Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
8-1 二の刃

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「本当、ベル姉が巻き込まれなくてよかったわ……」
 うちは自室で寝転がりながらニュースを見て呟いた。
 墨田区で発生した、大規模な建築物倒壊事故。死傷者は百数人と、ちょっとした災害規模になっとるみたいやった。
 それが『ナンバーズ』の引き起こした事件であること、そして、その場に恐らくカイトがいたこと。
 部下の報告でそう聞いたうちは、カイトと一緒にベル姉がいる可能性を考えて肝を冷やしたが、どうやら別行動を取っていたようで一安心した。
 そうなると心配なのはカイトの方。携帯にかけてはみたけど、通じんかった。
 カイトと同レベルのニナカワ式怪人が複数現れたとなると、あいつと言えど危機的状況なんやけど……
「まあ、カイトなら死にはせんやろ」
 と、うちは結論づけた。
 実力において遅れを取ってるとは思わんが、踏んだ場数においてあいつとうちでは桁違いや。
 強敵が束でかかってこようと、勝てるかどうかはさておき易々とやられる奴じゃないことくらいはわかっとる。
 センみたいに途方もない力量差がある相手ならともかくな。
 そう考えてたら、ノックの音が響いた。
「帰れや」
 うちのESPは誰が来たのかを感じ取っている。外から聞こえたのは案の定、軽薄そうな声やった。口調は性格が出るもんやな。
「まだ誰かも言ってないのに帰れはひどいっすよ雛ちゃん隊長。俺っす、灰塵衆の人気者、枡田双道くんが遊びに来ましたよー」
「帰れや」
 重ねて言うも、かちゃかちゃとドアノブから嫌ーな音が聞こえた。帰れや。
 うちは読心をせずに、(どうかピッキングをする音じゃありませんよーに)と願ったけど、しょせんうちは悪人。神様が微笑んでくれるわけはなかった。
 ガチャリ、と部屋のドアが開かれる。
「どうやら死にたいようやな」
 言い終わるより速く殺気を鼻先に突きつけるも、自称中堅動画配信者はにんまりといやらしく笑って答える。冷や汗は垂れとる。
「勘弁して下さいよ雛ちゃん隊長。面白い話持ってきたんですから」
「面白い話ぃ~? また動画の宣伝とかだったら今度は受身取れないように全身麻痺させてから放り出すからね」
 と言いながら窓を指差す。
 前回は詰めが甘かったわ。変身されないようにしてから落とすべきやった。
「やめて下さい。今度こそ死にます」
「いやだって殺すつもりやもん。死なれんとこっちが困るわ」
 冷や汗の量が増すフタミチの思考を軽く覗く。
『動画』って単語が最初に出てきたら明日の掃除係に迷惑かけることになるなぁ、と考えていたが、どうやらフタミチも同じネタで攻めてくるタイプのアホではなかったみたいや。
「……『魔剣』?」
「そうっすそうっす。やっとこさ三人目の適合者が見つかったんすよ。あ、柏木隊長入れれば四人目?」
 へらへら笑って言うが、軽く流せるような言葉ではなかった。
 改造したカイトの右腕を強化パーツとして移植し、あいつに匹敵する瞬間速度と、膂力を得る。
 並の怪人なら『抜刀』はおろか、移植手術の段階で強すぎる力の逆流で身体が自壊しかねない代物や。
 おまけに、その精神までもが殺戮衝動に乗っ取られる。はっきり言って、やってることは『アフターペイン』と似たり寄ったりの狂気の沙汰や。
「どこの誰や、あんなん使う気になったのは?」
「白金って奴。知ってます? 結構見どころのある奴なんですよ。ボスも目を付けてる感じです」
「組織外の奴やろ? 知らんなぁ」
 でもあいつが唾付けたとなると、このアホも四枚刃脱退が近いのかもしれんな。こいつと同格扱いとか本当嫌やし、早いとこそうなるとええんやけど。
「まぁ、魔剣付けたとこで俺の方が全っ然強いっすけどね!」
 生意気にもうちがどう思ってるかを察知したのか、アホが自信満々に言う。

 桝田双道。
 灰塵衆第二連隊隊長にして最高幹部『四枚刃』の一人や。
 一見アホに見えてその実本当にアホなんやけど、羽々斬と並ぶ怪人技術の研究者であり、特にシュターゼン式はあいつの専門分野やな。
 試作品の不安定な『魔剣』を軽々と扱ってることからもわかるように、実力も並の怪人とは一線を画しとる。まぁうちはこいつに負ける気微塵もせんけど。
 
 あ、一応紹介はしたけど正直こいつは覚えんでええと思うわ。
 名前があるモブみたいな認識で問題ないからそのつもりでな。
「今なんか酷い扱いを受けたような気がしましたけど」
「気のせいや。あんたはクサナギじゃないから、そういうのいらんわ。それより……」
 うちはそう言って黙り込み、フタミチの記憶から情報を得る。
 白金信次。シュターゼン式の最新型『ストーム』に変身する男。
 『魔剣』を手にしようとした、きっかけは……。
「! カイトに、恨み……?」
 うちの呟きに反応するフタミチ。思考を読まれることなど日常茶飯事なので、特に動揺した様子はなかった。
「ああ、白金ですか。なんでも、柏木隊長を殺したいみたいです。どうあっても」
 カイトが隊長の時は世話になってたと言うのに、大した事でもなさそうに答える。
 まあ、カイトは裏切りもんや。フタミチにとって恨みも憎しみもないし会えば昔話に花を咲かせる(たぶんその途中でカイトに半殺しにされるやろな)けど、殺せと勅命を受ければ殺す。そういう立場や。
 でも、うちはカイトを殺されたら困る。普通に寂しいのもまああるけど、何よりもベル姉が悲しむから。
「フタミチ」
 いつのまにか自分の部屋のようにどっかりとソファに座ってるアホに向けて口を開く。立ちーや。
「何ですか?」
「うちは灰塵衆に恩がある。けど、それ以上にベル姉に恩がある。今のところ、『灰塵衆としての正式な柏木壊人抹殺指令』を出さんから従っとるけど……」
 一本の細い影槍シャドウスピアを形成し、躊躇いなくフタミチの胸に突き刺す。
「!」
 そしてそれは怪人の急所、心臓の1マイクロメートル手前で止まった。
「ベル姉の敵は、うちの敵や。ようするに、うちはカイトの味方や。たとえセンが敵に回っても、うちはベル姉につく」
 言いながら、影槍を進ませる。
 心臓まであと1ナノメートル。ほとんど接触してるような距離や。
 フタミチは心臓の動きを無理矢理押え込み、ピクリとも動かない。
 無言で、媚びるでもなく脅し返すでもなく、すれ違う他人のような目で、じっとうちを見ている。
「その白金言うのが灰塵衆じゃなければ、うちが殺しても処罰受ける謂われはあらへんね?」
 そこまで言うと、フタミチが僅かに口の端を吊り上げる。
「すこグフォブフェッ!? おぼぼッ」
「ええー……?」
 口を開いた瞬間影槍が心臓に刺さり、思いっきり吐血するフタミチ。汚いわ。そのまま死ねばいいのに。
「自殺なら窓開けるから飛び降りてくれんかな?」
「い、今のタイミングで引っ込めてくれるかなーって思ったんですよ……! めっちゃ刺さった……!!」
 読心切っとったから知らんわそんなん。
 盛大に二回ほど咳き込んだ後、血を拭って言い直し始める。
「……少しは、柏木隊長を信頼したらどうですか? 四枚刃最弱の俺より弱い白金が、あの『殺戮病』トゥー・レイトを殺せると思います?」
 勿論、そうは思わんけどね。
「一応や。釘を刺しとかないと調子のると思ってな」
「俺じゃなくて本人に直接言って下さいよ……ま、現段階じゃ勝てないでしょうね。柏木隊長用と言うよりは、対『ナンバーズ』の駒です。でも」
 フタミチは立ち上がると、うちに背を向けて部屋から出て行った。

(あれは、生き延びたら俺達の領域に上がってくる奴ですよ)
 そう、心の中で言って。

「……ふーん」
 白金信次。
 な。





 ってか血ぃ拭いて行けや。

       

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