Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
5-1 疾風少女

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 高校に入って驚いたのが、思春期とはいえ精神もかなり成熟してきた年齢にも関わらず、いじめと言う概念が存在していたと言う事です。
 全くもって何が面白いのかよくわかりません。暇なのでしょうか。お友達も大勢いるのだから、そっちと遊べばいいのに。
 「聞いてんのかよ根暗ァ!!」
 私の胸倉を掴んで凄む、力士みたいな体格の女子。
 そのまま後者の外壁に叩きつけ、鼻息を荒く吹き出しています。
 聞いてませんでした。
 「聞いてませんでした」
 私が正直にそう言うと、右の頬に張り手が飛んできました。ビンタと呼ぶには、腰が入りすぎています。
 「どうやらアタシらをなめてるみたいだね……」
 額に血管を浮かせて睨みつける、何とかさん。残念ながら名前は失念しました。
 その周りには、二人の女子生徒が私を囲うように立っています。
 いずれも劣らぬ剛の者、と言った風体の人達です。そこらの男子よりは腕っ節が強いのではないでしょうか。

 何故こんな事になっているかを、軽く説明します。
 先日、私は隣のクラスの男子に呼び出されて告白されました。
 好意を寄せられて少し嬉しい気もしましたが、私はそれを丁重に断りました。
 私と付き合うなら、せめて再生能力くらいは欲しいところです。
 それと、身体を噛み千切られる痛みに耐えられる程度の根性、でしょうか。
 それで、断ったのは良かったのですが、今度は別の女子に呼び出しをくらったのです。
 それがこの……何とかさんですね。
 何でも、例の男子が私に告白する直前に元の彼女と別れたらしく、私がいなければ二人は幸せに付き合えていたのに、と思った元彼女の友達が私に因縁を吹っかけてきた……と事らしいです。
 
 正直、私に落ち度は無い気がするのですが無視するわけにもいきません。
 私は呼び出しに応じ、昼休みにのこのこと校舎裏までやってきたわけです。
 「どうしてくれるってんだい!? あんなにラブラブだった二人の仲を引き裂いて! オトシマエ付けてもらわないとねぇ!!」
 そもそも、『新しく好きな人が出来た』であっさり終わるような関係なら、早めに別れて正解だったのではないでしょうか。
 「私は特に何もしてないのですけど」
 言うや否や、腹に拳が飛んできました。

 まあ、痛い事は痛いです。
 が、正直それほど効くわけでもありません。失敗作とは言え、一応私も怪人の端くれです。
 それにカイトくん程ではありませんが、苦痛には慣れたものです。
 これで気が済むのなら、殴らせてあげた方が面倒がないでしょう。
 できるなら、お腹が空いてきたので早めに終わって欲しいものですが……。
 「チッ……このチビ、全くこたえてねぇ……」
 殴り疲れたのか、手を止める力士さん。
 横の二人がそれに反応して言いました。
 「おい、あれを」
 「はっ、ここに」
 どんなキャラなんですか、あなたたちは。
 女子の一人が手にしていたもの、それは見覚えのある紫色の包みでした。
 ……私のお弁当です。
 「でかい弁当だな……チビのくせに」
 「見ろよこれ、九割方肉が占拠してるぜ」
 「バランス悪すぎだろ。野菜も入れてやろうぜ」
 そう言って開けた私のお弁当箱に、引きぬいた雑草をまぶし始めました。
 どこかで聞いたようなシチュエーションです。
 「やめて下さい! お弁当は関係無いじゃないですか!」
 私は声を少し荒げてそれを取り返そうとするも、鼻先に肘を叩きこまれてしまいました。
 ああ、私のお弁当がどんどん緑色に染まっていきます。
 せっかく朝早く起きて作ったカイトくんの生姜焼きが……。
 誰か……
 助けて、下さい……。

 その時でした。
 唐突に、女子の一人がものすごいスピードで視界から吹き飛んで行ったのです。
 目で追うと、彼女は顔面を擦りながら十m程進み、派手に倒れました。下品な柄のパンツが丸出しです。
 一瞬、カイトくんが来たのかと勘違いしたほどの突然のドロップキック。
 蹴りを見舞ったその人は、空中で回転し、薄茶色のポニーテールを振り回すように靡かせて。すたん、と見事に着地しました。
 「全く、よってたかって女の子一人を……ってあれ。……はは、近くで見たら全員女子でした、みたいな」
 白い八重歯を見せて笑う、私達のとは違う黒いセーラーの制服を来た、女の子。
 瞳は大きいが目付きが悪く、活発というか好戦的な印象を与えるその子は、私なんかよりもよっぽど男子に需要があるでしょう。
 「何だテメェはッ!!」
 吠える力士さんの張り手。それを彼女は無理矢理掴み、力をそのままに軌道をもう一人の女子へと変えて離しました。
 突っ張りが見事顎へと刺さり、哀れ女子Bさんは土俵の外までぽーんと飛んでいってしまいました。
 「てめっ」
 振り向いた力士さんの首に、ジャンプした彼女の両足が絡みつきました。
 そして。
 「よーいしょっと」
 そのまま足を離さずに、バック宙をするように後ろへと倒れこみます。力士さんは広い股下を潜られ、派手に地面へと頭を叩きつけました。

 フランケン・シュタイナー。
 下がマットではないのが危険ではありますが、力士さんの首は太いので多分大丈夫でしょう。
 立ち上がった彼女は足についた土を払い、ビシィと気絶した力士さんに指を突きつけます。
 「いじめっ子に名乗る名前は無いよ。あたしは寝坊してたらたら歩いてたのに曲がり角で男子とぶつかってパンツを見られた、ただのおせっかいな美少女転校生。その名は――」
 結局名乗るんですか、と言うツッコミは、次の彼女の台詞で完全に頭から消え去ってしまいました。




 「――柏木春海。
 ……って、聞こえてないか」


 
 楽しそうに笑う彼女の表情は。その佇まいは。
 どこか、カイトくんに似ていました。

       

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