Neetel Inside 文芸新都
表紙

第五十三廃棄物最終処分場
over my head,better off…(レズの話)

見開き   最大化      

 甘い言葉なんて要らないけれど、私と美音子の関係は味ならばメープル、匂いならばベビードール、色ならば薄いピンク色だ。
 二人でご飯を食べ終え、私が食器を洗っている間に美音子に実家から電話がかかってきた。特に聞く気は無かったのだけど、ワンルームだから水音の合間に声が聞こえてくる。興味が無いとか、苦笑いとか、謝る声。二人分の食器を洗って、調理器具を洗って、シンクを磨いてソファーにいる彼女の隣に座る。
 私にごめんねと言う風に苦笑いと会釈をした美音子は、苦い顔で話を続けた。ミュートになったテレビからテロップだけでニュースを見る。
「だからね、私忙しいから無理なの。うん、お断りして欲しい。いや、そういうのは居ないって……うん、それはわかってるけどさ」
 何となく内容は想像ついた。今年に入ってから三度ほど聞いた話だ。彼女のお見合い。私と彼女の年を考えれば当然出てくる話なのだろう。
 ソファーから立ち上がり箪笥からバスタオルを取り出すと、風呂先入るねとジェスチャーをした。頷く美音子を横目に風呂場に入る。服を脱ぎ捨て、風呂前の洗面台で下着姿となって化粧を落とす。鏡に映った細っぺらい身体に申し訳程度に付いた胸を隠すブラジャー。気持ち悪いな、と下着を脱いだ。
 低めの温度設定にしてシャワーで頭と身体を冷やす。
 どうも見合いの話は居心地が悪い。それは当然のこと、私は美音子の恋人だから。老夫婦の手塩にかけた一人娘についた悪い虫、両親に紹介出来ない恋人。悪い男なんかよりよっぽど性質が悪いだろう。
 小さく舌打ちをすると、シャワーを止めて身体を洗う。
 私が男だったら紹介するにはそこそこの恋人だと思う。総合職に勤めているし、家事はそれなりに出来るし(最近料理は美音子に任せているが)、面倒くさい家柄ってわけでもないし、酒は嗜む程度、煙草ギャンブルはしない。私自身に同性しか愛せないって問題点が無ければ。
 ドアをノックする音がした。何ー?と声をかけると、ドアが開いた。 
「竜希、一緒に入ってもいい?」
 にこっと笑う美音子にいいよ、おいでと笑う。
「湯船溜めてないわ、今から溜めるから好きなバスソルト取って来て」
「わかった、今日は下呂温泉気分!」
「ババ臭ぇーー。ソルトつったのにーーーてか寒い!」
 ごめんごめんと美音子は扉を閉めて出て行った。お湯を溜める音が響く。
 その横でお湯をかけ直して、頭を洗った。美音子はシャンプーしている私の後ろを通って、湯船に温泉の素を入れると、かき混ぜて出て行った。泡を流してトリートメントを付けているところに丁度彼女が裸で入ってきた。髪の短い私は顔の前に下ろす様にトリートメントをするのだけれど、美音子が来たのを感じてオールバックに直した。手を洗って湯船のお湯を止める。
 立ち上がって美音子にキスをして、湯船に浸かった。彼女の長い髪は一つにまとめられていて、白いうなじや胸がよく見える。白い肌が泡に隠れていく。
「あのね、竜希、来週の日曜なんだけどさ……」
「何?見合い決まったの?」
「ううん、それは断ったの。でね、私もう親に言おうかと思って」
「は?」
 美音子は下を向いて身体を洗い続ける。私は目を見開いて美音子を見つめた。
 私の家は放任と言えば聞こえはいいが、全く子供に興味を持たない両親だったからそういう性癖であることは言っていないし、問われていない。私も弟も両親なんて居て居ないものとして過ごしている節がある。
 けれど、美音子の家は年老いた両親に生まれた待望の子供で、一人娘であることからとても大事にされている。私は彼女と生活し始めて両親との連絡はこんなに密に取るものかと感動したくらいだ。
「もう嘘つくの疲れちゃった。来週私には竜希って恋人が居ますって説明してくる。だってこんなお見合い話とか近所のなんとかちゃんに子供が生まれた話とか続けられても無駄なんだもん」
「それはそうだけど、いいの?」
 両親に辛い思いさせることになって、両親と確執が生じる可能性が生まれて、私と一生この関係を続けることになって。
 これは遠まわしのプロポーズだ。だって美音子は別に同性限定ではなくて、男性とも愛し合える女だ。現に私と付き合う前には彼氏が居たらしい。
 美音子はシャワーで泡を流すと湯船に入ってきた。そしてそのまま私に抱きつく。
「いいの、ちゃんと話してくる。私には竜希が居るもん。わからないけど、もし上手くいったら私の両親に会ってね」
「やべぇ、重てぇ」
 笑いながら言うと美音子は頬を膨らませて私にキスをした。
 そのままトリートメントが額から垂れてくるまで湯船の中でキスをした。その後もトリートメントを洗い流して美音子に触れた。舐めた首筋は温泉の素のせいか変な味がして、二人で笑いあった。お風呂でプロポーズ、下呂温泉の匂い、額をトリートメントが落ちる感触、美音子の膨れた顔、幸せは日常に転がった。
 
 次の週の日曜日、午前中に美音子を何度も励まして送り出した。二人で告白するまでの流れをシュミレートして、順を追ってどう切り出すか考えて、万全を期した。
「行って来るね!出陣してくる!」
「頑張って!駅着いたら連絡頂戴よ、迎え行くから!大丈夫、美音子なら大丈夫!」
「うん、勘当されたら逃げ帰ってくるから!」
「おう、駅で胸に飛び込んで来い!」
 昨日二人で並んで買ってきた有名な洋菓子店のタルトを片手に美音子は出かけていった。
 実際どうなるのか本当に見当がつかない。両親を知っている美音子に比べて私は彼らの動向が上手く読めないのだ。これまでの美音子の話から想像するしかない。もしかしたら本当に勘当されてしまうかもしれないし、美音子にとってこれが最後の実家になるかもしれないのだ。物凄い反対に合う可能性が高い。帰って来れなくなったりしたらどうしようといった不安もある。
 大きく溜息をついて、ソファーに腰掛けた。部屋に居ても悩むか心配するだけだろうから、私は外に出た。どこか軽くランチをして、美音子の好きなデパ地下のアボカドサラダと焼きプリンを買ってこよう。あと美味しいワインでも買って気分を盛り上げてあげよう。落ち込んで帰ってきたら美味しい物で励まして、上手く行ったらお祝いにしよう。晴れ上がった空は雲が少なくて日差しが痛かった。
 美音子からの着信が無いまま、夕方部屋に戻った。やっぱり結構時間かかるものなんだな、とデパ地下の袋とワインを抱えて部屋の扉を開ける。まだ外は大分明るかった。駅で待っていてもいいかと思ったのだけど、ワインを冷やしたかったから帰ってきた。
 部屋に入って買ってきた物を冷蔵庫に入れて、部屋着に着替えているとがちゃがちゃと鍵が開く音がした。
「…………ただいま」
「え?あれ?連絡した?ん、お帰り」
「いや、連絡はしなかったの、ごめんね」
 暗い顔をしていたから、完全に勘当されてしまったのかなと思う。
 まだ明るい外よりも一段薄暗い玄関で、彼女は立ち尽くしていた。靴を履いたままの美音子を抱きしめる。玄関の段差と美音子のヒールが相殺されて、ちょうど彼女の頭を肩口に押し当てた。長い髪を撫で、彼女を慰める。
「頑張ったよ、うん、お疲れ様」
「…………ごめん、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、ほら、美音子の好きなアボカドサラダとプリン買ってきたから」
「……違う、の……ごめん竜希」
 美音子が顔を上げて、私を見たから私も抱きしめる手を緩めた。美音子は涙目で私を見つめる。私は、ん、と声を出した。
「私、言えなくて……竜希のこと、話し出せなくて……」
 固まった私の前で美音子は言葉を続ける。帰ったら親に凄く歓迎されたこと、母が手料理を作って待っていたこと、孫を期待していること、母が少し身体が弱ってきたこと、同世代の孫がもう大分大きくなっていると話されたこと、自分と同級生が今年何人も結婚していること、そんな話をずっとされて、言い出すことが出来なかったと彼女は泣いた。
 自分に惜しみない愛を注いでくれている両親を目の当たりにして、孫などという不可能な夢を語られて、現状として老いを見せ付けられて、残酷な真実を告げることが出来なかったと。美音子は泣きながら謝ってきた。
「ごめんね竜希、ごめん、本当にごめんなさい。でも、私竜希のこと好きだから。別れたくない。どうしよう、どうしたらいいんだろう。ごめんなさい」
 何も手は無い。私と美音子は結婚出来ないし、私は人生のパートナーとして美音子の両親に歓迎されないし、私は美音子の子供を作ることは出来ない。
 言葉を紡ぎたくても出てこない。解決策が思いつかないのだ。
 美音子を抱いていた手は力を無くしたように私の横にぶら下がり、目は乾いたまま美音子を見つめる。顔を手で覆って泣く彼女を、私はただ見つめた。玄関は一層薄暗い。
「凄く身勝手だけど、私はこの関係続けたい。両親にはまた時期を見計らって告白したい。最低だよね。ごめんなさい」
「…………子供は?」
「え?」
「孫はどうするの、私と一緒じゃ無理だよ一生」
「……未来に同性で出来る医学発達するかもしれないし、あ、竜希弟居たよね、最悪私弟君と子供作って」
 顔を歪める私に美音子は泣きながら答える。未だ美音子は靴を履いたままだし、私も玄関に立ったままで電気も点けていない。
 美音子は私と違う。大事にするべき両親が居て、異性と愛し合うことが出来る。
「気持ち悪い、弟に手出さないでよ」
「ごめん、変な事言ったよね。ごめん竜希」
「うっざ」
 搾り出すように声を出すと部屋に戻った。クローゼットからスーツケースを取り出す。その中に服を詰め込み始めた。玄関から美音子が靴を脱いで、私に駆け寄った。
 竜希と大きな声で腕を掴まれたけれど、振り払う。皺になるのも気にせず、クローゼットにかかるスーツをハンガーごと詰め込む。
「やだ!待って、待ってって!」
「もういいわ、愛想が尽きた。つかマジ重たい。そんな人生かけて来られても私責任持てないし、知らないし。別れよう。美音子ってすっげー自己中、疲れたわ」
「ごめん、ごめんなさい。でも竜希そんな酷い事言う子じゃないよね、信じないよ私。ねぇ、言えなかった私が悪かったけど、こんな……」
 美音子は涙でつっかえながら叫ぶ。
 奥歯を噛み締めて、黙々と服や私物をスーツケースに詰め込んだ。箪笥を次々と開けて取り出し、詰め込むを続ける私に抗い続けていた美音子も、次第に立ち尽くして泣くだけになった。
「……信じる信じないじゃなくて、美音子結局告白出来なかったわけでしょ。私より両親の方が大事なんでしょ。違うか、美音子は自分が嫌われたくないだけでしょ、八方美人だよね。いいよ、もう。じゃあね、さようなら」
 無言で涙を流す美音子を睨んで、部屋から出た。
 もう薄暗くなった空と、温度が下がった空気が私を包んだ。スーツケースを転がして、行く当ても無く、目に入った公園に入る。幼児用の遊具が充実して、ベンチの少ない園内は街灯が二つしかなく、薄暗かった。そのまま木製のベンチに座った。座った瞬間に、ふわりと自分の髪の毛からトリートメントの匂いがした。
「あっ……あぁ、ぅー……」
 顔を覆って泣いた。日曜のもう暗くなり始めている公園には誰も居なかった。元々近くにある社宅用の公園だ、幼児やその親はこんな時間には出てこない。
「ごめん、ごめんね、ごめん。……好きになって、好きにさせて……ごめん、ごめん」
 様々な感情が流れて、涙が止まらなかった。
 頭を抱えるようにして、爪を皮膚に食い込ませた。彼女を一番傷つけたのは自分だ、だから私もそれ相応に傷つかなければならないのだ。
「ちくしょう、嫌われた方がましだ……」 

       

表紙

53 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha