Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
3-1 正義の味方と、悪の敵と

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「連絡も無しにいきなり『貸し切りにしろ』は無いだろ、カイト」
 玄関の掛け札をひっくり返し、鍵を閉めてレイジはカウンターに座った。
「どうせ客なんか来ねぇんだから別にいいだろ」
「失礼な。お客は結構来るんだぞ。鈴ちゃん目当ての人とか」
 本当だろうか。俺は毎日のようにここに来るが、客の姿など一週間に片手で数えるほどしか見ていない。時間帯のせいだろうか。
「そもそもベル子なんて見に来るような客はどんな趣味してんだよ。マニアックすぎんだろ」
「……悪かったですね、マニアックで」
 機嫌が悪そうな口調とは裏腹にいつもと変わらぬ表情で、ベル子が奥から湯気の上るコーヒーを運んでくる。カップの数は、五つ。
「お、どうも」
『ファング』。
「ざーっす」
『ブレット』。
「何だよ、かわいい嬢ちゃんじゃあねーか」
『バスター』。
「あの……俺は先に病院に連れていって欲しいんすけど……」
『ウォッチャー』。 
「……む」 
 そして、俺だ。
 よく見ると、俺のカップだけ微妙にデザインが違う。
 そのコーヒーの匂いを嗅ぐと、体に刻まれた危険臭が鼻をついた。俺は無言でカップを戻す。
「チッ」
 後ろで舌打ちする音が小さく聞こえた。なんてガキだ。
 俺は小声でベル子に謝る。
「はいはい悪かった悪かったかわいいかわいい美少女美少女。ちゃんと土産もあるからまともなコーヒー入れてこい」
 ベル子の表情に大した変化は無かったが、歩いていった先のキッチンから液体を捨てる音が聞こえた。
 ……やれやれ。ガキは面倒臭いから嫌いだ。

「別に大した怪我でも無いし、話を聞いてからでもいいだろーがよ」
「いやいや、大した怪我ですよ! 喋るのも結構キツいんですよ!?」
「じゃあ黙ってればいいと思うんだ」
「まあ、お前にも関係ある話だからな……」
そう言った『ファング』がカップに口を付けると同時に、各々コーヒーを啜り始める。
「うん、旨いな」
「まぁまぁだね」
「お前は飲まねぇのか?」
「俺は猫舌なので、冷めてから飲むっす。ってか飲むのもキツいんすけどね……」
「……で、結局お前達は何しにあそこに来たんだ?」
 俺の問いに、誰もすぐには答えようとしなかった。
 しばしの沈黙の後、『ファング』が気まずそうに口を開く。
「あー……一応、仕事内容は口外してはいけない事になってるんだ」
「何だよ、助けてやっただろ。堅いこと言うなよ。こいつらは俺の事情を知ってる。外部に漏らしたりしないから心配すんな」
「……」
『ファング』が無言でメンバーに視線を投げる。
『ブレット』はちらとそれを見た後、視線をカーテン越しに窓の外に投げた。
『バスター』は肩をすくめ、コーヒーに口を付ける。
「それに」
「それに?」
 俺はベル子から出されたコーヒーを一息に飲み干し、カップを向けて言った。
「知らされてなかったんだろ、さっきの怪人のこと。知らなくていいのかよ」
『ファング』はそれを聞いて、深くため息を吐いた。
 うーん……と唸りしばし一人で思案した後、今度は『ウォッチャー』に問いかける。
「だとさ。いいのか、話して」
「うーん……普通にまずいんじゃないっすかね?」
「お前が告げ口しなければ万事解決だろ。話すぞ」
「俺の意見って全部ガン無視されますよね」
 その口調にはもう諦めしか残されていなかった。
『ウォッチャー』の告げ口とは何のことだろうか。
 恐らく……依頼主に、と言うことだと思うが。そうなると『ウォッチャー』は……。
 俺の推測をよそに、『ファング』は話を始めた。

「じゃ、OKも出た事だし説明するぞ」
『ウォッチャー』の「出してないっすけど」と言う声は『ファング』の発言に上書きされた。
「俺達は、まぁ簡単に言えば傭兵だな。依頼人に雇われて、あの組織を潰して欲しいと頼まれたんだ」
 傭兵か。まあ、納得の行く答えではある。流石に日本で見るとは思わなかったが。
「依頼人ってのは?」
「まあはっきりとは言えないな。国家公安とだけ言っておこう」
『ウォッチャー』の「それほとんど答えじゃないっすか!」と言う声は俺の発言にかき消された。
「お偉いさんが悪の組織を潰そうとするのはわかるが……なんで傭兵なんざ雇うんだ?」
「色々と理由ならあるだろうが、やはり一番は……データ採集じゃないかと思う」
「データ?」
「ああ。ただの薬物精製組織じゃないって事はわかっていたようだな。前にアジトに警官隊が突入したことがあったが、全員消えちまったらしい。車ごと、綺麗さっぱりな。アジトがバレた連中は引っ越ししたが、顔に泥を塗られた警察は血眼になってそれを追った。んで見つけたはいいものの、迂闊に飛び込んでも結果は見えてる」
「それで傭兵、ってか」
「そう言う事らしい。俺達が制圧に成功すれば押収した金で代金は払えるだろうし、手柄は向こうのものだ。失敗しても失うのは端金の前金だけ、内部の情報も手に入る。俺達は捨て駒というわけだ。まぁ傭兵なんざそんなもんだがな」
「っつっても、お前等が消されたら情報は手に入らないだろ?」
「そのためのこいつだ。途中途中に電波経由装置を設置して、生で逐一情報を送れるようになっている。そもそもこいつは警察側の人間だしな。お目付け役でもある」
 こいつ、と指差された相手は、当然ながら『ウォッチャー』だった。
 なるほど、だから『ウォッチャー』の一人だけ浮いていたのか。
「あー、思いっきり警官とか警察とか言っちゃったよこの人……まあ、そういうわけっす。あの化け物と交戦したあたりからは送信できてないっすけどね」
『ウォッチャー』はもう隠しても無駄だと思ったらしく、勝手にペラペラと喋りだした。
「例の警官隊失踪事件を受けて、対凶悪組織チームを設立するって計画があるんすよ。実績を挙げる事で警察の権威も取り戻すためにも期待だけはされてるんですけど、現状その挙げる実績を上げる力がないんすね。頭の固い人たちのせいで、装備も人員もそう簡単に揃えられない。レベル上げしたいのに町の出口ではボスが道を塞いでいる状態です。だからさっき言ってたように他人任せにするんすよ」
 その口調はどんどん早口に、怒りを帯びてきたものになってくる。
「そもそも俺は本来ならそっちのチームに所属するはずだったんすよ! 警察大卒なので! 一応首席っすよ!?」
 こいつそんな歳だったのかよ。大卒って俺と同年齢か?
「それが何だって捨て駒傭兵のお守りをしなくちゃなんないんすか! みんな言うこと聞いてくれないし! 化け物がいきなり出てきて死にそうになるし! なんすかあれ! なんなんすかあれ!」
「ピーピーわめくなエセエリート野郎。キャリアだと思って我慢しろ」
 黙っていた『バスター』が面倒そうに口を開く。
「こんなキャリアいらないっすよ! 俺は現場じゃなく指示を出す側の人間になりたいんです!」
「無理無理……そうだ、化け物って言ったら例の奴らの事聞かせて欲しいんだけど。あと君の事も」
『ブレット』のその口調には俺への恐れは含まれていない。
 あるのは、猜疑心と好奇心だな。

「そう言えば、名乗ってなかったな。俺は岸和彦(きしかずひこ)だ。
 そっちのだらけ眼鏡は金城(かねしろ)、
 面白黒人は島谷(しまや)、
 スパイが波祭(なみまつり)。
 普段は三人だが、今回は四人揃って『スカベンジャー』だ。職業はさっきも言った通り、傭兵だな」

「だらけ眼鏡てアンタ」
「誰が面白黒人だ馬鹿野郎!」
「人聞き悪いこと言わないで下さい!」
『ファング』はそう名乗ったが、俺の中では既にこいつらの名前は固定されてしまっている。
『ファング』に、『ブレット』に、『バスター』に、『ウォッチャー』。
 職業は、正義の味方だ。

「俺は柏木壊人だ。こっちの話は長くなると思うんで、一つだけ先に聞かせて欲しい事がある」
「何だ?」
「お前らが言う『正義』って何だ?」
「……せいぎ?」
『ブレット』は首を捻った。
「悪い、何の話だ?」
『バスター』は怪訝な顔をしている。
「さっき『ファング』が言ってたあれじゃないっすかね、正義の味方、って」
「あー……そう言えばそんなこと言ったね、俺……」
『ファング』は笑いながらポリポリと頭を掻く。
「正義の味方がいるなら、聞こうと思っていたんだ。単純に興味があってな。お前の言う正義ってのは、警察の事なのか?」
「……違うな」
『ファング』ははっきりと答えた。照れたような笑みは、不適な微笑へと変わっている。

「覚えておきな、正義って言うのはな。仕事が終わった後に約束した金をしっかりと払ってくれる奴の事だ。だから俺たちはいつだって、正義の味方なんだ」

 その答えに、俺は思わず笑ってしまった。
 なるほど、そりゃ確かに正義だ。

       

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