Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
6-1 俺はBIGになるんだ

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 二日ぶりに外に出る。生い茂る木々は僅かに暖色へと移り変わり、秋の兆しを感じさせた。
 身体の鋭敏化した感覚もそろそろ落ち着いてきたが、こうして外気に触れると季節の変わり目を昔以上にしっかりと感じられ、改めて自分が人間ではなくなった事を実感する。
 療養してなんとかまともに歩けるようになった俺は、どうしようも無い人間のクズ糞ビッチ阿婆擦れクズ女が交尾させろ交尾させろと煩いので外を散歩することにした。
『自分の家に帰るのはあまりオススメしないわ。切原には私共々裏切り者として認識されているから、マークされてるかも。ほとぼりが覚めるまではうちにいなさい。そして家主にご奉仕しなさい。ほらほら……ちょっと、どこ行くのよ白金くん! ああ、もう、夕飯までには帰りなさい! 私はご飯作れないんだからね!』
「……あんなのとしばらく同棲することになるのか。気が滅入りそうだ」
 俺を手元に置いておきたいが為のブラフかもしれないが、俺としても彼女が持ってる灰塵衆や他の組織の繋がりは必要だ。
 奴らが非合法の組織で、人道にもとる行いをしているとしても。今の俺には、彼らの協力が必要である。霰から離れるわけにはいかない。
 悪事によって荒稼ぎしていたせいか、霰は所謂高級住宅地にあるマンションに住んでいた。
 俺の地元の駅からは四駅離れているが、この辺りには大きい映画館があるので何度か来たことがあった。
 景観がよく、掃除の行き届いた歩行者道を歩き、サラリーマンの波に逆らって特に理由もなく公園へと向かう。
 ベンチに腰掛け、人々の流れをただ眺めていた。
「正義の味方を気取っている、か……」
 周りを見れば、悪などどこにもいない。
 もしかしたらスーツの男の内の一人が悪の組織の一員なのかもしれないが、少なくとも家族連れが笑顔で歩いていられる程度には平和である。
 倒すべき悪がいなければ、正義など必要ない。
「俺は……自分から悪を探し、倒すべき敵を定めようとしているのか……?」
 確かにそれは、『正義の味方気取り』に他ならない。
 自分が脅かされているわけでも、親しい人が被害に遭っているわけでもない。
 霰の仲間が言っていたことはつまり……覚悟が足りていないと言いたいのだろう。
「喰らえハト! 豆どーん! 豆どーん!」
 覚悟が足りていないのに、あの柏木に挑む。それがどれほど愚かしいことなのかは、俺にだってわかる。
「へへっ、ざまぁみやがれ! バーカバーカ! ああん? てめぇガキ、何見てんだゴラァ! 攫って洗脳すっぞ!」
 なら、どうする。放っておくか? 周りに死を振りまくあの災いを、見てみぬフリしていればいいのか?
 正義がとか、悪がどうこうじゃなくて、大切なのは……。
「おい馬鹿、やめろ糞ガキ! 警察は呼ぶな! 今俺は後ろ盾がないんだぞ! わかった、ごめん、ごめんなさい! 許してください!!」


「……何やってんだ、田中?」
「あれ? お前、白金?」
 公園でスマホを持った子供に土下座している知り合いの姿を見て、今まで考えていたことがどこかへ行ってしまった。


「いやー、久しぶりだな白金。お前たしか家こっちじゃなかったろ。何してんの?」
 どうにか警察沙汰を免れた男はベンチに座りアホ面で笑いかけてきた。
 このチンピラの取り巻きAみたいな奴の名前は田中正義。親から貰った名前がよっぽど気に食わなかったのか、ずっと昔からワルぶっていた馬鹿だ。
 そのくせ喧嘩は女子より弱く、頭も良いわけでもない。なんというか、残念な奴だ。
 あまり反りの合う奴とは言えなかったが、不思議とクラスが同じになったりすることが多く、なぜか周りからは俺の友達だと認識されていた。
「……別に、散歩しにきただけだ。この辺りは静かだからな」
 どうせ悪の組織がどうたらとか怪人がどうたらなんて言っても信じてはもらえないだろう。
 いや……。こいつなら信じて『すっげー! マジで!? 俺も紹介してくれよ! 改造人間なるなるなる!』とか言いかねないな。アホだし。
「俺はさー、『ブラックボックス』って組織入ったんだけど潰されちゃってさ。今いい悪の組織ないかなーって探してるんだけどどこも俺の才能を見る目がなくてやれやれだぜ全く」
「……は?」
 潰れた、じゃなくて潰された? って言うか今こいつ、悪の組織って言わなかったか?
 俺が呆然としていると田中は気を良くしたのか、ふふんと得意気に語り出す。
「おっと、悪の組織なんて信じられないって顔してるな。まぁ、あるんだよこの世界には。お前の知らない裏側……いわゆるアンダーワールド、ってやつ?」
 ……俺の知り合いにはクズか悪人しかいないのか?
「あの、な田中……」
「まぁ、いい子ちゃんのお前にゃー信じられなくても仕方ないね、うん。でもなでもな、俺は憧れの改造人間、果てには無敵の怪人になるべく、悪の限りを尽くす非合法組織の一員として……」
「俺も怪人だ」
「……は?」
 呆然とする田中に、袖を捲って腕輪を見せる。
「シュターゼン式、だとさ」

 豆射撃を食らってもウザがるだけで大して反応を見せなかったハトの群れが、田中の大声によって一斉に飛び立った。

「お、おま、おまおまおまおま」
「落ち着け田中」
「何でお前が!? いや、どこで改造してもらった!?」
 改造してもらったのではなく勝手に改造されたのだが。
「『ネオヒューマンズ』ってとこだ」
 答えた直後に田中は俺の手を握りしめてくる。
「俺もそこに入れてくれ! 改造してもらえるよう頼んでくれ!」
 気持ち悪いので俺は手を振り払った。
「頼むよ! 俺たち友達だろ! なぁ!」
「お前と友達になった覚えはない。貸した金は帰ってきてないし、ゲームソフトは勝手に売り払われた」
「細かいこと言うなよ」
 どうしよう、殴りたい。
 改造された身体でぶん殴ったら死にかねないので俺はどうにか右腕を抑えた。
「……それに、『ネオヒューマンズ』はもうない。潰れた」
「なんだよー。つっかえねぇなぁー白金」
 ぶん殴った。
 

「……とにかく、悪の組織なんて憧れるな。あんなとこ入って改造されも、都合よく使い潰されるのがオチだぞ」
 後頭部を抑えてうずくまりプルプルと震える田中にそう告げて、俺は帰ろうと立ち上がる。
 ……夕飯は俺が作るんだっけか。冷蔵庫には大した物が入ってなかったし、買い物して帰るかな。
 そう考えて立ち去ろうとする俺に、白金が言った。
「いーや、俺は諦めねぇ! 次は最大手にチャレンジしてやる! 俺はビッグになるんだ!!」
「ビッグって、お前な……待て。最大手って、まさか……」
 おうよ、と笑う田中。
 天を貫かんがごとく人差し指を掲げ、周囲の視線を顧みずに声高に叫ぶ。


「従う奴らは傘下に置いて、逆らう組織は皆殺し! 名前だけで震え上がる最大最強の組織! 灰塵衆に入ってやるぜぇ!!」

       

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