Neetel Inside ニートノベル
表紙

アンチヒーロー・アンチヒール
8-3 狂い咲き

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「そういやカイト、白金って奴知っとる?」
「白金? 聞いた事ない名だな。そいつがどうかしたか?」
 前座の戦闘員を軽く掃除ちらかしながら俺は答えた。
 俺が内臓を手の中で潰す感覚を堪能しているのを待ってから、ヒナ子は口を開く。
「灰塵衆に出入りしてるみたいなんよ。うちはまだ会ってないんだけど、なんでもカイトに恨みを持ってるみたいでね」
「恨み、か……」
 俺が対峙した奴は九割九分殺害済みだ。となると、まず間違いなくあのヒーロー野郎だろう。
 次会ったところで負ける気はしねぇが、この間みたいに邪魔に入られると面倒だ。
 出てきたシュターゼン式怪人の首を掴んで一息に握り潰して感触を楽しみながら、一人思い当たるな、と返す。
「そいつがね、羽々斬に気に入られて、前言ってた『魔剣』まで取り付けられたみたいなんや、『ナンバーズ』とあんたに対する駒として、上手いこと飼い慣らすつもりらしいわ」
「なんだそりゃ。チッ、あの糞ガキ余計なことしやがって……」
 怪人の頭を片手で軽くお手玉した後、列を成してこちらへ向かってくる奴らへと速球を投げてやる。
「いい加減ぶっ殺しておかねぇと、また面倒なことになるな」
 苛つきのせいか中々力が入っていたようだ。
 俺の投げた首は次々と雑魚怪人の胴体をぶち破って、見事五人抜きを達成した。
「うちもカイトと戦うの嫌やしねー。脱退も考えてるんやけど、どうするかなぁ。あ、その下のまだ生きとるよ」
 ご丁寧に四肢を切断してマーキングするヒナ子に、俺は適当に返事を返した。
「知るか。てめーの好きにしろ。ほいっと」

「……ここまで来ると笑えてくるな」
「TAS動画か何か?」
「灰塵衆ってのは、相当なもんだなぁ……おい」
「世界が違うっすね……ぅぇ」
 後ろからついてくる四人に、今回出番はないだろう。
 俺がいる時点で獲物は全部かっさらわれる上に、ヒナ子まで来るとなるとオーバーキルもいいところだ。
 と、言ってもヒナ子は俺の性格と衝動を理解しているので、積極的に殺戮に参加することはない。
 正面から来るのを俺の両腕が喰らい、側面、背面の気配をヒナ子が黒の槍で劈く。
「カイトはそっち。おっさんらは右の部屋ね」
 隊列を作る必要すらない。家事よりも密室殺人を得意とするヒナ子は、生体反応がある部屋を俺に、ない部屋の調査を『スカベンジャーズ』に任せて暇そうに欠伸をかましている。
『実際暇やからなぁ。もっと新型バンバン出てきたり『ナンバーズ』が待ち構えてたりするの予想してたから肩すかしや。こんなんならカイト一人で十分すぎたね』
 つってもそれなりには怪人いるけどな。
 
『ジ・インテグレィション』。
 組織としての危険度は灰塵衆調べでは上位とのことだが、灰塵衆にとって特記事項のない上位とは『四枚刃が出張れば問題ないであろう』レベルである。
 もっとも、『アフターペイン』の下部組織として奴らの隠れ蓑になってる危険性を考慮しない古いデータではあるが。

 転がる死体を踏まないように避けながら戻ってきた四人組に、調査状況を尋ねる。
「そっちはどうだ? それらしきものは見つかったか?」
「まあまあぼちぼち」
「奴らの変身……シュターゼン式、だったか。あれについてのデータが入っていた」
 と言って『ファング』が手に持ったUSBメモリを見せる。
「お前と会った『ブラックボックス』のナニカワみたいな名前の怪人はそりゃ酷かったからなぁ。あんなんマトモな神経じゃ使えねぇや……って、お前もそうだったか。わりぃわりぃ」
「ニナカワな。別に気にしちゃいねぇよ。作った奴が本物のキチガイだからな」
「シュターゼン式も人体改造がメインみたいだけど、さっきあった簡略式部位変身システム? みたいのはちょっといけそうな感じあったよね。よくわからなかったけど」
「どうなんだろうな、アレ。画像見る限りでは俺達向きみたいな気はしたがそれ以外は全然わからなかった」
「俺達詳しくねーから何が何だかわかんねーわな。上層部うえに回してみるしかねーだろ」
 血と臓物の海とそれを形成する二つの黒にもすっかり慣れ、『ウォッチャー』を除く三人は戦利品を見てわからなかったと言いつつも興味津々に語る。
 流石は傭兵と言うべきか、適応力の高さは大したものだ。
 そして傭兵ではない『ウォッチャー』はゴーグルをかけて視界の明度を落とし、マスクを装着し匂いをシャットアウトして俯いている。
「……しんどいっす……」
 命の危険がほぼ皆無となった今、こいつの目の前にあるのはグロ動画生成機の俺とヒナ子だ。
 脳内麻薬が出ていない状況において、この光景は前回とはまた違った心地悪さがあるだろう。
 まぁ、非常時の方が動きが良くなると考えれば、素質があると言えるのかもしれない。
『うひゃぁ』
 と、ヒナ子が急に大嫌いなブロッコリーを出された時のようなテレパスを出した。
「どうした?」
『何あれ、きっしょいわぁ……』
 緊急を要する事態ではなさそうな物言いだが、怪人化した俺の耳には確かに聞こえた。

 うぞぞぞぞぞぞ、ぞ――

 数千、あるいは数万もの『何か』が蠢き、こちらに這い寄ってくる不快な音を。
「囲まれてるな。ヒナ子、ちゃんとレーダーしとけよ」
『射程外から来たんやもん。そんなこと言われても知らんよ」
 後半は、肉声として返ってきた。
 俺と『スカベンジャーズ』がいる部屋に入ってきたヒナ子は、通ってきた正面の扉と通気口を指差して言った。
「恐らく、虫か何かを改造……ってか怪人技術で品種改良してある奴やな。そことかそことかからぎょーさん入ってきて人体に取り付き、内外から喰らうタイプの生物兵器やね」
「生物兵器ってのは普通細菌やウィルスの事を言うんだがな……」
「冷静に言ってる場合かよ『ファング』! どうする? 突破手段はあんのかお前ら!?」
『バスター』が慌てたようにこちらを見る。
「俺はどうにでもなるがお前らを守る自信はねぇ。特に『ウォッチャー』は間違いなく死ぬな」
「だったらどうすんっすか!?」
 ガスマスク越しでもわかる絶望の表情をした『ウォッチャー』に、ヒナ子が手をヒラヒラと振った。
「あー、大丈夫や。本当、うち連れてきてよかったね」
 と、自らのこめかみをコツンと叩く。これがヒナ子のスイッチ……リミットの解除だ。
 そしてドアを蹴破り、廊下をよく見えるようにしてから意識を集中させる。
「おっさんら、怪人のこと知りたいなら覚えとき。クサナギは、ニナカワやシュターゼンとは全くの別もんや。
 クサナギを相手にした時、他の二つと同じ対策でなんとかなるとは思わんことやな」
 そう言って髪をかき上げ(格好をつけている。強さはどうあれまだ歳は十代前半だ)、人差し指を一本立てて前方に向ける。
 昔は能力を恐れられただけで暴走してそこら中血の海にする問題児だったのに、よくもまぁ落ち着いたもんだ。
 その逸話は今も尚語り継がれ、未だに化物扱いすると殺されると思い込んでる奴もかなりいるので、灰塵衆だとそもそもヒナ子に会わないようにスケジュールを調整する奴もいたりする。
「……うっさいわ」
「集中しろ」
 こほ、と咳払いし、ヒナ子が殺意を剥き出しにする。
 可視化された漆黒の『それ』は、ヒナ子の人差し指にくるくると纏わり付くように回転し始めた。
「!!」
『ウォッチャー』以外の三人が反射的に銃に手をかけたのが、音でわかった。
 俺以外の四人の心拍数が上がったと同時に、奥から群れを成した『怪虫』が液体のように迫ってくる。




影槍シャドウスピア――狂い咲き」



 次の瞬間、本当にそれらは液体と化した。
 四人の息を呑む音が、鋭敏となった聴覚で捉えられる。

 ヒナ子の十八番、影槍。
 生物の脳に介入し、全身の筋肉や骨格、神経、体組織の接合を強制的に解いたりあらぬ方向へねじ曲げることによって、刺し貫いた箇所を『自傷』『自切』『自爆』させる。
 あまりにも強すぎるためPKと勘違いされるESPエスパー能力は、クサナギどころか怪人でもなんでもない一般人にさえ見える、殺意の奔流……黒い刃だ。
 音速を超えて敵を追尾するそれは、本気を出せば軽く四桁を超える。
『どこ情報や。四桁は行かんわ、六百で精一杯』
 ……らしい。
 その六百の槍が、鉛筆削りのように渦を巻き、前方の虫達を『ざりん』と喰らい尽くし、通気口に回って生体反応をゼロにリセットした。
 ぴちゃん、と一滴、気色悪い液体が垂れるだけである。
 これでのだから、大したものだ。
 ヒナ子の中に眠る『拒絶』の力は――
「カイト」
 ヒナ子が睨むが、ガキのメンチなど怖くも何ともない。
 俺には『それ』を使えるはずもないからな。
『……ベル姉寝取ってやるわ。後悔しいや』
 俺のじゃねぇから勝手にしろ。って言うか見ててうぜぇからとっとと告白しろ。
「ま、そういうわけや。クサナギが出てきた時の対策は……
 ……あかん、うちもクサナギだからあんまり関係なくて忘れちゃった。えーと、由佳がなんか言ってたんやけど……」
 頭を捻って考え込むヒナ子。新人教育を完全に人(由佳ってのはあいつの部下だ)任せにしてるせいだ。
「……お嬢ちゃんは、クサナギ式の中だとどれくらい強いんだ?」
 遠慮がちに尋ねる、前にも聞いたような『ファング』の質問。
 ヒナ子はんー、と考えてから答えた。

「うちより強い奴は見たことあらへんなー。『ナンバーズ』にクサナギがいなければ、多分一番でええんちゃうかな」
 俺も大体、同意見だ。
 恐らく、この世でこいつより強いクサナギ……超能力者は、存在しない。

       

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