒がしいほうへ、火種を求めて歩いていく。 
 すれ違う戦闘員を、逃げ惑う研究員を、動くものを、全て動かぬものへ変えていく。
 赤のカーペットが廊下に敷かれ、俺は舞踏のお相手を次々に代えていった。
 曲がり角にて、銃を向けている戦闘員の姿が見えた。こちらに、ではなく、真横へ。
 次の瞬間には手に持つ銃が別の銃弾に当たり、酷く湾曲した。

 ……一体誰と戦っているんだ? 同士討ちか?

 その無防備な脇腹に近づき、俺は腕(かいな)を横に薙ぐ。
 腕が横っ腹にめり込み、スローモーションでゆっくりと埋まり、反対側から血飛沫と共に飛び出る。
 戦闘員の身体は蒟蒻のように簡単に千切れ、分かれた上半身は回転し、中身を吐き散らしながらあらぬ方向へと飛んでいった。

 「な……!?」
 驚愕の漏れた声。そちらの方に首を向けると、白いスーツに身を包んだ正義のヒーローみたいな男が俺を見ながら固まっていた。
 「ん、珍しいタイプの怪人だな」
 シュターゼン式の……恐らく新型だ。
 シュターゼン式自体は別段希少でもないが、こんな専用の主題歌でも持ってそうな『怪人』を見る機会は、そうそうない。
 どうやらこのヒーロー様は、戦闘員達と対立している様子だ。
 改造手術の途中で逃げ出した……とかか?
 「お前は、いったい……?」
 落ち着かない声をしている。どうやら、中の男はまだ若いようだ。俺と同い年か、それより下だろう。
 敵か、味方か。
 新型怪人の疑問を、俺ははぐらかす事に決めた。

 「ただの快楽殺人者だ、名乗るほどのもんでもねぇよ」

 馴れ合うつもりもないが、殺すつもりもない。
 俺とお前は、似て非なるもの――

 ――そして、非にして似ているものだ。



 近くにいた戦闘員が、俺に銃を向けてくる。
 俺の頭に狙いをつけ引き金を引くより、ほんの少しだけ速く。
 俺はそいつの頭を壁に叩き付け、爆砕した。
 爆発が芸術なら、きっとこれも芸術なのだろう。壁には赫一色の現代アートが描かれた。
 残念ながら俺は芸術には疎いので、あまり長く眺める事も無しに新型怪人に目を向ける。
 さて、こいつをどうするかだ。
 背を向け合って共闘でもするか? ……柄でもないな。
 相手も俺を敵に回すかどうかを決めあぐねている様子だ。場は沈黙に包まれる。
 静寂を破ったのは、二人分の足音だった。
 俺の後方二十m。奥から出てきたのは新型のこいつに近いデザインをした灰色の怪人だった。
 恐らくこの灰色の怪人をベースに新型は作られたんだろうが、新型に比べて随分寂しく地味なデザインだ。
 試作型と言うよりは、量産型だな。
 それぞれ両手には武器を持っている。あれは対物ライフル……確か、ソ連時代の旧式、シモノフだ。
 半世紀以上も昔のとは言え、戦車内の人間をも射殺できる代物。それが、四丁。こちらに照準を合わせている。 
 「おーおー、怪人の癖につまんねぇ戦い方だな」
 怪人の膂力を以って、対物銃の反動を押さえ込む。
 普通の人間なら片手撃ちどころか立射もままならないだろう。二丁持ちなんてもっての外。だが、俺たちにはそれが可能だ。
 だからといって、こんな強靭な肉体を持ちながら遠くから銃を撃つだけとは……何と言うか、趣きが足りない。
 「撃て」
 そんな俺の思案をよそに、量産怪人は射撃を開始する。
 かなり昔にこの手の銃で撃たれた事があるが、怪人の姿でも当たると相当痛い。
 が、当たらなければ痛くない。俺は超音速で迫る弾丸をひょいと避ける。
 誰が当たってやるもんかよ。
 「ぐあッ!?」
 当たったと思しき声が、後ろから飛んできた。
 なんだ、正面から来てるんだしあのくらい避けろよ……と思ったが、多分あれは、今しがた俺がギリギリまで引き付けて回避した弾丸だ。
 右手に命中したらしい、腕を押さえて俯いている。おいおい、立ち止まってると狙い撃ちだぞ。
 ……まあ、半分は俺のせいなんだけどな。

 こいつが死んだら俺が狙い撃ちだ。流石に狭い廊下で対物銃四丁を一人で相手するのは面倒なので、早々に片付ける事にする。
 前方に疾駆。迫る銃弾を、頬に掠める。
 推進力を乗っけて、左の壁へと斜めに向かっていく。
 そして、重力が作用するより速く。壁面を蹴り進む。
 そのまま天井へと移動し、即座に反対側の壁に『降りる』。
 自分にとっての『地面』を三回切り替え、世間一般での『地面』に再び降り立った時には既に。
 量産型怪人の、目の前だった。
 格闘戦の間合いから、飛んでくる14.5mm弾。ドンピシャのタイミングで俺は身体を捻り、紙一重でかわす。
 そして、前衛の怪人を通り過ぎると同時に、加速を上乗せした右ストレートをどてっ腹にぶち込む。
 踏ん張りは利いてないが、このスピードならなんら問題無しに腹をスーツごと貫通できる。
 俺はそいつに目もくれず、奥の怪人へと疾走を続けた。
 
 こないだの怪人の技……パクって見るか。

 踏ん張りは、ここで入れる。 
 右足に力を込め、壁へと跳躍。
 壁を突き破る勢いを左足で受け止め、力の流れを天井へと向ける。
 体勢を変えながら天井に飛びつき、両足の力を使って地面へと一直線に『跳ぶ』。
 そして俺を見上げている、その面に向かって――
 ――唸る右手を、振り下ろす。

  
 ぴしぃ、と歪みの音がする。
 何を切り裂き、伏せたのか。
 銃か、スーツか、肉体か。それとも奴等の運命か。





 全てだ。




 
 「《ダーイン……………なんちゃら》」
 何て言われたんだったか、忘れた。まあいい。

 俺の前後で、どう、と倒れる音が重なった。



 『柏木隊長は、《――――》ですね』
 
 『はぁ? 何だそりゃ?』
 
 『魔剣ですよ。一度鞘から抜かれると、人の血を浴びるまで鞘に収まらない……。いつかは持ち主にも破滅を与える、呪われた魔剣です。
 人を、怪人を、敵対するもの全てを、その右腕で一刀に切り伏せる隊長はまさしく……
 ……抜き放たれ、血に飢えた魔剣《――――》そのものです』



 「……ったく、誰が魔剣だ……」
 部下に付けられた仇名。
 あまりにもダサいと言うか、中学生のようなセンスだ。
 
 俺はただの『殺戮病』の手遅れ野郎。
 それで、十分だ。
 


 俺は後ろを振り返り、一人残った新型に視線を向ける。
 新型は大袈裟に震え、一目散に逃げ去ってしまった。
 「あ」
 ……まあ、そりゃ逃げるよな。
 別に仲良くしたいわけでも無かったが、こう、あからさまに逃げられると寂しいものがあるのは確かだ。
 ……くそ、少しイラつきも感じてきた。どこかにはけ口になるような奴等はいないものか。
 そう思った矢先、足音が近づいてくるのを感じた。量産型の灰色が、俺を取り囲むように陣を展開している。
 「はっ……ちょうどいいや。少しばかり寂しかった所だ」
 俺は銃声が轟く空間の中を縦横無尽に駆け巡り、怪人どもを薙ぎ倒してゆく。
 
 



 ◇
 
 ――そうして、話は冒頭へと戻る。
 怪人達と遊んでいた所、閃光が視界を包み、爆発でも起こったかのような轟音と烈火が俺を、ひいては建物全体を蹂躙した。
 起こったかのような、と言うか、起こった。爆発そのものだった。それも、とてつもなく大きな。
 人間なら骨も残らず即死、改造人間なら原型を留めず即死、怪人でもちょっと耐えた末に丸焦げになって死ぬような無茶苦茶な爆発だったが、残念ながら俺は生きていた。
 紅蓮の業火に包まれ、呼吸もままならないながらも、出口を求めて闇雲に走る。
 と言っても、肺活量も人間とは段違いだ。言うほど切羽詰っているわけでもない。
 丸々焦げた何かが廊下に点々と転がり、その内の何体かはまだ息があるのか、何かを求めるように腕を動かしていた。
 それを、介錯半分遊び半分で頭を踏み砕いて行く。そのくらいの余裕はあった。もっとも、一刻も早くここから脱出したかったのも確かだったが。
 もはや建物の内部はほとんど原型を保っていなかった。炎と壁でできた迷路になったそれは俺の行く手を阻もうとするが、生憎俺は障害物は蹴り破る主義なんで何も問題は無い。
 問題があるとしたら……レイジに頼まれた、洗脳装置だ。
 この爆発に呑み込まれて、無事なはずがない。何に使うのかは知らないが、必死になって探しているあたりよほど必要なのだろう。
 期待を裏切ってしまったか……アクシデントとは言え、情けない話だ。
 それに、ベル子への土産。常に新鮮な肉を必要としているので、補給が途絶えるとしばらくは俺の肉で我慢する事になる。お互いに、な。
 あいつは俺の肉がどうもお気に召さないらしい。怪人の肉はやはり硬いのだろうか。 
 昔はあんなにがっついて、それこそ半ば喰い殺す勢いで噛り付いてきたのにな。まあ、今頃好きになられても困るが。
 
 ……しかし、なんでまた爆発なんざ起きたんだ。人為的なものであることは間違いないだろうが。
 これだけ大規模な爆発なら、中にいるものは全員無事では済むまい。
 証拠を隠滅するにも、時期尚早すぎる。まだ十分に戦力を残した状態で自爆するとは考えにくい。
 となると……混乱に乗じて、第三者の何者かが忍び込み、爆弾を仕掛けた?
 いや、それもおかしい……行動が早すぎる。情報が漏れたとは考えにくい。俺が来ると言う事を事前に知っているはずがないだろう。
 
 ……そうなると、むしろ第三者は……俺の方、なのか?
 たまたま誰かが襲撃をかけるタイミングに俺がのこのこと現れた、ってか?
 さっきの新型怪人が量産型と対峙していたのは、恐らく時間稼ぎか? 
 そう仮定すると、あいつが脱兎の如く逃げ出したのは俺が怖かったからじゃなくて、頃合いを見て引いたわけだな。
 ただのビビリかと思ったら、俺に陽動を押し付けてとっとと帰りやがったわけだ。
 そして割を食った俺はこうして灼熱地獄をひた走ってる、と。
 なるほどなるほど。

 よし。殺す。
 あの新型怪人は変身を解除させた上で火の中に放り込んで殺す。
 爆弾仕掛けた奴が他にいたら五体引きちぎって順に火にくべて殺す。とにかく殺す。
 炎は体に燃え移っていないが、俺の怒りにはしっかりと飛び火していた。

 何度目かの壁を蹴り破ったら、一瞬で視界は赤一色から黒へと変化する。
 フライパンの上にいるようだった熱気が急に途絶え、肌寒さすら感じるほどの温度差に身体と頭が冷やされた。
 俺は炎に赤く照らされた森を見渡す。
 木々の狭間にぽつんと、こちらに背を向け奥に向かって手を大きく振ってる女の姿が見える。
 辺りには他に誰もいないのを確認して、俺はそいつの方へと近づいていった。
 白衣を着た、ショートカットの女。背はそれほど高くない。どうやら、ネオヒューマンズの研究員らしい。
 その傍らには、男が倒れている。僅かに動いている……と言うか痙攣しているので生きてはいるようだが、外傷らしき外傷は見えない。爆発に巻き込まれたわけではなさそうだ。
 一歩を踏み出そうとしたその女の後姿に歩み寄り、呼び止めた。
 「ちょっと待て」
 びく、と一瞬静止した後、女は振り返り驚愕した様子で俺を見る。
 「誰っ!? この爆発で、生きてるわけがっ……」
 この反応、どうやら、間違いなさそうだ。
 俺はこの女によって、危うく人生を爆発オチで終わらされる所だったのだ。
 
 「変身してなかったら死んでたぞ、この糞女……!!」
 泣いても喚いても、許してやらねぇ。
 憤怒の炎に焼かれて、惨めに死にやがれ。
 
 「怪人……? ネオヒューマンズにはあんなタイプはいなかったはず……」
 顎に手を当て、俺の観察を始める糞女。いかにも研究者らしい行動だ。
 泣くわけでも喚くわけでも謝るわけでもなく、余裕を持って様子を窺っている。
 「ニナカワ式……あの爆発に巻き込まれても無事だなんて、随分頑丈ね」
 人を舐めきったその態度に、俺の怒りは更に加速してゆく。
 「お褒めに預かり光栄だ。好きになっちまいそうだぜ」
 と言うか、大好きで仕方ない。
 嗜虐的な笑みを浮かべるその面にはまだ幼さが残っていて、肌は日の光を浴びた事が無いかのように白い。
 俺の好みからはやや外れるが、美人の類には入れても問題無さそうだ。
 これからどんな表情を見せてくれるか、実に楽しみだな。
 「あら、両思いね。私も好きよ、お金になりそうな人は。あっちじゃニナカワは扱ってないって言ってたけど、ついでに貴方も頂いておきましょう」
 怪人を目の前にして余裕を崩さない理由。
 それは女の後ろから形を持って現れた。
 濃紺色の装束を纏った、忍者型の怪人。その数、四人。
 それぞれ青と赤とオレンジと紫の鉢巻を頭に巻いている……なんか見覚えあるな。何だあれ。
 各々が手にしている日本刀……脇差の長さのそれからは、目視できるほどの電気が帯電している。
 「そこの(と言って倒れている男を顎でしゃくる……屈辱の表情だ)白金くんには及ばないけど。痛い死に方したくなければ降参も受け付けるわ……どうする?」
 ふふん、と糞女は鼻を鳴らす。虎の威を借る何とやら、だな。
 ……もっとも、俺にとっては張子の虎だが。
 何と言うか、アレだ。今どうしようもなく、目にものを見せてやりたい気分だ。
 
 「OKOK、大体事情は察した。そこまで言われちゃ仕方ねぇ――







 ――少し、本気を出してやるよ」

 『一つ変身』には『能力』がある。
 他の怪人とは一線を画する、俺だけのオンリーワン。
 心臓を突き破る勢いで、胸板に右手を突っ込む。
 残った玉は3つ。握る玉は2つ。
 
 「システム起動」
 即ち、死だ。

 身体が熱い。
 熱量(エネルギー)が限界を超え、心拍音が加速度的に上がっていく。
 そして臨界点に達すると同時に、時間の感覚が狂い、力に酔う。比喩的な意味ではなく、溢れ出る力に、身体が本当に酔っている。
 そして、ふっ、と――急に落ち着く。これにて準備完了だ。

 「……? 既に変身してるのに、これ以上何かあるって言うの……?
 ……敵対意思は確認できたわ。やっちゃっていいわよ」
 指示を出されると同時に、四人は散開する。
 蝿が止まりそうな動きで、二人が側面から背後に回ろうとし。
 









 「『サイコ・プレッシャー』」









 俺の『超能力』により、その身体は液体と化す。
 



 間。
 僅か数秒。時間でも止まったかのように、そこにいる誰もがただその場に佇んでいた。
 「何……消え……」
 その一言と共に、正常に時間は動き出す。張り詰めていた力が体から剥がれ、霧消する。
 「え? あれ……潰れ……」
 糞女の顔が、見る見る青ざめていく。
 俺が何をしたのかはわからないだろう。赤い水溜りを目撃して、怪人がどうなったかだけ理解したらしい。
 「か、確保を」
 うろたえている状況ではないと判断してか、どもりながらもすぐに残りの怪人に指示を出す。
 それに対し俺は再び、心臓に手をやった。
 エンジンはまだ温かい。今ならまだ、玉一つで『超能力』が使える。
 変身に一つ。爆発による傷の治癒に一つ。『超能力』の起動に一つ、発動にさらにもう一つ。残った最後の一つを、摘み上げて爪で割る。
 今日はこれで打ち止めだ。
 右腕のダーインなんちゃらが最後に暴れたがってるんでな。派手に行くぜ。
 物理法則すら無視した緩慢な走りで近づいてくる、二人の怪人。



 「『サイコ・スラッシャー』」

 次の瞬間には、十二のパーツだった。
 どんどん地面が高くなり、気付いた時にはもう手遅れだ。
 綺麗にスライスされた肉の断面が、地面に二列、整然と並ぶ。

 静まる山中を、乾いた風が吹き抜ける。
 手から滑り落ちた脇差が、その刀身に淡い月輪を映していた。

 「クサナギ、式……? 嘘……そんな、だってどう見ても……ニナカワじゃ……!?」
 最初の余裕の欠片の欠片も、今の糞女には存在しなかった。
 ああ。いい声だ。いい表情だ。
 その怯えが、見たかったんだ。
 「軽い念動力(サイコキネシス)が使えるだけだ。大した事でもねぇよ。……で、お前はどうやって死にたい?」
 玉はもう一つもないが、怪人でもない女を殺す程度造作もない。
 
 殺したい奴を、殺したいように、殺す。
 俺が満足するまで、暴虐は止まらない。
 誰にも、止めることはできない。

 俺が歩を進める度、糞女が震え上がる。
 「ひっ……」
 後ずさりをしようとするも、すくんだ足が地面に取られ、その場に倒れるように尻もちをついた。
 顔面は蒼白。目元に涙が滲んでいるその姿は、さっきまで何十人も爆発で殺しておいて楽しそうに高笑いしていた奴と同一人物とは思えない。
 直接見てはいないが、していたであろう事は間違いない。
 「お前のせいで、俺の探し物も綺麗さっぱり吹き飛んじまいやがった……土産の方は、お前で代用するしかねぇな」
 任せろ、と言い切ってしまったのに、洗脳装置を持ち帰る事が出来なかった。
 
 罪は重い――死んで、喰われろ。

 「なあ!」
 「あん?」
 突如、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
 声の主は、痙攣していた男だった。相変わらず地面に伏せながらも、顔だけこちらを見ている。
 「……ああ、その声はさっきの新型怪人か。どうした?」
 俺は足を止めてそちらへ耳を傾ける。
 そうしたらそいつは、俺にこう言った。 
 
 「なんでお前は、そんな簡単に人を……殺せる? どうして、お前は人を殺すんだ?」
 と。

 一瞬、俺は呆けた。
 質問の意味を反芻した後、自然に笑みが漏れてくる。
 ……それを、俺に聞くか。
 
 「理由なんてねぇ。殺したいから殺すんだ」

 それが、俺の全てだ。
 やりたいことを、したいようにする。
 自由だなんて言うつもりはない。そう生きてきただけ、そう死んでいくだけ、だ。
 「理解に苦しむな……」
 歯軋りの音が聞こえてきそうな顔をしていた。
 その目は、確かに生きていた。火が灯っていた。
 
 力の入らない腕に、無理矢理力を捻じ込み。
 おぼつかない足に、一本の芯を突き刺し。
 勝ち目の無い今に、己を奮い立たせる。

 「……変……身ッ!」 
 左手の腕輪を右手で捻り、光に包まれる。
 光が消え、現れたのは……拳を握り締める、白の戦士。
 
 「お前が彼女を殺すと言うのなら……俺はお前を倒す!」
 そう言ってこっちを指差す、新型怪人。
 「理解に苦しむな。どうやらその糞女は、お前を利用してたんだろう?」
 俺の言葉に、新型怪人は首肯する。
 「そうだな。散々利用したあげく他の組織に売り払おうとしていた。糞女である事は否定しない」
 ああ、やっぱりお前も糞女だと思ってたか。まあそうだよな。糞女だよなコイツ。
 「……チッ」
 糞女が後ろで小さく舌打ちした。どうやらあまり反省はしてないらしい。
 こいつは蜷川とは別方向にすさまじいクズだな。悪い事言わないからここで殺しておいたほうがいいと思うぞ。
 「なんでお前は、そいつを助けようとするんだ?」
 奴は、その質問を鼻で笑った。


 「理由なんかない。助けたいから助けるんだ」


 「……」
 「……ハッ」
 「ハハハハッ!! そいつはおもしれぇ!!」
 しばしの沈黙の後、俺は堰を切ったように大笑いした。
 「……何がおかしい。馬鹿と言われて否定しないが、お前の行動よりかはマシだろう」
 馬鹿にされたと思ったのか、怒気を孕んだ口調で俺に敵意を向ける。
 凄い馬鹿だとは思うが、馬鹿にしたつもりはない。むしろ……
 「いやいや、相当の馬鹿だよお前は。お前みたいな馬鹿は大嫌いだぜ」
 「そうか、俺もお前が死ぬほど嫌いだ。両思いだな」
 言うや否や、ヒーローは拳を握り締め突進する。
 振り抜く拳は、俺のの顔面を正確に捉えた。
 流石新型と言ったところか。スピードもそこらの量産型とは一線を画してる。
 だが、今の状態でもまだ俺の方が上だ。体軸をずらしてそれを避ける。
 しかし、やけに大振りなパンチだ。一発に全力を込める戦い方は中々嫌いだが、あまりにも後先を考えない――
 ――いや、これは……!?
 「ぐっ……!?」
 胴に、衝撃。
 違和感に気付くことができた俺はなんとか後方に飛び、ダメージを軽減する。
 
 なるほど……単純馬鹿ってわけではないらしい。
 全力のパンチそのものが、『当てるつもりで放った』フェイント。
 本命は、その勢いを回転に乗っけた回し蹴りってわけか。
 衝撃を殺したにも関わらずこの威力……今のが完全に入ってたら、少しばかり危なかったかもな。
 なかなか……やるじぇねぇか、ヒーロー。

 息をつく間もなく、ヒーローは落ちていた脇差を全力で投げつけてくる。
 同時に、自身も接近。
 回避の隙を狙う魂胆……乗ってやる。
 右に、短く跳躍。脇差を流す。
 眼前まで迫るヒーロー。すぐさま攻撃には移らず、確実に仕留めるために、膝に足を絡めて転がすように投げる。
 体勢が崩れる俺。その顔面目掛けて、全力の拳が振り下ろされる。
 そしてその拳は、俺の構えた右手へと吸い込まれた。
 掌から手首、腕。肘、肩へ。強い振動に似た衝撃が走り抜ける。が。
 ――力比べじゃ、負けた事はねぇんだ。
 俺はありったけの力を込め、無理矢理にヒーローを放り投げた。
 距離を離した二人は、同時に受身を取って立ち上がった。
 仕切り直し。いや、手の内をいくつか見れた分、俺の方が有利か。

 「なるほどなるほど……格闘技にしちゃ荒過ぎるが、何かしらかじってるようだ。センスあるよお前」
 殺し合いの経験は無さそうだが、人と殴り合う機会には恵まれていたらしい。
 我流の喧嘩殺法…にしては、投げ技や回し蹴りのキレがある。
 何か複数の拳法を、自分流にアレンジした……ってとこか?
 と、思案していると、変身の残り時間が迫ってきていた事に気付く。
 三度近づこうとするヒーローに、俺はハッタリをかますことにした。
 無造作に右手を上げ、必殺の文句を口にする。

 「『サイコ・……』」
 
 言った瞬間、「ぬわお」みたいな変な声を挙げながら凄まじいスピードで自ら横に吹っ飛んでいくヒーロー。
 ヒーローとしては、中々のかっこ悪さだ。
 避けるのに必死すぎて、こちらの動向を見ていない。
 ――やっぱりお前も、見えてなかったか。






 『魔剣とかダサいからやめろ……だいたい、俺が魔剣ならあいつはなんなんだ。もはや聖剣なんてレベルじゃねーぞ、アレ』

 『あの人は何ていうか……はは、何でしょうね、アレ? ははは……ゴホン。でもホラ、柏木隊長だってすごいですよ。身体能力凄い上に超能力まで使えるし……』

 『あー、何だお前、見えてないのか。少しは見所ある奴だなと思ってたが、まだまだだな』

 『え? 何の話ですか?』















 『ありゃただのスピードアップだ。
 
 超能力なんか使えるわけねぇだろ、ばーーーーーーーーーっか』








 「『キック』」
 
 俺の少しだけ手加減した飛び蹴りが、見事にヒーローの顔面を撥ねた。
 そのまま吹っ飛んでって、木に背中を強打。「うげふ」みたいな声を出して倒れた。
 ヒーローとしては、中々無様だ。
 
 「な……何がサイコキックだ……ただのキックじゃないか……それ……」
 「ああ、ただのキックだ。お前が勝手に隙を見せてくれたから随分当てやすかったぜ」
 面白いほど簡単に引っかかってくれた。まあ『超能力』を見た後なら引っかからない方が問題だが。
 ヒーローは土を握り締め、這いずるように体を動かしている。
 何度でも立ち上がり、俺に立ち向かう。そんな意気を見せるヒーローに対し、俺は背を向けた。

 「じゃ、そろそろ俺帰るわ」 
 「へ?」

 こっちもそろそろ、限界だ。遊び疲れてへとへとなんでな。

 「……どういうつもりだ」
 「いや、もう結構な数ぶっ殺したしな。満足した。その糞女もどうでもよくなったし」
 でもまあ、俺の怒りを抜きにしてもそいつはぶっ殺しておいた方がお前の為、引いては世の為になると思うがな。
 まあ……守りたいんなら、構わない。
 「……俺を殺すんじゃなかったのか」
 「そんなこと一言も言ってねーよ。何勝手に被害妄想垂れ流してるんだ」
 確かに最初は殺す気満々だったが、糞ビッチあばずれ女に利用されてるとわかったら殺す気も失せる。
 それに、俺は……
 「……俺が大嫌いなんだろう」
 
 「ああ、大嫌いだ。だから殺してやんねぇ。じゃあな、正義の味方」
 
 振り返る事もせず、俺は森の奥へと歩いていく。
 何メートルか離れた所で変身は解除され、俺は人間の姿へと戻った。

 似ている。
 似ているが――

 ――正反対だな。


 俺は車に積んでいた替えの服を着込み、運転席に座りエンジンをかける。
 そこで、あることに気付く。




 ――忍者怪人の死体、回収するの忘れてた。

       

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Neetsha