Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
7-7 敗北、そして

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 これを食らって原型を留めている奴は、初めて見た。
 が、形勢は見事に逆転した。
 奴の左手は俺の右手によって完全に封殺されている上に、体勢は俺が完全に有利だ。
「ぶっ殺してやるからとっとと答えろ。てめーは何者で、誰に造られた。『アフターペイン』は、何が目的だ」
「ぐっ……」
 いくらスペックで勝るとは言え、この状況ではどうしようもあるまい。
 桜間は観念したのか、口を開いた。
「……俺は『ナンバーズ』の2。あんたと同型の怪人で、殺戮衝動を与えられた。ナンバーズとは、試作のあんたをゼロとした、コンセプト別のニナカワだ……」
「つまり、てめーみたいのがいくつもいるわけだな。あと何人いやがる」
 ヒナ子との会話で、三人は既に切り捨てられているのを聞いている。そいつらとこいつで終わり、だといいのだが……。
「一桁は俺の他に、1、3、4、5、9……二桁ナンバーもいるにはいるが、所詮は量産型だ」
 こいつの他にあと五人もいやがるのか。灰塵衆も手を焼くわけだ。
「怪人を捕まえてるのは、単なるデータ収集……大将が潜伏して研究に没頭してる内に、随分と様変わりしたらしいからな……。
 アフターペインの目的は、今も昔も変わりやしねぇ。大将の、気まぐれの遊びだ」
 大将。現アフターペインの、総帥だろう。
 放っておいたら、ろくな事にならないのは確かだ。
「そいつはどこにいやがる。蜷川の糞野郎の跡なんか継ぎやがって、趣味が悪いったらありゃしねぇ」
「……へっ、笑えるぜ」
 嘲笑の笑みを浮かべる、桜間。
「こっちは笑えねぇんだよ。とっとと吐きやがれ」
「先輩、あんた……








 蜷川外が、そう簡単にくたばると思ってんのかよ?」

「!?」

 俺の動揺の隙を付き、桜間は拘束から脱出する。
 ロックされた腕を解いた方法は――変身解除、であった。
 硬い怪人の皮膚なら外れなくても、柔らかい人間の肉なら、手が引き裂かれる痛みさえ耐えれば逃げることができる。
「てめっ……」
「これ以上喋ると大将に殺されかねないんでな。ゲームの勝敗はお預けだ!」
 怪人から人間に戻ったと言うのに、俺と違って元の服は着たままであった。
 クソっ、便利な機能までつけやがって……!
 そして、何ともタイミングの悪い所に。


「――柏木ィィィィィィィィィッ!!!!!」

 
 この間の白い新型怪人が、俺の名前を叫びながらこっちに猛進してきている。
「へっ、こりゃ再変身する手間が省けたぜ」
 桜間は、全力でこちらに向かう白金に向かって、大声で叫んだ。
「た、助けてくれぇ! あいつが、あいつが、突然現れて、街を……!」
「はっ……!?」
 迫真の演技であった。新型怪人の目からは完全に、巻き込まれた不幸な一般人にしか映らないであろう。
「! 生存者かッ! 逃げろ! 奴は俺が……相手をするッ!!」
 新型怪人とすれ違うや否や、桜間は振り向いて俺に憎たらしい笑みを浮かべる。
 あの野郎……絶対にブチ殺す……!
「貴様は……生きていては、いけない……!!」
 俺の怒りよりも更に激怒の面構えであろう新型怪人が、20m程の距離を一足に跳んで直突きを捩じ込んで来る。
「!」
 俺の反応が上回り、拳は空振った。だが、風圧が後ろへと駆け抜けて行くほどの一撃だった。
 前よりも、強くなってやがる。

 怪人は、その有り余る力故に、一挙一足にて自身に返ってくるダメージもまた、常人とは比べ物にならない。
 即ち――感情が昂ぶり、脳内麻薬が多ければ多いほど、その能力は跳ね上がる。

「――オオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」

 天に向かって吠える目の前の男は、桜間と戦ったダメージが完治していない状態で戦うのは、あまりに面倒だった。
 炎を背にして、地面を踏みしめ、新型怪人は俺へと歩を寄せる。
「……貴様は……己が快楽を得たいがために……そんな理由で……この地獄を、作ったと言うのか……!!!!」
 またしても射程外から踏み込み、、低い姿勢で強襲をかける。
 脇腹狙いのスマッシュ。刈り取るような打ち下ろしの右。そして急にしゃがみこんで回転足払いをかける。
 そこまでは見切った。
 だが。
 トリッキーな動きに翻弄され体勢を崩したところに、勢いを止めずに流れるように放たれる掌底。鳩尾に、突き刺さる。
「ッ……!」
 止まらない。
 くの字になった俺の足を踏みしめ、至近距離から喉元に肘をねじ込む。そして、完全に開いた胸元へ。
「――地獄で悔いろ」
 寸勁。
 その衝撃は、昔直撃を食らった90mm無反動砲を思い出させるものだった。
 30mほど地面と並行に吹き飛ばされて、瓦礫の山へとダイブさせられる。
 中国拳法も使うのか、あの野郎。 
「立ち上がらなくなるまで……何度でも殴り飛ばしてやる……!!」
 奴の怒りは、収まりそうにない。俺が生きている限りは。
「チッ……!」
 原因の一端は俺にあるかもしれないが、主犯ではない。
 そう俺が言ったところで、こいつは聞く耳など持たないであろう。
 倒していく他、道はない。
 そう、桜間の野郎をぶっ殺さないといけねぇんだ、俺は。
 こんなところで、てめぇなんかと――
「――遊んでるヒマは、ねぇんだよッ!」
 ギリギリだった。まだ、一つでいける。
「!!」
 俺が胸に手をやろうとすると、新型怪人は行動を察したのか全速力でこちらへ駆ける。発動前に、殺すべく。
 だが。一歩、遠かった。



「……怪人にゃ向いてねぇよ、お前」


 超々音速のキックが、新型怪人を倒壊していないビルの屋上の貯水タンクへと運搬した。
 手加減したかどうかは、自分でもわからなかった。あれだけの根性があるなら、息があるかもしれない。
 が、少なくとも奴の意識はそこで途切れただろう。
 俺はそのまま、桜間を追う。
 てっきり既に逃げ出してると思ったが、奴は少し離れた所で人間態のまま立ち尽くしていた。
 高みの見物を決めていた、と言うべきか。
「ははっ、やっぱあんなヒーローごっこ野郎じゃ本気出せば足止めにもなんねーか。ま、カス野郎に負けでもしたら俺の格まで下がっちまうからいいだけどな」
 余裕綽々の面構えだが、俺もまだ一つエネルギーを残している。
 奴が変身すると同時に、高速化オーバートランスを決められる。俺の方が、変身してる分一手速い。
「てめぇはここで……殺す!」
「残念だけど、そうはさせないよ」
 桜間とは違う、よく通る声が聞こえたと同時に俺は地面へと叩きつけられた。
「!?」
 体にかかる重力を操作されたようなこの感覚は……PKだ。
 つまり術者は、クサナギ式……の、はずだった。
「おせーぞ、『三番』」
「助けに来ただけありがたいと思ってくれよ、『二番』」
 桜間の隣にいたのは、紛れも無い漆黒のニナカワ。
 桜間の怪人態との主な相違点は、目がある点だ。そしてその目が不気味な紺色に煌めき、俺を見据えている。
「……てめぇ、も……ナンバーズ、か……!」
 重力波が押し潰そうとする中を、どうにか立ち上がる。
 少し小柄な『三番』が、それを見てひゅうと口笛を吹いた。

「旧式のくせに、僕のPKに耐えるとはね。僕は『インサニティ・スリー』奈良 歪(なら ひずみ)。ニナカワだ。
 ――同じ超能力使いでも、クサナギなんて能力頼りの欠陥品と一緒にしないでくれよ」

 俺のようなフェイクとは違う、正真正銘の『超能力持ちニナカワ』。
 あのガキが特別だと思ったら、アフターペインにもいやがったのか……。
「今日のところは顔見せだけだから、僕たちは失礼するよ、骨董品のニナカワくん」
「そういうわけだ。また会おうぜ、先輩」
「待ちやが……!」
 言い終わる前に、PKの指向性が変化する。
 縦から、横へ。
 真後ろへ吹き飛ばされる俺の視界から、二人が姿を消した。

「畜生……!」

 桜間を逃がし取り残された俺は、近くにあった瓦礫を殴り壊す事しかできなかった。















 ◯












 頭の冷たさに、目が覚める。
「……」
 建物の、屋上のようだった。貯水タンクに身体が半分埋まっていた。
 意識が飛ぶ前の事を、思い出す。
 赤に染まる街。
 死体。
 柏木。
 そして……敗北。惨敗と、言ってもよかった。
 タンクから漏れた水に塗れる自分が、ひどく惨めで。無力感が、俺の涙腺を揺さぶってきた。
「うっ……あぁっ……!」

『……怪人にゃ向いてねぇよ、お前』

 俺は、殺されなかった。
 殺されていた方が、マシだったかもしれない。
「人が、大勢死んだのに……俺は、何も……できなかっ……た……!
 ……遊ばれて、いた……!」
 罪もなく殺された人の無念を晴らすことも、できなかった。

 全ては、俺が弱いから。
 俺に――力が、足りないから。




 この日、俺は再び灰塵衆へと赴いた。


 「答えは出たのか?」
 「……出ていない」
 「ほう、それでも求めるか」
 「ああ」
 「まぁ……いいだろう。前よりはまともな顔だ。……桝田、準備してやれ」
 「おまかせおっけー。もう銘は決まってるぜ白金。お前にぴったりの、ナイスな名前だ」
 「名前……?」
 「ああ。



 魔剣《ストーム・ブリンガー》。
 こいつが今日から、お前の力で、お前の剣で……」

 「お前の『呪い』だ。
 飲み込むか、飲み込まれるかは――お前次第だ」


 構わない。
 力でも、剣でも、呪いでもいい。





 あいつを殺せるなら、なんでもいい。

       

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